第134話 厳島光世の憂鬱
謝響はかつて、
宵は自分より有能な男を採用したので、謝響の事を『先生』と呼び慕っていた。
だが、そんな事情を知らない
「謝響先生……? 謝響先生が楊良だったのですか?? いや、そんな……え? 謝響先生……ですよね?」
何がなんだか分からない宵は人違いかもと思い始め慌てふためくが、そんな宵の様子を見て楊良は宵の腰帯に挿さってあった白い羽扇を指さした。
「どうやら儂の送ったその羽扇、大切に使ってくれているようですな。儂の予想通り、宵殿は閻軍の軍師になっていた」
楊良は呵々と笑った。
「やっぱり、謝響先生だ! あ……いや、楊良先生とお呼びした方が……?」
宵は腰帯から羽扇を取り出して胸の前で優しく撫でる。
すると楊良はゆっくりと腰を上げた。
「改めて、自己紹介をしましょうか。儂の本当の名は、姓を
「あ、いえ、そうだったんですね、楊先生。でも、どうしてここに? 貴方は朧軍にいたはずでは?」
「ちょっと待ってください!」
宵と楊良が話を進める中、桜史が話を止めた。
「宵殿と楊良殿はお知り合いだったのですか?? 一体どういうご関係ですか??」
桜史の困惑に同調するように田燦も頷く。
「そうですね、ちゃんとお話した方が良いですよね。では、ここではなんですし、本営に行きましょう。そこで楊先生が何をしにいらっしゃったのかもお伺いします」
「分かりました。おい! 楊良殿に馬を!」
田燦は兵士に馬を1頭手配すると、皆で一度山頂の本営まで戻った。
***
閻軍・
朝日が窓から差し込み、光世は目を覚ました。
昨夜から読み漁っていた閻帝国の資料が山積みとなった机に突っ伏したまま眠りに落ちていたので、首や背中に幾らか痛みを感じる。
光世は立ち上がると一度グッと伸びをして、そのまま寝台に横たわった。
資料を読んで分かった事といえば、閻朝廷の組織くらいで、
董炎という男は、
そして農業への異様なまでの執着がその政策から見て取れた。
だが、この世界の資料をいくら読み込んでも、分かるのはその程度。朝廷が公式に出している資料なので世間に知られたらマズイ事は検閲されて世に出ないのだろう。
むしろ大学の図書館で中国史の書物を調べた方が、先人達の知恵を借りられて良い考えが浮かびそうである。こんな時役に立つのは、兵法よりも歴史知識である事を痛感する。ゼミの教授である
後は都・
宵に託された董炎失脚の献策。重大な使命に単なる大学生の光世は何の策も見い出せず、完全に辟易していた。
光世はそんな事を考えながら寝起きでぼーっと天井を眺めた。
今は戦時中だというのに、戦場から少し離れている麒麟砦は小鳥のさえずりが聞こえてくる程に平和である。
この麒麟砦の留守を任されているので、毎日数回は巡回の為に部屋の外に出る。そして部屋にいる時も校尉が調練の進捗、兵糧や武具、馬の管理報告をしに来るので、自分が軍隊の中にいる事を忘れる事はない。
だが、それ以外の時間は極力外へ出ないようにしていた。董炎失脚の策ができるまでは部屋に缶詰なのはもちろん、今や麒麟砦でたった1人の女となった状況で迂闊に外を歩き回るのは危険だと思ったからだ。
いくら統制の取れている軍人達とはいえ、何ヶ月も女と関係を持てない男達しかいない軍の中では、女である光世が絶対に襲われないという保証はない。事実、最近になってから、光世が巡回の為に外へ出ると、ニンマリといやらしい笑みを浮かべ見つめてくる兵達もチラホラ見掛ける。光世が自意識過剰になっているだけかもしれないが、あまり男達を変に刺激しないに越したことはない。
それを考えると、宵は本当に馬鹿だと思う。
1人で発散して気分が良いのか知らないが、そんなテンションで性欲の塊である兵達の中にニコニコしながら出て行くのは愚行以外の何者でもない。無防備な宵が、いつか痛い目に遭うのではないかと気が気ではない。
そうは言ったものの、光世自身も人間である。性欲が貯まらないわけではない。
「はぁ……」
朝からムラムラするのはストレスのせいか。いや、そうに決まっている。光世は健全な自分を奮い立たせようとするが、身体は言う事をきかないものである。特に1人の時は尚更だ。
無意識に左手は服の上から自らの胸を触り、右手はゆっくりと太ももを触りながら内側の柔らかな部分を目指す。
「光世先生!」
「!!!」
突然の声に光世は驚き手を止めた。
すくっと寝台から起き上がり、声のした扉の方を見る。
「な、何ですか??」
「お手紙が届いております!」
「手紙? 分かりました、今開けます」
光世は立ち上がると乱れた服を整え、扉を開けた。
「おはようございます。こちらです」
背の低いかなり若い兵士が、1枚の絹の切れ端と細長い桐の箱を差し出した。
この兵士は最近光世の世話をしてくれている16歳の
「誰から?」
「秦安から戻って来た間諜の男から渡されました。光世先生にお渡しするようにと」
「秦安から!? 分かった。ありがとう。もういいよ」
光世が史登に下がるよう指示したが、史登は何故か寂しそうな顔をして佇み光世を見る。
「どしたの?」
「あ、いえ、朝食は……」
「まだいいや。欲しくなったら呼ぶよ」
「そうですか……」
とても寂しそうな顔をしながら史登は一礼して戻って行った。
彼が何故寂しそうな顔をするのか、光世には分からなかった。もっと構って欲しいのだろうか。だとすると身体目当ての可能性が高いのでやはり優しくするべきではない。
また寝台に座ると膝の上に桐の箱を置き、まずは絹の手紙を開いた。その手紙の主は、どうやら秦安に潜伏中の
『光世様。ご無沙汰しております。いかがお過ごしでしょうか。わたくしは上手く秦安に溶け込み、現在は司徒の
「上手く潜入したんだ、清華ちゃん。しかも司徒の下女って有能過ぎるでしょ」
相変わらずの生存能力と行動力に光世はホッと胸を撫で下ろす。
『まずは秦安のお土産です。一緒にお渡しした箱に入っております。わたくしも同じ物を使いましたが、さすが都の品です。田舎の安物とはわけが違います。きっと光世様は気に入られてすぐお使い頂けると思います。もしお気に召さなければ宵様に差しあげてください』
「お土産? そんなもの送ってくるなんて随分余裕だなぁ……」
一旦光世は膝の上の桐の箱の蓋を開けてみる。
すると中にはすぐに蓋を閉じたくなるような卑猥な造形のモノが高級感を漂わせて鎮座していた。
それはどこからどう見ても、男性器を模した張形だった。
「あのエロガキ……!! 有能だって褒めたの撤回!! 私がこんなもの使うと思ってるの? ……使うと……」
言いながら光世はその箱の中の高級そうな張形を手に持ってみる。光沢のある上質な水牛の角製で手触りは硬く滑らかだ。
光世はそれを興味深そうに握り締めたり撫でてみたりした。あまりにも立派なモノに思わず唾を呑み込む。光世が知る元の世界のモノと遜色ない出来。ただ、柔らかさがないのが惜しい。
「ま、まぁ、使う使わないは置いといて、貰うだけ貰っといてあげるか。私の為に送ってくれたんだし……どっかに隠しておこう」
光世は顔を真っ赤にしながら、丁寧に張形を箱に戻し、再び手紙に視線を戻す。
すると、そこには前半のふざけた内容から一変、驚愕の内容が記されていた。思わず光世はガッツポーズをする。
「やっぱり清華ちゃんは有能だわ」
光世はニヤリと笑った。
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