声フェチヤンキーがクールな後輩女子の声に惚れちゃう話

元倉深吾

第1話

1




 握った拳を広げ、大袈裟に手を振ったところで痛みが引く訳じゃない。食らった何発かの内の一発が頬だった故に口内には鉄臭い味が広がっている。さて、この三人は何故俺に喧嘩を吹っかけてきたのか。それすらもあやふやだったが、とにかくこの場から離れないと、という冷静さだけはまだ残っていた。如何せん場所が悪い。ここはまだ校内で、部活動の時間だ。校舎の影になっているとは言え、見つかると少々、いやかなり面倒だ。俺は指導室の常連ではあるが、行きたくて行く訳じゃない。間が悪く教師に遭遇することも少なくないからだ。…別に喧嘩だって、俺から売ることは殆どないのに、どういう訳か良く売られる。女関係もそこまでだらしなくはないつもりだが、考えられる火種はそれか、若しくは思春期特有の憂さ晴らしか。そして俺は売られた喧嘩は買う主義である。何にしろ、喧嘩は見つかると面倒なのだ。例え正当防衛を訴えたところで、聞いてくれるような素行でもない。逃げるついでに倒れた連中の懐をまさぐり、幾らばかりか〝釣り〟をもらってやろう。

 そのまま帰ろうかとも思ったのだが、ハッと弁当箱を教室に忘れていることに気付いた。教科書云々は一度も持って帰ったことなんてなかったが、流石に弁当箱はまずい。くるっと翻し教室へと向かう。夕暮れの教室は、実に感傷的になるものだ。世間一般で言うところの〝ヤンキー〟の俺にだって、情緒くらいはある。感傷に浸る俺の耳に届いたのは、コーラス部の歌だった。

――何を隠そうこの俺は、耳が良い。犬猫並だと自負している。だがうちのコーラス部は別段有名でもない。一昔前に流行ったJ-POP。どこかの合唱部の為に作曲した曲だそうだが、俺はあまり好きな歌じゃなかった。

 コーラス部の歌をほんの数秒聞いて、勝手に落ち込んでしまう。先刻言った通り、俺は非常に耳が良いが故に、所謂声フェチである。俺の鼓膜を揺さぶる声を、俺はずっと探し求めているが、どんなアイドルの声もアーティストの声も歌手の声も、俺の鼓膜には響かない。どっかに居ないかなぁ、という漠然とした希望程度だから生きるのには何の支障もないのだ。耳が良いからと言って他人の声が不快だと思ったこともない。――只、聞いてみたいだけだ。俺の鼓膜、心臓、血潮、全てを震わせる声を。

――~~♪

「!」

 教室の扉に手をかけた瞬間、俺の耳でも掠れて聞こえてしまうような声が、――鼓膜を揺さぶった。ゾク…ッ、と全身が滾る。今まで感じたことのない高揚感だった。急速に上昇する体温に思考がついていかず、前屈みになって漸く気付く。勃起している。

「――…ハッ…、」

 我慢なんて、できる訳がなかった。部活棟側の壁にもたれながら性急にベルトを外し、下着と一緒にスラックスもずり下ろす。ここがどこかも、その時の俺は忘れていた。鼓膜を揺さぶる微かな声にだけ集中し、熱り勃った愚息をがむしゃらに扱く。その声の周りを囲む声が、煩わしいとさえ思い、壁の向こうに居る〝声〟を具現化させた。どんな色の瞳で、どんな色の髪色なんだろうか。髪の長さは? 俺は特に体型に拘っている男じゃない。どんな匂いなんだろう。…どんな声で、話すんだろう。

――ドクンッ! と心臓と愚息が膨張し、一気に破裂した。暫く抜いてなかったからか、思った以上の精液の量に慌てる。これ、制服についたらめんどくせぇんだよなぁ。ハンカチなんて持っている筈もなく、仕方なく弁当箱を包んでいた布で応急処置をするしかなかった。コーラス部の練習はもう終わっていた。……あの〝声〟を探さないと、俺はきっと一生後悔するだろう。


 次の日から、俺の頭の中で渦巻く思考は性欲と探究心が混ざり合い、良く解らない色をしていた。放課後が待ち遠しく、いつもつるんでいる面子には訝しがられるが、構わない。ちょっとでも気を抜くと勃ちそうだった。放課後までの時間も無駄にしていた訳じゃない。廊下で擦れ違う連中の声一つ一つに意識を集中させ、〝声の主〟を探し回ったが見付からなかった。――そして放課後には誰も居ない教室の隅っこでコーラス部の歌を聞きながら、シコシコ自慰をする。〝声の主〟の声量は小さく、意識を集中させないと聞こえない。自分の吐く息でさえ鬱陶しいと思った。その声で、名前を呼ばれてみたい。その一心だった。

 そんな日常が暫く続くと、未だ見付けられないことに苛立ちが募る。コーラス部に乗り込んでやろうかとさえ思ったが、只でさえ俺は教師達からマークされているのだ。俺が部活棟に近付くだけできっと追い返されてしまう。これだけ探して見付からないということは、学年が違うのだということに、漸く気付いた。それが解ったとして、うちの学校は学年毎にも校舎が分かれている。結局部活棟同様に教師達に追い回されるのがオチだ。

「三年はどの教師にも目ぇ付けられてるからな」

 と、一年から良くツルんでいる秋山は辟易した。

 二年前から〝改革〟と銘打って校則や生活指導が強化されている。既に卒業した先輩達が現役だった頃に比べると、俺達のような、俗に言う〝ヤンキー〟〝ギャル〟は少なくなった。俺は別段反抗しているつもりはないが、売られた喧嘩を〝ちゃんと〟買っているだけだ。それを良く思われないと解っていても、どうしようもない。逃げたって追い回されるのだから。それに逃げ切って負け犬呼ばわりされるのは癪に障る。俺が喧嘩をする理由はそれだけだ。

 秋山が俺の手作り弁当から唐揚げをつまみ食いする。怒らないのは秋山が俺の料理の腕を褒めてくれるからだ。やっぱり料理は他人に食べてもらいたい。

「つーか情報が少な過ぎるわ。声だけだろ?探しようがねぇよ」

「ちょっとでも聞いたらぜってぇ解るんだけどなぁ」

「お前が耳良いのは知ってたけど、そこまでとはな」

 唐揚げを丁寧に咀嚼しながら、秋山が付き合っている二年生の彼女にどうにか探してもらえないかと提案はしてみたが、結論は同じだ。俺にしか〝あの声〟が解らないなら秋山の彼女だって探しようがない。結局俺の探し求める〝あの声〟は見付けられそうになかった。

――なんて、半ば諦めている頃に奇跡というものは起こるものらしい。コーラス部の練習の声(〝あの声〟を、だが)を聞きながらシコるのも、もう慣れたものだった。弁当を自宅のテーブルに置き忘れ、仕方なく購買部のパンを買いに行く途中に、ある一年生女子と肩がぶつかってしまった。俺は短く「わり」とその一年生の顔も見ず詫びる。

「――すいません」

 俺の鼓膜が、――震えた。勢い良く振り返り、一年生の後ろ姿だけを見つめ、俺だけの時間が止まったかのような感覚を覚える。少し癖のあるふんわりとした黒髪が歩く度に揺れていた。……髪、短ぇんだな。と思うよりも先に〝彼女〟の肩を掴んでしまっていた。驚き、反射的に振り返って、漸く顔を拝む。長めの前髪に、空と湖の色が混ざったような色の瞳は訝しげに俺を見ていた。少し厚めの唇はリップを塗ったばかりで光に反射している。身長は可もなく不可もなく、平均値。きっと体重もそうなのだろう。――普通だな。別段好みの顔ではない。

「…あの」

「――ッ、」

 だが、やっぱりこの声だ。俺の鼓膜や心臓、血潮、全てを震わせ、滾らせる〝声〟は、彼女だ。歌っている時から思っていたが、随分細い声だった。けれど歌っている時よりも少し低い。トーンが違っても彼女が僅かに声を上げるだけで、フル勃起しそうだったが、何とか抑える。

 かける言葉が見付からず、呆然の彼女の青銅色に映る自分と目が合った。傍から見れば三年生が一年生女子に物申しているように見えているだろう。彼女も、そう思っても仕方ないのに、彼女から怯えは一切見られない。肝が据わった女だなぁ、とまた思考があちこち飛び火する。

 すると、彼女が買っただろう購買部のパンを差し出された。「え、」と俺の間抜けな声が聞こえる。

「それが欲しいんじゃないんですか?」

「い、いや、…はい」

「じゃああげますよ。私毎日パンなので、いつでも買えますし」

 差し出されたのはメロンパン。噂ではうちのメロンパンは美味い方らしい。彼女はそのまま無言で頭を下げ、立ち去ってしまった。いやつーか、メロンパン好きじゃねぇんだよ俺。食うけど。




〝アレ〟が噂の三年生か。聞くところによると、この学校は二年前までは荒れた学校で、それを改革する為に教師を入れ替えたり、校舎を学年別と部活棟に分けたりと尽力したらしい。三年生が卒業すれば、この学校が変わる。そんな声を気の抜けた教師達が話しているのを聞いたりはしているが、別段肯定も否定も、私はしない。

 今の三年生がどうなのかは知らないが、二年生一年生は部活が必須だった。入りたいと思う部活もないが、運動部に入るとなんだかんだと道具類を買わされそうで、手ぶらで入れるコーラス部に入った。けれど特に意識が高い訳ではない。学校の行事で歌うか、あとは一応大会にも出たりするらしいのだが、まぁきっと予選で敗退だろう。それでも一部の生徒はやる気があるようだし、寧ろコーラス部では私のような生徒の方が珍しい。皆どんなジャンルだろうと歌が好きだった。

「安海さん、大丈夫だったの?」

 私の横でお弁当を持っているだけで開きもしないのは、河野さんだ。彼女とは選択授業が同じで自然と話すようになっただけの間柄だが、控え目な態度や言葉遣いに好感を持っている。

「何が?」と聞くと食い気味で「小森先輩だよッ」と知らない名前を出てきた。先程の出来事を思案し「あの人小森先輩っていうのか」と、例の三年生を思い出す。つり眉にたれ目で、いつから染めてないのか解らないような金や茶色の混じった髪色に、生え際は真っ黒。ブロンズ像のような瞳の色は噂よりも少し柔らかい印象があった。

「有名な人?」

「有名っていうか…、まぁ三年だし。いっつも喧嘩してるって聞いたけど」

「ふーん」

 確かに掴まれた手の甲は平たかったし、つり上がった眉尻や頬にいくつか傷はあった。けれど、喧嘩が好き、とは思えない。何故か私には驚いたような顔を向けていたが、それでも人好きしそうな顔立ちだと思う。――いや、そもそも何故彼に肩を掴まれたのか、それが解らない。流石に私もメロンパンが欲しくて引き止めたとは思わないのだ(まだ少しだけ余ってたし)。あの場ではああやって乗り切るしか思い付かなかったからそうしただけ。記憶を手繰り寄せても小森先輩との接点は浮かばない。まず一年生と三年生だ。部活が一緒でない限り接点なんてない。

 コーヒーパックをちゅうちゅう啜っていると河野さんは「あんまり関わらないようにね?」と念押ししてくる。念押しされなくても、私から関わることなんてする訳がない。


「――コレ、」

 と、目の前に挨拶もせずに現れた小森先輩から渡されたのは、メロンパンだった。いつものように購買部に行く途中の廊下には多くの生徒と擦れ違う。勢いで受け取ってしまったメロンパンは、良く見れば購買部のパンではない。

「あの…」

「昨日、の、お礼」

「は?」

 お礼とは、なんだろうか。首を傾げながら取り敢えず「どう…いたしまして…?」と言うと、何故か小森先輩はほんのりと頬を染めて視線を逸らす。…この人、ホント何なの? 罰ゲームでもしているのだろうか? そんなことよりお昼ご飯買いに行きたいんだけど。でもこのまま素通りするのも何となく気が引ける。これ以上何の用があるのだろう。先輩は、随分目立つ佇まいなので周りの視線がチクチクと、痛い。

「弁当、ねぇの?」

「…小森先輩に関係ありませんよね?」

 イラッとして質問を質問で返した瞬間に、名前を呼んでしまったことを後悔した。当然小森先輩は何故自分の名前を知っているのかを聞いてくるが「有名ですよ」の一言で済ませられる。それよりも何故私に絡んでくるかが謎なのだ。

 私は決して、目立つ生徒ではない。成績だって中の上下を行き来している程度で、校則だって違反はしていない。一般的で面白味のない生徒だ。そんな私が、私は好きでも嫌いでもない。先輩の目に止まるような存在ではないのに、先日の接触や今みたいに弁当がないことを心配される筋合いはないだろうと思うが。

「…不味かったら捨てて良いから」とだけ呟いて、先輩は去っていった。怪訝に思いながら渡されたメロンパンを今一度見やる。パッと見は市販されているメロンパンに見えたが、良く見ると…、これは恐らく手作りだ。

「……えぇ?」

 もしかして、作ったのだろうか? メロンパンを?――あの小森先輩が? いやいや、なんで?




 彼女はきっと、俺を不審者と思っているに違いない。俺ならそう思う。流石に初っ端から手作りメロンパンはやり過ぎたかも知れない。友人や最悪教師達に相談され、俺が最悪退学にまで追い詰められる可能性も考えられるが、彼女はそのリスクを負っても良いと思う存在だった。ほんの一瞬呼ばれたあの声を想起するだけで、全身の血液が熱く滾る。――俺は、彼女の名前も知らないのに。…サボってシコってやろうか、なんて。いや、寧ろそれは放課後まで取っておこう。あの控えめな歌声と、先程の低めの声を脳内で混ぜ合いながら、快楽の波に悠然と乗ってやろう。

――と、放課後にいつも通りの場所から彼女の声を探ったが、聞こえない。今日もちゃんと出席していたし、体調が悪そうでもなかったが、…早退でもしたのだろうか? それはそれで気掛かりではある。風邪を引いてしまったのか、よもや俺の作ったメロンパンが原因か? 色んな思考が頭を過ぎる。

 どうにも気になってしまい、一度外したベルトを直す。俺を目の敵にしているだろう教師達の気配を探りながら部活棟に繋がる渡り廊下まで行けば、人影が見えた。二人の男子生徒に囲まれて居るのは、彼女だ。男子生徒にも薄らと見覚えはあるが、名前は出てこない。

「…だから、知らないですって」

「いやいや」

「小森って後輩の女子とあんま喋んねぇし。なんかあるんだろ?」

「知りませんよそんなこと。本人から直接聞けば良いじゃないですか」

 全く以て、彼女の言う通りだ。彼女からすれば俺が勝手に接触してきただけなのだから、良い迷惑だろう。というか、俺が後輩の女子と喋らないのは単純に機会がないというだけだ。只でさえ俺達三年は後輩達にビビられているのだから。…まぁそれ故に同級生の女子か、他校の女子とはそれなりに遊んではいるが。

――それにしても、彼女は男二人、しかも〝危ない〟と言われている三年に囲まれていても全く動じないのは、感服する。俺達三年は食堂で擦れ違うだけで後輩達に距離を開けられてしまうのに。鈍感なのか、それとも身を守る術を持っているのか。それでも俺の中に放っておくなんて選択肢はない。全く知らない女子ならいざ知らず、…俺の全てを震わせる〝天使〟とさえ思っている彼女を放っておくなんて。

「――おい。俺に用があんなら直接聞きに来いよ」

 彼女を囲んでいる同級生二人の背後から意識的に低い声で話し掛ける。遠目からはあまり気にならなかったが、近付くと距離感に腹が立った。近過ぎるだろ。一度喧嘩で負けているからか、二人は「やべ、」とあからさまに焦りを見せる。やばいと思うならさっさと彼女から離れろ。と、視線を向ければ呆気なく立ち去って行った。

 立ち去った男二人の間抜けな背中を俺と彼女が同時に見ながら、同じ言葉を呟く。

「ダサ」

「ダサ」

 ほぼ同時に吐いた瞬間にお互いを見やる。するとお互いに照れくさくなり、視線を泳がせた。俺に至っては申し訳なさの方が強く、「ごめんな」と軽く頭を掻きながら俯く。

 俺なんかと話してしまった所為で変な輩に巻き込まれてしまった彼女だ。そのまま立ち去ると思ったがそんな素振りは見せない。

「そんなに強いんですか?」

「へ?」

「喧嘩」

 強いか弱いかと聞かれると、何とも言えない。腕力は人並みか少し強い程度。だから負ける時だって勿論あるが、俺はなんだかんだと要領が良い方なのだろうと、自己分析している。自分で言うのも何だが、頭は悪くないのだ。それが勉学に生かせていないだけで。相手の動きと流れを見る。それが見えるのと見えないのとでは明らかな差があるのだ。俺はそうやってひらりひらりと相手を躱してきたに過ぎない。しかしそれを彼女に言ったところで伝わるかは解らないので、控えめに「言う程強くはない」とだけ答える。彼女は少し間を空け「そうですか」と素っ気ない態度を示すが、それでもその場から離れようとはしなかった。

 コーラス部の声はまだ続いている。今からでも部活に行けば良いのに。

「歌、終わっちゃうぞ?」

 と、言ったと同時だった。彼女の背後に俺を目の敵にしている教師の内の一人が見え、咄嗟に脳内の警鐘が鳴る。アイツに見付かると面倒なのだ。――彼女の腕を掴み、校舎の裏に隠れてしまったのは殆ど無意識だった。

「え、ちょ」

 彼女の声色には戸惑いはあっても抵抗の色は見えない。…いや、なんで俺一緒に隠れたんだよ。俺だけ逃げれば良いだろ。だがもう今更出られない。教師の気配は少し近付き、暫くしてから遠のいていった。

「ごめん。その、反射的に…」

 言い訳しながら、漸く彼女との距離の近さに驚く。――自分の腕の中に抱え込んだことも無意識だったのだ。

「ごご、ごめん…!」

 慌てて両手を上空に広げると、彼女はおずおずと少し距離を空ける。僅かに警戒はしているが、逃げ出す素振りもない。…この子、良く解んねぇ子だな。普通いきなり抱き締められて隠れられたら襲われると思っても良いだろうに。小森先輩、ちょっと心配になっちゃうぞ。

「この前から、何なんですか?」

「え、…あ、の…」

「私、コーラス部だって言ってないですし。――…手作りのメロンパンをもらう間柄でもないです」

 そりゃそうだ。――だって俺は、彼女の名前すら知らない。コーラス部に所属していて、毎日食堂のパンが昼飯ということしか、俺は知らないのだ。我ながら気持ち悪いな、とは思っている。けれどその〝声〟で放課後毎日オナってるなんて、セクハラどころの話じゃないだろう。そんなことを知られたら、と全身にじんわりと冷たい汗が滲んでいく。

 それでも彼女の青銅色は、僅かに濁っているだけで、波立ってはいなかった。純粋な疑問が波紋を広げている。吸い込まれそうな、水底のようだ、なんて思っていると勝手に俺の口が「君の声が」と動き出した。

「声が、すごく、ひびい…て、」

 止めとけ。それを言ったら流石の彼女もドン引きするぞ。なのにどうして、俺の口は動いてしまうんだ。

〝声〟だけじゃないのだ。彼女の青銅色は、俺を引き寄せる。入水自殺――、という字面が浮かんだ。〝生〟を諦めた瞬間に水に引き寄せられる感覚、とは、きっとこんな感覚ではないか。そんな感覚を知っている筈もないのに、その瞬間はそう思ってしまった。初めて、その声を聞いた時と同じように、心臓は張り裂けそうな程高鳴り、血潮は沸騰しそうな程熱い。――同時に、その熱が自身に集まることを止められなかった。

 やばい、と隠そうとしても体勢的には不自然である。彼女が少しでも視線を下げれば見えてしまうが、このまま俺の顔をじーっと見上げてくれていれば、その内治まる…〝かも〟知れない。

「……ぇ」

 あーあ、もう。俺のジュニアは俺の言うこと聞かない。片手で顔を覆い、溜息を吐き出す。

 気付けば、自分の痴態や性癖を曝け出していた。その間も彼女は逃げるどころか言葉を遮ることもせず、時折視線を俺の中心に向ける程度。羞恥の色も見せず、淡々と俺の話を聞き終えた頃にはもうコーラス部の歌声も聞こえなくなっていた。一方俺はと言えば、話し終わると校舎の壁に身体を預け、身体を丸める。こんな変態の話を真面目に聞く彼女を怪訝にさえ思った。

「――小森先輩」

――ゾク…、と快感に近い何かが走る。彼女は俺の隣に同じように座り、顔だけを俺に向けていた。彼女の視界に入らないようにしたいのに、離れられない。両腕で顔を包むように蹲ってみても、愚息の熱は治まらなかった。自分でも情けない程か細い声で謝罪する。けれどそれに返事はなく、彼女は、――悪魔のように、俺の名前をもう一度呼んだ。


「耳、真っ赤ですよ」と、彼女の細い指先が、チリ、と俺の外耳に触れた瞬間、本当に彼女を悪魔か何かかと錯覚した。突然の行動に驚き、思わず耳を掌で覆い、彼女を見る。青銅色に変化はない。面白がっているようにも、不快に思っている様子も、…欲情しているようにも、見えない。

 彼女の感情が、俺には解らない。初めて食堂で認識したあの日から。けれど無表情という訳でもない。表情豊かとは言えないが、眉間に皺が寄ったりもするし、目を僅かに細めたりもする。それでも彼女が何を考え、何故そんな行動を取るのかは、理解できない。今、こうやって俺の耳に触れようとする意味も。

「…キモイとか、思わないの…」

「今のところは全く」

「……変な子」

「良く言われます」

 鼓動が低く、重低音で響く。まともに彼女の顔も見れないが、徐々に吐息が近付くような気がした。

――笑い声がして、視線を向けようとしたが、それよりも早く、彼女の指先が耳を覆う俺の手の甲に触れる。喧嘩で真っ平らになってしまった関節一つ一つをなぞるような仕草に、初めて彼女の歌声を聞いた時と同じ胸の高鳴りを覚えた。

 目が、合う。

「……」

「……」

 ほんの数秒の沈黙が漂い、――次の瞬間にはお互いの唇が触れ合っていた。

 荒々しくもなく、甘くもない。けれどお互いの熱が溶け出すような、熱さがある。彼女の唇は少し分厚く、食んでみれば、餅のような柔らかさがあった。舌を絡ませる前に、ちゅ…、とリップ音を立てて離れる。

「慣れてる?もしかして」

「まさか」

「そうは見えないけど…」

 軽口のように言う彼女の表情からはやっぱり感情が見えなかった。なんで。どうして。しかし、彼女は思考を巡らせることを遮るように、また俺の名前を呼ぶ。震えるだけだった鼓膜に熱と甘さが加わり、俺の理性は音を立てて崩れていった。




 自分でもどうして逃げなかったのかは、解らない。只、あのメロンパンは美味しかった。食堂のメロンパンなんかよりも。

 特別自分の声が変わっているとは思わない。今まで関わってきた人間に指摘されたこともない。寧ろ多くはないとは言え、複数の人間が合唱している中で私の声を聞き当てる聴覚に、純粋な興味を持った。――私の声で自慰をしていることには、心底驚いたが。

 小森先輩の唇は私よりも熱く、厚みは私よりも少ない。キスとはもっとロマンのあるものだと聞いていたが、なんてことはない。甘みも感じず、生温い唾液が少し混じる程度。期待をしていた訳じゃなかったが、少々拍子抜けした。初めてなのに「慣れてる?」と聞かれたのは、多分私が酷く冷静だったからかも知れない。心拍数も体温も全く以て正常。

 もう一度唇が合わさった。今度は舌を差し込まれたが、拒む理由がないので受け入れる。舌が短いのか、歯列を丁寧になぞるというよりも啄くような感じだった。鼻で呼吸しながらお互いの指先を舌と同様に絡ませてみる。無骨な手だとは思っていたが、爪は丁寧に切り揃えられていて「この手があのメロンパンを作ったのか」と思うと些か体温が上がった気がした。

「ん、」

 片手を後頭部に回され、頭部の丸みを確認するような具合に撫でられる。優しい手付きだなぁ、と思った。こんな風に撫でられたことなんてなかった私には新鮮である。

 けれど、折角撫でられていた後頭部からは手が離れてしまった。離れた掌が外耳や鎖骨を撫で、制服の上から胸の膨らみを柔らかく、そして遠慮がちに掴んでくる。唇はまだ塞がったままだ。角度を変えながら少しずつ深く、深く、私達の距離は詰められていく。いつの間にか体勢が変わり、小森先輩は私を校舎の壁に押し付ける形になっていた。

 はぷ、ちゅ、と水音が続く。漸く唇が離れた隙を見て、先輩の赤くなった耳に唇を近付け、名前を呼んでやった。

「はっ、――~~ッ゙…!!」

――ああ、これ。と薄く笑みが零れる。私の声のどこが良いかは解らない。コーラス部の顧問にも言われたことがないのに、彼は、こんな平凡な私の声で…オナニーしてた。今だってスラックスの上からでも解る程熱り勃ち、触れてもないのに熱を感じる。今まで感じたことのない、悦楽が全身を駆け巡っていった。

 自然と、小森先輩の中心に手を添えてみる。先輩の身体はビクッと跳ね、そろそろと私と目を合わせてきた。ブロンズ色に映し出された私は先輩の熱でトロリと溶けていく。

「せんぱい、」

「っ゙、は…ッ」

「せんぱい。…もっとこっち来て」

 私よりも頭一つ分高い小森先輩に縋るような形で自分の身体を擦り寄せる。先輩は両手を壁につき、私の声に鼓膜を犯されている為に、身体は小刻みに震えていた。

 ベルトを、了承もなく外す。何の柄か全く解らないけれど、とにかく派手な下着は苦しげに張り詰めていた。…こんなに、熱くなるんだ。指先から熱が伝わり、柄にもなく、若干尻込みしてしまう。男性は〝コレ〟を舐めさせるのが好きだと聞いた。それならばきっと先輩もそう望むのだろうと、腰を降ろそうとした時。

「それは、良い、からッ」

 小森先輩に肩を強く掴まれる。どうして、と聞く前に先輩は視線を泳がせながら「…しゃぶられたら、声が…聞こえない」と答えた。成程、それは確かにそうだ。そこは素直に従おう。

 するりと右頬を撫でられる。自然と視線を上へ向けると、苦しげな表情で私を見下ろす先輩が居た。頬に触れた掌が耳に移動し、流れるように首筋を伝う。触れられた箇所が僅かに熱を持つ感覚。多分これが〝快感〟なのだと思った。声にならない声を一瞬漏らしてしまい、先輩の手の動きが止まる。けれどそれも一瞬のことで、先輩はまたゆっくりと私の胸を掌で覆った。

「…っん、」

 服の上からでも小森先輩の熱が解る。そのままセーラー服の中へ、差し込まれた。

「ぁ…っ」

 抵抗するつもりはなかったが、無意識に肩を掴んでしまう。小森先輩は、私に触れることを止めない。

 熱い舌で首筋を這われるように舐め上げ、片手で器用にブラジャーのホックを外される。平均的な大きさの、平均的な形の胸を直接揉まれると、申し訳なささえした。胸の突起を掠める指先は思ったよりもかさついてはいない。指の腹で押し込まれたり、軽く摘まれたりすると、言いようのない快感がそこから脳に伝わった。制服の裾をたくし上げられると胸が外気に晒される。家で裸になるとは訳が違う。羞恥心が湧き上がるが、今更だと思い直した。先輩の視線が私の突起と顔を行ったり来たりしたと思ったら、突起が熱い舌に埋められる。

「ッ、あっ♡」

「!」

――自分の声に、驚く。慌てて掌で口を塞ぐと、ブロンズと目が合った。ブロンズは、塞ぐな、と言っているようで、それに従ってしまう。けれど行き場のない手をどうすれば良いか解らず、とりあえず先輩の肩を掴んだ。

「んっ。ふ…ッ♡ ぁぁ♡」

「――ハ…、ッ゙」

 片手は私の胸を強く掴んでいたが、痛みはない。寧ろ快感だった。ぢゅ、と強く吸い上げられ、そのまま舌先で転がされ、――下腹部が異様に熱い。ギリギリ手の届くところに小森先輩の張り詰められた熱があった。そろりとソコに手を伸ばすと、先輩は怯むこともなく、今度は押し付けてくる。殆ど知識なんてものはないのに、本能が『こうしろ』と言っているようだった。掌全体で覆い、柔く掴んでみると想像以上の硬さと熱で、私の理性は本能に食われていく。

 私の胸にあった唇は次の瞬間、私の唇に食らいついていた。時々、歯が当たっても全く気にならない。荒々しいキスを繰り返しつつ、先輩の指先が私の陰裂をなぞる。そこでやっと、濡れていることに気付いた。

「きもちぃ?」

「は、ぃ…♡」

「ん。おれも。きもちいいよ。…もっと声、聞かせて」

 小森先輩の声は熱いのに、口調は随分柔らかい。稚拙とまではいかないが、どう聞いても、喧嘩に明け暮れているような人の口調ではなかった。

 お尻の丸みを撫でられながら、スカートの中に両手を差し込まれる。下着の縁取りをゆっくり辿り、腰を片腕で引き寄せられた。気付いた時にはあっという間に下着を下ろされ、自ら片足を宙に浮かせると、役立たずになった下着はもう片方の足首に落ちる。片足と、先輩の腕で支えられている状態だ。ついでに、私の陰部はスカートの裾から見えている。――ゴク、と先輩が生唾を飲み込んだ音が聞こえた。

「…エロ。やばい。――ねぇ、俺もう止まんないけど、良いの?」

「……こんなところで、止められる方が、いや」

 ここまで晒しておきながら、往生際の悪いことを言う。私だって、そこまで初心でもないのに。…さっきから、下腹部の、子宮の鳴き声がうるさくて仕方ない。早く早く、と鳴く子宮を何度も宥めているのだ。その意思表示の為にも、私は自分の陰裂を人差し指と中指で、広げる。

「――ッ!?」

 先輩の身体がギシッ、と固まる。寿命が縮みそうな程、私の心拍数は上がっていった。全身の血の巡りが子宮や膣に集中していき、脳に全く酸素が届いていないような感覚もする。お陰で思考は真っ白なのか、真っピンクなのか、良く解らない。只、今この場で、この疼きを鎮めてくれるのは、先輩だけだということだけは解る。

 先輩が性急に制服と下着を下ろすと、血管の浮き出た凶器が視界に入った。物怖じするかと思っていたのに、私の頭の中は〝雌〟としての本能が勝る。…決して、先輩のソレが小さいなんてことはない。他の人を知らないから比較しようがないが、少なくとも安心できるような大きさではない。私の両手で包めない程だ。

 それなのに、どうして恐怖を感じないのだろう。

「……煽った責任は取れよ」

 私の腰を掴む。亀頭と陰裂がむちゅ…と触れ合うと、再びその熱に飲み込まれそうになった。「あつ…、」という先輩の呟きに、どっちが、と言いたくてもそんな余裕もどこかへ飛んでしまった。グググ…と徐々に痛みとも快感とも言えない感覚が湧き上がる。強いて言うなら、異物感の方が近い。けれど、私の身体はどこかで受け入れようとしている。

「ぁ゙…、ッ゙…ぅっ」

「ッ。…せま、すぎ……――!?」

 ギョッと、小森先輩の目が見開かれ、腰の動きが止まった。先輩の視線がどこに向けられ、何故驚いているのか、瞬時に理解する。――私が処女であることに驚いているのだろう。別段慣れた素振りを見せたつもりはなかったが、こんなところでこんな行為を受け入れる女を処女とは思わないかも知れない。先輩の顔から赤味が薄れ、今度は青ざめていく。

「……俺が言うのもなんだけど、」

「っ、はい?」

「…初めては、大事にした方が…良いよ…?」

「本当に、先輩が言うことじゃないですね」

 今の会話が功を奏したのか、違和感は幾分か和らいだ。今更私から距離を取ろうとする小森先輩の首に腕を巻きつけ、コツンと額を合わせる。私と先輩の吐息が混ざり合い、私達を包む空気の温度も高くなった。無言で数秒見つめ合った後に、自然と唇が合わさり絡まる。

 徐々に先輩の腰が私に近付き、異物感はもうなくなっていた。その代わりに腰からゾクゾクと、甘い電気が流れてくる。子宮が何度も収縮する感覚を味わっている間に、とうとう先輩の亀頭が最奥にぶつかった。

「は…ぁぁ…♡ せんぱいの、ギチギチ…だぁ…♡♡」

 頭がぼーっとして、自分じゃないみたいだった。――普段の私は、こんな素直な言葉を使ったりしない。けれど勝手に口が動いてしまうのだ。…どっちが本当の自分なのか、解らなくなる。普段抑え込んでいる感情全てが、快感という波に乗って、キャラなんてどうでも良くなっている気がした。

 別に、クールを気取っている訳じゃない。感情を表に出すのが苦手なだけ。喜怒哀楽を相手に伝えるのが、面倒なだけなのだ。――だって、誰も私のことなんて気にしないのだから。

 すると、小森先輩に頭を撫でられた。まるで、泣いている子供を宥めるような、酷く優しい手で。

「ッ…!」

「? どうした? …ごめん。やっぱ痛かった?」

 小森先輩は最奥に到達したまま、動いていない。私の顔を覗きながら様子を伺っているようだ。

 ああ、この人は本当に、優しい人なんだなぁ。そう思った瞬間、きゅぅぅぅ、と心臓が甲高く鳴いた。そして私は多分、――恋に落ちたのだ。




「……に、なっ…ちゃいました……」

「へ?」

 彼女は俯き、もそもそと呟く。耳が良いと自負している俺でさえ、聞き返してしまった。頭を撫でていた手に重ねられた彼女の手は、酷く熱い。ゆっくりと上げられた顔も真っ赤に紅潮している。…急にどうしたんだ。彼女の情緒についていけない。クールかと思えば俺を煽り、淫靡な声で名前を呼び、処女の癖に容易く俺を受け入れる。キャラが全く掴めない。

「すきに、なっちゃい、ました……」

 と、青銅色を潤ませる。途端に、俺の心臓と愚息が、爆ぜた。

 ゴン!!と思い切り腰を突き上げてしまった次の瞬間に、心の中で懺悔する。けれど奥歯を噛み締めるのが精一杯で、謝罪の言葉は出てこなかった。

「――はきゅ…ッ!?♡♡」

 ひしゃげたような声でも、彼女の声は俺の全てを震わせた。律動が止まらず、加減もできない。童貞のような、稚拙なSEX。…これでも耐えた方なのだ。本当は挿入した瞬間から無様に腰を振りたかったが、処女と解れば幾分か冷静さを取り戻せた。――だが、〝あれ〟は反則だろう。クールだと思っていた女の子が顔を真っ赤にして「好きになっちゃいました」って。君は俺を煽り過ぎだ。

 程よい柔らかさと大きさの胸は俺の掌に馴染み、硬くなった突起にかぶりつく。

「あッ♡ あッ♡ あぁ゙♡♡ まって♡ せんぱい…! そんなに、ゴツゴツされたら…♡ こわれちゃ…♡♡」

「無理。俺のちんこ煽った責任、取って。…好きに、なっちゃったならさぁ!」

 子宮口を押し上げては、腰を引き、また押し上げる。膣襞が俺の陰茎をきつく締め上げながらも、柔らかな肉の感覚に酔いしれた。子宮口と亀頭は何度も口付けし、お互いの絶頂を促す。ちゅぼ、と聞こえる卑猥な音は、夕暮れの放課後に良く響いた。

「お゙…!?♡♡ ら、め♡ おまんこ、こしゅれるの♡ へんな、こえ、れちゃ♡♡」

「変じゃない。…もっとそのエロ声聞かせて。――俺の耳、犯してよ」

「ぁ゙♡ ッ゙――~~!!♡♡♡」

「――っ…、そう、それ…! それ、好き。…ちんこ、爆発しそう。まんこ、すっげぇ締まってる。処女だったなんて、思えねぇよ」

 淫語がつらつらと吐き出され、彼女はそれに甘い吐息だけで返事をする。青銅色に映る自分が熱と甘さに歪んでいて、嘲笑が浮かんだ。

…心底、童貞じゃなくて良かったと思う。そのお陰で、震える片脚を気遣える余裕がほんの僅かにも残っていた。両足を自分の腕で抱え、支える。彼女の身体は思っていた以上に軽く、変な親心に似た感情が湧いてきた。…この子、ちゃんと食ってんのか?

 だが、そんな親心も、睾丸で踊り狂う精子達には敵わない。彼女の膣内の収縮が断続的に繰り返され、締まりが強くなっていく。

「あひ♡ ひゃう♡♡――な、んかぁ、きそ…ッ♡♡ せんぱ、まっ、れぇ…!♡♡」

「ハッ、ハッ…! 待たない…、つか! 待てねぇから! ほんと、ごめ…! 君のまんこ、良過ぎて! ぅあ゙…ッ」

 彼女の瞳孔は開き切っていて、チカチカと、何かが爆ぜているようだった。けれど俺だってもう限界だった。膣内の締め付けは絶妙に俺の陰茎を刺激し続け、腰の辺りでは重い快感が今か今かと滞留している。――ぼんやりと、ナマだったことを思い出したが、一瞬で霧散されてしまった。もうこんなところで止まれない。全身に快感が駆け巡り、どうにか体外で射精しようと逡巡した瞬間、彼女の膣内が今までにない程きつくなった。「やばい!!」と、言う暇なんて――。

「あ゙ぁッ!♡♡ イくイく♡♡ イ゙ぐぅぅ――~~っ!!!♡♡♡」

「ぐ、ごめん…!――で…!――~~ッ゙!!」

――最低にも、中出ししてしまった。

 彼女の歌声に聞き耳を立てながら扱くオナニーとは、比べ物にならない量と快感に、目眩がする。入り切らなかった精液がトロリと繋がったところから零れ、地面に染みを作った。荒い呼吸を二人で繰り返し、目が合えば、唇が重なる。だらしなく唾液が口の端から零れ、それすらももったいなく感じ、彼女の顎に舌を這わせながら啜った。

――ていうか、俺、今更だけど、

「……名前、」

「ひゃ…?♡」

「…俺、君の名前、知らない……」

 俺って、マジで、最低だな。――それなのに、彼女はふわりと初めて微笑みながら「安海律です。…小森先輩」と教えてくれた。

「安海さん。…良かったら、その、」

 その声で、俺の名前を呼んで下さい。




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