Jitoh-12:開闢タイ!(あるいは、盤面工面/シンゴロフォギォディカータ)
J2……(ジトー第二投目)
彼我距離があったため、残念ながら意思の疎通は図れなかった(例えゼロ距離でも無理だったかも知れないが)J藤君がはたしてどのような戦術を考えているのかは計り知れなかったが。
スローイングボックス内で右肩を執拗に回してほぐしているサマを見やると、次もあのパワーボールを直で的球含め他の球にぶつけてくるだろうことは窺い知れた。うぅん……
盤面を一気に変えることが出来る荒業ではある。集約した場のエントロピーを即座に増大させると言うか。そして意外といいコントロール持ってたよな……初見初体験でこの微妙な大きさ重さ材質の球を、五メートル先の目標に向けて結構な球速でぶち当てた。
……こいつはこいつで好きにやらせておいた方が、鉄腕の奴を翻弄し続けることが出来るのかも知れねえ。
厄介なのは俺も翻弄されっぱなしになるだろうってことだが、元より初の場だ。セオリー通りに進んだとして「分からない」という点ではさほど変わらねえ。それよりも鉄腕を同じ「未知」のステージまで引きずりおろせた方が効果は高いと見た。
てことで存分にやってくれよ……みたいに割といい開き直り方が出来たと内心自賛していた俺の眼前で、
「!!」
またも何の前触れもタメも無く、青い残像が横切ったのだった……まあいいけどなェ……
再び投擲された迷いの無さそうな吹っ切れ剛球はしかし、
奴の奥面から白・赤・緑と三つ並んでいた球列の、赤と緑の接している辺りに着弾するとその場で軽く上空へと舞い上がったのであった。
どんな縦回転をかけてりゃそんな挙動を示すのかは分からねえ。が、赤・緑をそれぞれ左右に器用に弾き分かれ散らせたその青球は、
「……!!」
野生の勘なのか、培った何らかなのかは不明だったが、ジトーはジトーで無策なわけでは決して無え……修正してきたぞ、てめえの手球を場に残すように……!!
乾坤一擲と形容してもいいようなクリティカルショットを放った相方は、相変わらず審判役の方を見て顔の片側を引きつらせウインクをしているばかりであったが、それをされている当の天使は別の意味で驚いているように見えた。それも賞賛含みの。気に入らねえ。
「……」
傍らの鉄腕も黙っちまったな。てことは今のJ次郎の投擲は、玄人から見ても会心だったと。ぐう……なんだこの敗北感は……!!
いや落ち着け。感情より先に思考だろ。三者全員が二投を放ち終えた現段階の盤面状況は、十字印上に鎮座する
「……緑の投球で、お願いします」
滑らかに車椅子を操り、角度を変えつつその球間距離を目測していたエビノ氏が告げたように、鉄腕の球が的から最も離れている状態というわけだ。これで優位に立ったとか図に乗るほど楽天的では無えが、混沌には落とし込めているような気はするぜ。奴の次の投球に注目だ。
<……んん……なるほど? これがこうしてこうで……んん? おかしいな。ええとここがこうしてこうなるから、こうしておけばこう入っての四手で詰み……>
とか考えてたら、野郎は左手指をまた忙しなく動かしてダンディーボイスを呟き出してきたよどうした? まるきり意味為してねえように聞こえるその音声の群れに、ついにバグっちまったかと危惧してしまったが。
「腕坂」を何やら微細に動かして調整してから、またも全身を震えさす挙動にて、鉄腕は緑球を掲げ移していく。が、
「!!」
なんか、奴の左肩が不随意にビクついた、ように見えた。そしてその掌からこぼれ落ちた球は、運よく「坂」の軌道には乗っかったものの、何の作為も無さそうにただ滑り降りていったかのように、見えた。
的球目指し直進……もしなかった。右方向へとどんどん寄れていく軌道は、あれよあれよと言う間に勢いも殺しきれずにずるずると、白球の横軸も越えて転がっていき、
奴の弾かれた第一投の緑球とそう変わらない位置まで進んでいってしまったのであった。ボール一個分くらい的球には近づいたものの、それでも全然俺の赤球よりは遠くに位置する場所。これは……はっきり失投なんじゃねえか?
降って湧いた
いや、そいつぁ失礼ってもんだ。万人に平等なんだろ? 俺も平等に叩き潰すまでだ。手加減とか忖度は無しで。
「……!!」
しかし審判の投球合図も待たずに放たれた鉄腕の第三投もまた、先ほどの二投と同じく、右に右に曲がる軌道を取ってしまったようで。っていうか慌て過ぎて
「……」
緑球だけが仲良く固まって盤面の右側に固まっている……逆「く」の字を描くように。うん……こうまで打たれ弱いとは思わなかったぜ、鉄腕さんよぉ。よっぽどJのイレギュラーさにペースを乱されたか? それともこの競技自体がそこまで繊細なのかも知れねえが。
あるいは体力的なところ、身体的なところもあるのかもな……小憎らしい文句を叩きながらも、こいつはこいつでままならねえ自身を何とかやりくりしてんだろう。だが何度も言うがそれを意に介すわけにはいかねえ。
厳然たる決意を固め、ひょっとしたら予期してなかったJマンとの一騎打ちになるかもと頭の中で想定局面をいろいろ繰り広げ始めた俺の横から、
<……勝ったとか思っているのだろうなあ……いいか? 私の使命はエビノ氏とのデートの次に、ボッチャの深淵をキサマらに突きつけることにある……なかなかのモノを二人共持っている……ゆえに私も全て出す。『のち』の為にもな……>
野郎の何か含んだかのようなそれでいて意味不明な言葉……いよいよおかしくなったんじゃねえか的な心配が俺の脳裡をよぎるが、実際に俺の目の前をよぎったのは、キュィィィ音を鳴らす野郎の金属質の「腕」であったわけで。あっるぇ~これそんなに伸びるもんなのかよぉ……
するするとまるで細長い生き物のようにうねり伸びていくその「腕」は、いったん俺の前を行き過ぎたかと思ったら、急カーブして正面方向にその鎌首を向けた。本当に獲物を狙うように。何だこいつぁ……?
ふぐううう、と殊更いきみ始めた鉄腕の左手がゆっくりと、緑球を「坂」まで運ぶ。いやいや重力使うとか言ってたが、この自在勾配具を操れれば射出角は思いのままじゃねえかよ汚えぞ……ッ!!
とか抗議をしようとした眼前を結構な勢いで緑球が右から左へと流れるように転がっていき、
坂の最後でくるりと方向転換すると、凄まじい速度で射出されていったのであった……
目指す的球向けて一直線に。けど勢い殺しきれてねえぞ? このままぶち当たったら白球ごと奥面へと転がり押されていっちまう。それが狙いか? 距離を離すことで俺らの狙いをブレさせる……?
全然違った。
白球に勢いよく襲い掛かったかに見えたその緑球は、その左側を本当に紙一重ではすると、白球に右方向への直角移動を促したわけで。正にビリヤードのような感じで的球は受け取った力を運動の力に変えていき……
「!!」
待ち構えるようにして「そこ」にいた、先ほどのミスショットと思われた緑球三つのスクラムの中に迎え入れられるようにして、すっぽりと嵌まり止まったのであった……!!
ぐうの音も出ないくらいの鮮やかな逆転劇を目の前で見せられて、しかして驚きや焦りや困惑や絶望に先駆けて俺の中に沸き起った感情は、
……面白え、だったわけだが。
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