第5.5章 異世界転移の謎3
第95話 帰りを待つ者たち
~東京~
大学病院の中の人気の少ない休憩所で、
それからというもの、3人が倒れた理由を、関連がありそうな
非科学的な話だが、実際に厳島光世と貴船桜史の2人が、竹簡を触り、読み上げた事によって意識を失った瞬間を目の当たりにした司馬には竹簡の内容を否定する事の方が難しかった。
瀬崎宵に関しては、すでに身体が消失してしまい、こちらの世界には存在していない。
早く助け出さなければ厳島光世も貴船桜史も、その身体が消失してしまうかもしれない。
とは言え、焦ったところで異世界の状況を知る
司馬はブラックのコーヒーを飲み干すと、座っていたソファーの背もたれに寄り掛かって天井を見上げた。
瀬崎潤一郎の竹簡は、宵の父、孝高が貸してくれと言うので渡しており、今司馬の手元にはない。司馬が調べ尽くした竹簡を、これ以上調べたところで分かる事はないだろう。それでも、親として何かせずにはいられないのだ。
大学には学生の看病の為しばらく休むとだけ話し、休暇を取っているので時間はいくらでもある。
だが、その創出した時間をこれ以上どう使えばいいのか、何をどう調べたらいいのか、司馬には分からなかった。まるで役立たずの自分に、司馬は歯がゆさを感じた。
「司馬教授!」
突然慌てた様子で宵の父、
「どうした? 他の患者さんもいるんだ。あまり大声は」
「すみません……しかし、厳島さんが……!」
孝高の言葉で司馬はまさかと立ち上がり、空のコーヒー缶をゴミ箱に入れると、孝高と共に急いで病室まで戻った。
♢
「司馬教授……光世が……」
混乱したように病室内をウロウロとしていた光世の母が、部屋に入って来た司馬を見て言った。
司馬が光世の寝ていたベッドに目をやると、そこに寝ていた筈の厳島光世の姿はなかった。
「そんな……厳島さんまで」
「消えたんです……! スっと……。我々の見ている前で!」
光世の母とは対照的にベッドのそばに立って娘の消失に戦慄している光世の父親が司馬に状況を説明する。
「司馬教授、私も見ました。光世ちゃんが消えるところを。本当に突然消えましたよ……宵もあんな風に消えたのね……」
「都子さん……」
何とか泣くまいとする都子。重苦しい空気が病室内を埋め尽くす。
そんな中、まだ姿を消していない貴船桜史へと皆の視線が集まった。
「このままだと……うちの桜史も消えちゃうんじゃ……どうしましょう、貴方」
不安と恐怖で声を震わせる桜史の母親が隣の桜史の父親に言う。母親のその震える手は桜史の右手をしっかりと握り締めていた。
「桜史! お前、もし、異世界に居るんなら、瀬崎さんと厳島さんを連れて帰って来い! いいな! 聴こえてるな?」
「ちょっと、貴方、何言ってるのよ??」
桜史の父親の発言に母親が困惑する。
「何って……。お前、よく考えてみろ。実際に目の前で人が消えたんだ。科学的には有り得ない事だ。それが起きた。つまり、司馬教授の話したオカルト的な話が現実味を帯びてきたって事だろ?」
「……そう……だけど……」
「だったら司馬教授の話通り、3人は今、
桜史の父親は狼狽えた様子もなく、不安に押し潰されそうな親達に自論を説いた。
「だけど……ゲートの竹簡は、宵ちゃんが持ってるであろう1つだけしかなくて、光世ちゃんも桜史も宵ちゃんと一緒に居るとは限らないって、司馬教授が仰ってたでしょ?」
「だから桜史に2人を連れて帰るように言ってるんだ」
「仮に3人が集まったとして、帰れる人は1人かもしれないわよ??」
「いや」
貴船夫婦のやり取りに、宵の父、孝高が割り込んだ。
一同の視線が孝高に集まる。
「3人同時に帰れるかもしれません」
「え? 貴方、どう言う事?」
孝高の突拍子もない発言に、都子は首を傾げて訊ねる。
「お
「何?」
司馬は孝高の発言の真意を確かめる為、孝高が取り出して見せた竹簡をの中を見た。
確かに、貴船桜史の名前に使われている漢字は1文字もない。
「本当だ。私とした事が、こんな基本的な事を見落としていた。確かに貴船君の名前の漢字はないな」
「え?? て事は、桜史は異世界から戻れないんですか??」
司馬の言葉を聞いて桜史の母が泣きそうな顔で訊く。
「いえ、そうではありません。貴船君は名前が書かれていないのに意識を失った。おそらく、厳島さんと一緒に異世界へと飛ばされている。という事は、帰ってくる事も可能な筈。僕が司馬教授から聞いた話によると、貴船君は竹簡を音読した厳島さんが光に包まれた時、助けようとその肩に触れたそうです。つまり」
「名前が書かれていなくても、名前が書かれている人の身体に触れていれば異世界転移出来る」
孝高の出そうとした結論を、司馬が貫禄のある低い声で代弁した。
「……行けるなら、帰れるって事ですね??」
「おそらくは」
桜史の母の問に司馬は頷いた。
すると都子がハッとして口を開く。
「待って、なら、その竹簡に書いてある漢字が名前に入っている人を探して、その人と私達が手を繋いだ状態で音読してもらえば、私達も異世界へ行けるって事? 宵達を助けに行けるって事??」
「都子さん落ち着いて。先程の仮説が正しければ確かにそれも可能でしょう。しかし、それには我々ではない“他人”に異世界転移をしてもらわねばなりません。果たして、そんな得体の知れない、身の安全も保証されていない事に、赤の他人が付き合ってくれるでしょうか?」
「……そう……ですね……けど、竹簡に書いてあったけど、閻帝国というところは、戦乱の世界なのでしょう? ただの大学生の宵達が生き残れるのかしら……」
司馬の冷静な説明にも、都子は納得せず肩を落として孝高に身体を預ける。
『戦乱』という言葉に反応し、光世と桜史の親達も不安そうに司馬の方を見る。自分の子供が戦に巻き込まれるかもしれないと思えば親として当然の不安。
「あっ!」
その時、桜史の両親が同時に声を上げた。
何事かと他の皆が桜史のベッドの方を見ると、その身体が突如として透き通り初め、やがて完全に見えなくなってしまった。
初めて目にした人間の消失に、司馬は目を見開いたまま言葉を失って立ち尽くす。
桜史の母は、桜史の居なくなったベッドに顔を
そんな状況を見て、司馬は口を開く。
「3人が集まり、手を取り合えばゲートを通りこちらの世界に戻って来られる。それに、あの3人には“兵法”の知識がある。私のゼミでも特に優秀な3人です。戦乱の世界と言えど、兵法を駆使して上手く切り抜ける筈。孫子には『利に
司馬の言葉に反論する者はいなかった。皆、自分達の娘、息子が“兵法”という学問が好きで熱心に研究している事を知っている。司馬の研究者としての立場の言葉は説得力と共に彼らに勇気を与えたに違いない。
3人の両親はお互いに励まし合い、少しずつ状況を受け入れようとしている。
「司馬教授、ありがとうございます」
ふと都子が言った言葉に、司馬は優しく微笑み頷いた。
自分は3人の親ではない。ゼミの担当教授という立場。言ってしまえば他人である。そんな自分の言葉で3人の両親を励ます事が出来るなら、ここに居る理由はあったのだと、司馬は思った。
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