Jitoh-28:炸裂タイ!(あるいは、述べるにノベルと/ノーヴェ/ルシオラ)
本当に地下かここは。
「……!! ……!!」
こんな高い天井は、あり得るのか。吹き抜けの空間は見上げるほどに高く、奥行きも先が見えねえ。中央に競技するだろうフラットなフローリングが広がる。が、その広さは足繫く通っていたあの小学校体育館の四倍はありそうな面積だ。そしてその周囲ほぼ全方位を取り囲む
これは、現実か。台場の地下にこんな巨大施設があるなんて聞いたことも無えぞ。
<――参加者の方々は――受付をお済ませになり――指定された予選ブースへお越しください――>
周囲からのうねるようなざわめきに若干埋もれながらも、そんなのんびりとした女声アナウンスが、二十メートルはあるんじゃないかくらいの天上高みから振り落ちるように場を包んでいる。最初は予選か、そういや。でもこんな緩い感じでやるんだな……空間を満たしているように思えた観客の声も何となく虚ろそぞろってるのはまだ「本番」じゃあねえからなのか。簡素なテーブルがアリーナ入り口には設置されており、何組かのうしろに並んだ俺たちは、そこの係員から極めて事務的に照会されゼッケンのようなものを渡されると、「ブース4」と記された一角に誘われるのだが。
そこは正にの、正式サイズのボッチャの
「なんか……普通過ぎねえか?」
極めてフラットなメンタルで車椅子を運転している鉄腕の横顔を見つつそう言ったものの、いつも以上の傾いた無表情でいなされた。おう、おう、と促すものの聞こえません的な態度で持参したてめえの球を指先で撫でたりしてるが、あれ、俺らこの数週間ばかり結構血の滲まんばかりの多角的なシゴきをねちねちとカマされたよなぁ……?
「はい、予選はですね、チーム御三方がそれぞれ『三球』ずつ、そちらコートの『九か所』に記されています『マーク』にひとつずつ近づけるように投球していただくと、そのようになっておりまーす」
俺ら含めて五組くらいにまとまったところで、事務的笑顔と口調によりコンパニオン的な妙齢ミニスカートの嬢が促してくる。改めてそのいわゆる普通のボッチャコートを注視すると、中央付近の
「スローイングボックスは各自ご自由にお選びいただけますが、投球途中での移動は禁止です。そして九か所目掛けて計九球投げていただくわけですが、一か所につき最も近い『一球』しか感知されませんのでお気を付けを。そしてマークから手球の距離は上からの精密測定によりなんと!! 『〇・一ミリ単位』まで測れますからね~存分に狙っちゃってください!! 『誰がどういう順番でどのマークから狙っていくのか』!! それも戦略になるポイントですので、チームワークよく、さらには制限時間『三分』しかございませんので!! さっくりといっちゃってくださいー」
案内嬢の言葉はつらつらと流れるように為されてくるものの、結構エグいことをさらっと言ってくるわけで。ていうか……
……あの、ものすごい負荷のデリケートな箇所の皮や体毛を挟み巻き込むバネ状ギプスを全身に仕込んだ投球練習とか、被れるタイプの水槽に徐々に水が入れられていくパニック型アトラクション的投球練習とかは何だったんだよ……
数々の奇天烈な修行の日々が脳内を軸のぶれた走馬燈が如くに変な感じに揺れながら巡り巡るが。その時のテンションでは疑問は一ミリも挟まなかったものの、冷静に考えると否、改めて考えなくとも万事イカれてたよな……それもこれもこの日のためと思って鬼教官の指示に返事の最初と最後にサーをつけて従ってた俺らはアレか、アレのアレがアレしたアレだったのか……と、
「おやおやおやおや……ゴカセ氏ぃ……貴殿がこれに参加されるとは驚愕至極、孤高のマイスター殿が一体全体どのような心変わりなのですかねい……?」
前の組からそんな慇懃粘着な、スチールウールでステンレス流しを擦った時の音のような声が振り返りざまかかったのであった。またどうせ関わるのも憚られるが関わらざるを得ない類いの面子であろう、と割と最近では諦観が前衛を張るという多分に毒されメンタル布陣の俺は、あいや鉄腕の知り合いならば実力者と思われるし情報は何でも拾っておいた方がいいよな……という飼い慣らされたかのような殊勝な気の持ちようでその声の主を直視してみるのであった……
<
鉄腕の野郎は今日は逐一フラットだなぁ……まあこのやり取りだけでそいつとの関連性は分かろうもんだが……つまり意識してる側と、あまり眼中にない側だ。モロツカと呼ばれた痩せぎすな輩は、黒いイバラのようなものが何の装飾かは分からんが全体的に絡みついているというとんでもない車椅子に搭乗していて、おそらく俺らとそうは歳は変わらないと思われるが、髪型がこれでもかのびっちりとした坊ちゃん刈りであり、そこにだけ目が行く外観をしている。そして、
「ふぉっほ!! そいつぁまた俗な。まあ優勝は我らが『夏目ユージーン』がいただくのですがね……ククク、それにしても随分と面子にはお困りのようだぁ……まあせいぜい我々と当たるまでは、そしてこの予選くらいは突破してくださいよ?」
亀頭を擬人化したような外面の猥雑さに負けず劣らずの粘着精神の持ち主から放たれる腐食性のガスみてえな言葉群が、俺の脊髄に直で「殴れ」との指令を飛ばしてくるようであるのだが。が、その手の事象はいまや日常茶飯のことなので余裕でそれは呑み下した。
それよりも……
「何か……普通過ぎて拍子抜けタイねえ……」
代弁してくれたのがJャニーさんだったのが業腹だが、言ってることには同意だ。俺らは何のためにあのアレを耐えてきたというんだ……ッ!! ……よし、肚は決まった。
ナカ「ジトー氏……例えばどうだろう、我々三人の中で『赤丸』に最も短い総距離を叩き出せた者がですな、天使からの祝福の
ジト「ほほう!! それは妙案ですなぁ……なるほど、いやが応にも盛り上がることこの上無し……流石リーダー殿、団員の心をまとめる術に長けておられる……ッ!!」
エビ「ちょっと待ってください!! おんなじ!! 前と!! もうこの流れ自体が食傷気味ですので!!」
ゴカ<エビノ氏落ち着くんだ……そのように声を荒げるようなことではない……彼らに本気になってもらうには頃合いの案とは思わないかね……大局を見るんだ。我々の至上目的はこの『デフィニティ』での優勝……>
あれぇ、阿吽の総意がいま怖い、との天使の呆けたような声が響き渡るが、その背後で能面ヅラでこちらをじんめりと見やって来る姐さんも姐さんで怖いのだが、とにかく、
「『210番チーム』、そこの御三方、『三分』もう始まっていますからね!! 投球はお早めに!!」
時間は無いんじゃあないかね……?
ここに来て三人の鋼の結束が固く具現化していく……!! が、悪そうな顔の三人組の笑みを受けて進退窮まったかのような天使が放った、
「も、もう!! キスでも何でもしますから早く投げてくださいっ!! 何のためにあれだけ頑張ってきたんですか!!」
真摯な言葉にちょっとやり過ぎたか感が今更ながらに襲ってくる。しかして罪悪感とは裏腹の灼熱の高揚感が、俺らをより深く抉り貫くのであった。
刹那、だった……
「……」
「……」
「……」
余裕をもって三番のボックスに付いた俺は、専用ケースにきちんと収めていたてめえの手球の内、赤い三つを続けざまに掴み取り出しつつその流れで連続で転がし投げる。ほぼ同時に俺の両脇からも右側からは宙を飛ぶ青球が三つ、左側からは重そうな音を立てながら立て続けに転がる緑球が三つ、様々な軌道を描いてコート上の目指す「点」へ向かっていく……暗黙の了解で、縦並びの三つを各々狙うことは既にお互い把握は終えていたようだ。
球の行方は見なかった。おそらくこの角度から見ても分からねえと思うんで、ここは精密に測るっつう機械計測に任せるとするぜ。俺らは球が完全に止まる前に三者三様、踵を返すと、天使と能面の方を振り返りニヒルな笑みを浮かべてみせるが。
はたして。
「え……『210番』……『マーク』からの『九球』の総距離……ええとこれ測ってるんですよね……ええ……記録『ゼロセンチメートル』。予選は現在暫定トップです……」
掠れたような案内嬢の声が告げると同時に、どわんというような歓声が会場中を揺らしたかのように感じたのだが。いや、そいつはどうでもいい。個人の成績をはよ出さんかィィィィッ!!
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