Jitoh-22:号砲タイ!(あるいは、どっと噴流/COMィンチャムオベフティ)


<な>


 鉄腕がつっかえるなんてな。何で? とか問いたいわけだろ。豹変ぶりに面食らいでもしたかよ。まあ俺だってそこまで正確にてめえの精神を把握してるわけじゃねえし。「勢い」とか「ノリ」っていうのもあるからよぉ。


 要はよう説明出来ないってのが正直なところだった。ただ、何かに背中を押されたのは確かと言えた。それが何なのかは分からねえが。


 とりあえずここはうちらに任せて解散してなー、という国富がどうしていいか迷い佇んでいた他の参加面子にそんな言葉で促して散らしてくれているが、そういやJョージ君はどうしたよ?


 と思ったらえらい勢いで店の外扉がこちらに開いてきて、中から「憤慨」の二文字をその両頬に貼り付けたかのような女が怒り肩で鼻息荒く去っていき、その背後から「あわわわ」と本当にその分厚い唇から発しつつ両腕を中空に中途半端に伸ばした格好で追いかけてきた角刈りが現れたところで、昭和の四コマ漫画の一幕が実写VR化したのかと見まごぉた俺は一瞬思考を止めそうになるが、まあこれで役者は揃ったと言えなくもない……


「……」


 もちろん天使がさっきから俺の背後で事の成り行きを見守っている事は背中で感じていた。ふいと振り向いてみると少し下にあるその顔その目と視線は絡む。微笑んでいるかのような、涙ぐんでいるかのような、その両方みたいな表情はやはり俺の心の根っこ部分を引っ掴んでくるので名残惜しいが早々に向き直る。昼下がりの空はどんより雲に覆われてきたが、風も出てきてその思わぬ冷たさに頭も大分冷えて来た。鉄腕以下三名を促し、先ほどの人けの無い崖状斜面の前辺りまで移動する。


<……『デフィニティボッチャ』の地下大会、何の略かは分からないが『STDB』と呼称されているその試合は……不定期だが四か月おきくらいに行われると言われている……>


 鉄腕が完全に通常のペースを取り戻して重々しくのたまい出すが、それにしても詳細を、と促したらこの怪しさ/あやふやさよ。おまえ参加するのこれ以上なく焦がれてたんじゃなかったっけか……が、


「あんま、そこから疑義を挟むのは無駄っつうことで流す。要は、『何でもありボッチャ』の試合に勝って勝って勝ちまくれば、三千万円也が転がり込んでくると、そういうわけだな」


 裏に潜む利権や何やを考えてみても詮無いと思われた。それよりは勝ちを高める算段を巡らせた方が良さそうだぜ……


<毎回全国より……海を越えて、の意味も含むが、五百組ほどの猛者たちが集まる力と技の祭典……表舞台に出ることは決して無いが、世界最高峰と呼んでも差し支えない、正にのボッチャオブザボッチャなのだ……>


 いやぁ、ことこれ案件のことになると、陶酔入ってくるよな大丈夫か? それより表舞台に出しちゃあなんねえことだけは賛成だが、「五百」? そんなにいんのかよ……


<予選は正式な試合では無く、簡易的な篩落としと思ってくれればいい。そこを勝ち残った上位『三十二組』が、決勝トーナメントへと駒を進めることとなる……>


 三十二組のトーナメントっつぅと、シードが無いとするならば、五連勝で優勝。そう考えるとそれだけで三千万円は破格に思えるが。


<参加費は一組『十万』。予選を勝ち抜けば返ってくる、預け金みたいなものだ>


 いや余裕だねぇ、予選はもう突破できるって考えているのかよ……鉄腕の高揚はこちらにまで容易く伝わってくるのが分かるのだが、それにも負けず、俺も湧いてくるものがあった。カネ……俺みたいのが普通に生きてたらまず掴めない多寡だ……そんだけあれば……


 ひとりワケがまだ分かっておらず、何ですかな顔をしている大柄の了承はまあ後ほどなし崩し的に取ればいいわけであって、差し当たってやらなけりゃあならないことは何だ?


<次の大会まで時間が無い、あと六週間、みっちりと鍛えしごきあげるから覚悟しろ>


 いや、お得意の「上から」が復活したねえ。より下士官チックにねえ? いやそれより急だな!! 忘れてるかも知れねえけど俺ら今日ボールに初めて触れたのよ?


 じゃアタシらマネージャーやるわ、エビノさんよろしくなーほな連絡先交換しとこか、と、なんか色めきたっとる国富がそう話を進めていくが。お前も今日初めてカラんだとは思えないほどぐいぐい来るけど……


「いやそんな無理しなくていいぜ……エビノさんも都合はあるだろうし」


 思わず思っていることと真逆な言葉を、端末を取り出して何やら始めた女性陣二名に掛けるものの、すっとこちらに向けられてきた四つの瞳は、そんなこっちの本心なんて、分かってますよ/ばればれやんみたいな感じで軽くあしらわれてしまう。あっるぇ~俺はもうこの中においては大概把握されてきている……!?


なななナカイくんこれはいったいどういう流れなのですかな、とその女性陣からのニヤニヤ感のある視線をうまいことどでかい顔で遮りつつ問うてくれたジトーに、お前は意外と全部分かった上でそんな振る舞いしてんじゃねえの的なお門違いの感情をぶつけてしまいそうになるが、とりあえずこいつの協力も能力も必須だ。


 オレラボッチャヤル、試合勝ツ、カネ得ル、女群ガル……その無駄に福々しい耳に口を寄せ、素早くそのような何故か片言になってしまったフローチャートのような言の葉を吹き込んでいく。と、しばし真顔で演算していたかのように見えた巨顔からチーンと音を出さんばかりにして弾き出されたのは「セクれる確率:525%……!!」の音の葉であったわけで、いややっぱりこいつの回路は単純なんだろうか……


 ともかく、


「『デフィニティ』を……俺ら五人で制する。掴もうぜ、頂点を」


 熱にうかされたような俺は、そんな風なガラにも無いシメ的な言葉を放ってしまうものの、不思議と胸にどかとでかい風穴が開いて、そこから清浄な空気が身体の中に行き渡ってきたように感じたわけで。


 が、


クニ「やだ……あの熱血のヒトかっこいい……いやや惚れてまいそう……」


エビ「ナカイさんが、いま、すっごい輝いて見える……」


ジト「やはり……わっしの目に狂いは無かった……ッ」


ゴカ<頼んだぞ、我らがリーダーよ……>


 他の面子から繰り出されたのは、本気なのかそうじゃないのか分からねえが、そんな何と表現したらいいか迷う、台詞じみたぐいぐい感であった……そして、やばい、と思った時には遅かった。


ナカ「べっ、別にお前らの為にやるわけじゃねえんだからなッ!!」


 俺が悪いのか焚きつけた奴らが悪いのかの裁決は難しかろうが、次の瞬間一様に、ええ……と困惑を浮かべながら、ふ、古ぅ、とか、このご時世にツンデレェ、とか腐った言葉と共に、希少動物を観るような八つの目線が俺を刺すが、その全部は吹き出す一歩直前のツラだ。こ、このヤロほぉぉぉぉ……


「……やるぞァッ!!」


 自分の中と外、双方に溜まった何かを吹き飛ばすように俺は腹から声を出す。とにもかくにも、「車輪」はぐいぐい廻り始めるのであった。

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