第18話 部屋とパジャマと私
武藤くんの自宅は、一言で言うととてもシンプルな印象だった。
絢爛豪華な絵画とかすっごい高価なコレクションとかたくさんあったらどうしよう……と懸念していたが、全くそんな事はなく。基本的に無地の家具や絨毯、カーテンなどで色味を揃えて整えられた綺麗な部屋。
その一方で、本棚に収められた漫画の巻の並び方や上下の向きはバラバラだったり、取り込んだ洗濯物がいくつかソファーの上に放置されていたりと若干の生活感も感じる。ほんの少しだけ大雑把さの垣間見えるそれに彼の本質が表れているような気がして、なんだか強張っていた肩の力がすっと解れた。
「……部屋汚いから、あんま見ないで……」
「えっ、じゅうぶん綺麗だよ?」
「いやでも、なんかそんなまじまじと見られんの恥ずいっていうか……六藤さんが来るって思ってなかったから、あんま片付けてないし……」
「えー、そうかな……綺麗だと思うけど」
興味深く部屋を見渡す私から気まずそうに目を逸らし、武藤くんはキャリーバッグを空き部屋へと移す。
何気なくついて行ってそっと覗き込んだその部屋には、アコースティックギターと小さなダンボール以外に何もなかった。
「ここ、六藤さんの部屋ね。……つっても、マジで何もないけど」
「あ……うん、ありがとう。今更だけど、ごめんね、武藤くん。急に乗り込んで来ちゃって……」
「いや何言ってんの、どう考えても逆でしょ。俺が強引に連れてきたんだし……むしろ、なんかすみません」
ぼそぼそと告げ、武藤くんは私を見つめる。しかしすぐに「実は嫌とかだったら、今ハッキリ断って」と顔を逸らされ、私は首を横に振った。
「い、嫌なわけないよ! 助けてくれてほんとに感謝してる……迷惑かけてごめんなさい」
「だから別に迷惑とか思ってない……っつーか、俺が嫌だったんだよ、あの家に六藤さん一人で置いてくの。あの男になんかされたらって考えるだけで吐き気するわ、マジで」
眉根を寄せて告げる彼の発言にどきりと胸を高鳴らせ、私は俯き気味に「そ、そう……?」と両手を握り合わせる。武藤くんは殺風景な部屋に背を向け、どこか落ち着かない様子で「そうだよ……」と言葉を続けた。
「……部屋、片付けとくからさ。先に風呂入ってきなよ。飯も用意しとくし」
「あ……う、うん……」
「あと、その……寝るとこ、今ベッドが俺の部屋にしかなくて……多分俺の部屋で一緒に寝る事になるんだけど、大丈夫?」
「えっ!?」
まさかの発言に思わず声が上擦る。サッと両手で自らの体を抱き締めれば、武藤くんはハッと目を見開いてかぶりを振った。
「あ、いや、大丈夫だから! ……今日は、マジで何もしないって誓うんで……安心して寝てください。疲れてるだろうし」
まるで拳銃を向けられた犯罪者のように両手を上げ、『決して手は出しません』と暗にアピールする武藤くん。
その宣言に胸を撫で下ろせばいいのか、それとも少し落胆した方がいいのか。複雑な思いを抱えつつ、私はぎこちなく頷いた。
「う、うん……」
「……」
「あの……じゃあ、先に……お風呂頂きます……」
「あ、はい……どうぞ……」
些かよそよそしいやり取りの末、私は先ほど武藤くんが部屋に置いたキャリーバッグを開いて今夜分のパジャマを探した。
しかし、程なくして私の手は止まる。
「あ……」
「……? どうかした?」
「パジャマ、入れ忘れたみたい……仕事用の服とよそ行き用の服しかないや。急いでたから……」
着古したシャツとジャージが見当たらず、そういえば入れた覚えがないなと私は苦笑混じりに答えた。すると武藤くんは「ああ……」と相槌を打ち、リビングのソファーに放置されていた洗濯物の中から自身のトレーナーとスウェットを引っ張り出す。
「これ、使っていいよ」
「え……いいの?」
「うん。ちょっとシワになってるけど、ちゃんと洗ったやつだから安心して。でも六藤さんには少しサイズ大きいかな……」
「全然大丈夫! ありがとう!」
ほっと息をつき、私は武藤くんから着替えを受け取った。けれどすぐに『あれ? これって彼シャツというやつなのでは……』と考えて頬が熱を帯びる。
たちまち硬直すれば、やがて武藤くんが「どうかした?」と私の顔を覗き込んだ。途端に我に返り、私はへらりと笑って着替えを抱きしめる。
「な、なんでもない! お先にお風呂いただきますっ!」
早口で捲し立て、逃げるように部屋を出た。事前に場所を教わっていたシャワールームへと赴きつつ、深呼吸をして今の状況を整理する。
今日からしばらく、武藤くんの部屋で一緒に過ごすのだ。うん、大丈夫、落ち着け。異性と同居した経験はある。……あるはずなのだけれど、前の彼氏と同棲した時とは全然緊張感が違ってやっぱり落ち着かない。
貸してもらった彼のトレーナーを大きく広げれば、明らかに自分の身長とは見合っていなかった。元々武藤くんは大判サイズの服を好んで着ているイメージがあるし、小柄な私には大きすぎるのも致し方ない。
おかしいな、中学の頃は同じぐらいの背丈だったのに。
武藤くんも、やっぱりちゃんと男の子なんだな……。
そう考えて腕の中のトレーナーに軽く顔を埋めれば、柔軟剤の優しい香りが鼻をくすぐった。
「……武藤くんの、匂いがする……」
誰の耳にも届かない声量で呟き、更に頬を火照らせながら、私は浴室へと向かったのだった。
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