第61話 最後まで戦うって決めたから
宵の目には、
宵が幼き頃、可愛がってくれた祖父。その姿を思い出した宵は、自分がこの世界の人間ではなく、元の世界に戻らなければならない人間である事を痛感した。
その想いを汲んでくれる李聞。これ程までに高潔な人物には出会った事がない。
「以前も言ったが、お前はこの世界の戦には関係ないのだ。お前は
しかし、宵は李聞の提案に首を横にブンブンと振る。
「嫌ですよ……。私は皆さんと戦います! ここまで一緒に戦ってきたのに、途中でやめるなんて……そう言ったじゃないですか」
「お前は軍人ではないのだ。ここにいれば軍師と言えど死ぬかもしれないのだぞ? 死んだら元の世界に戻れないであろう? 親御さんもお前の帰りを心待ちにしている。ここまで巻き込んでしまったのは我々の責任だ。だからこそ、お前には生きて戻って欲しい」
「そのお気持ちは感謝致します。ですが、私が居なければ、
「そんな事はもう心配するな。お前と出会わなければ我々は
李聞に握られた両手を、宵は握り返した。
「李聞殿! そんな事言わないでください……! 嫌です! もう少しここに居させてください!」
いつの間にか、宵の目には涙が溜まり、ポロポロと頬を伝い床に零れ落ちた。
「我儘を言うな。これは軍令だ」
“軍令”という言葉に、宵は一瞬反応したが、目を瞑ると首を横に振った。
その仕草に首を傾げる李聞。
「李聞殿の軍令は聞きません」
「何だと!?」
「今や私は
「お前……」
まさか、費叡の軍師になると決断した事が、心から信頼している李聞の命令を聞かないという正当な理由になるとは誰が予想出来ただろうか。
李聞は諦めたのかもう何も言わなかった。
「ごめんなさい。李聞殿。私の事を心配してくれたのに……。でも私、皆さんだけを戦わせておいて自分だけ逃げ出すなんてどうしてもしたくないんです。私も戦います」
宵の決意を聞いた李聞は大きく息を吐いた。
「もう分かった。これ以上止めたりはしない。好きにしたらいい。だが、約束してくれ。ここに残る以上は今までのような泣き言は許さない。そして、必ず共に敵を倒し、朧国を退けた後、元の世界に戻る事。分かったな?」
李聞は優しく微笑んだ。
「もちろん! ここまで無理を言ったんです! その約束は必ず守ります!」
宵の意志のしっかりした返事に、李聞は満足気に頷いた。
そして宵に背を向けると、「ところで」と話題を切り替えた。
「肝心の元の世界へ戻る方法は何か掴めたのか?」
「いえ、まだ。……ですが、1つ気になる事が」
「何だ?」
李聞は興味深そうに振り向き宵の顔を見る。
「私の祖父の竹簡に文字が書かれていたのです」
「文字? 確かあの竹簡はまっさらで1文字も書かれていなかったな。そしていつもその竹簡は
「はい、そうです。飛麗さんが書いたのなら話はそれで終わりですが、どうやらそうではなさそうなのです。李聞殿に見て頂きたく、今日は持って来ました」
宵は帯に紐で括り付けておいた巾着袋から竹簡を取り出し紐を解くと、中を開いて李聞に渡した。
「これは……歯抜けではないか。文の意味は分からないな」
竹簡の内容を食い入るように見つめながら李聞は唸る。
「だから飛麗さんがそんな意味の分からない事をする筈がないんです。きっと自然に浮かび上がったのだと思います」
「自然に……浮かび上がる? まあ、確かに異世界転移が存在するなら、そんな事もあるか。……いや、待て、宵。見ろ、文字が……」
慌てた様子で竹簡を見せてくる李聞。その指が指し示す先を覗き込むと、あろう事か今まさに竹簡の文字の中に、さらに新たな文字が浮かび上がったのだ。文字は同時に5文字程が浮かび上がったが、それでも内容は未だ分からない。全て漢字なので漢文である事しか現段階で分かる事はない。
「凄い……これって……本当に自然に浮かび上がるんだ……でも、何でだろう?」
「ともかく、この竹簡の文章が完成したら謎は解けるのではないか? このような不可思議な事がお前の異世界転移と関係ない筈がない」
そう言って李聞は竹簡を宵に返した。
「そう……ですね」
受け取った宵はただひたすらに竹簡に浮かび上がた歯抜けの文字を見つめた。
「軍師殿!」
宵が竹簡を巻いていると、突然部屋に兵士が1人入って来た。
「
「
「すみませんでした。遠回りさせてしまって」
「いえ。麒麟浦なら、これから密書を届けるのも目と鼻の先。むしろ助かりますよ」
爽やかな笑顔で甘晋は言った。宵は感じのいいその応対に笑顔を返す。
そして、甘晋から絹に書かれた書状を受け取り、内容を改めた。
待ちに待った自分が間諜として敵国に送り込んだ兵士からの密書。
敵地に潜入した歩曄も密書を届けた
どうやら連携は上手くいったようだ。
宵はその密書の内容を李聞にも聴こえるように音読する。
「『我、朧軍指揮官、
どうやら歩曄は朧軍の先鋒を指揮する陸秀の麾下に潜り込んだようだ。以下、記されていた内容を纏めると、軍律は厳しく、不正をしたり怠けている者は即刻罰が与えられ、敵を倒した者には必ず褒賞が与えられる。兵糧・武具は潤沢にある。老兵は殆どおらず、若くて屈強な兵が多い。
そして、最後の文を読み、宵は驚愕した。
“景庸関には2人の軍師がいる”
「軍師が……2人もいたなんて」
軍師がいるとは予想していたが、まさか2人も景庸関にいるとは思わなかった。宵は羽扇で口元を隠し目を瞑った。
本職の軍師が2人も相手となると、いよいよ宵の経験の浅さでは太刀打ち出来そうもない。底知れぬ不安に宵の心に暗雲が立ち込めた。
「大丈夫だ。例え敵の軍師が2人とは言え、宵の兵法に適う軍師などこの世界にはおらんよ。自信を持て」
李聞は柔らかな表情で宵に激励の言葉を掛ける。
「はい! そうですね! 私以上の兵法オタクが存在する筈ないです!」
たった一言の激励で、宵は即座に自信を取り戻した。李聞に励まされると、まるで幼き頃に祖父に励まされたような気分になり、自然と自信が湧いてくる気がした 。
「甘晋殿。ご苦労様でした。ところで、
「私が受け取ったのはこれだけです。清華とは別れてから一度も会っておりませんが、別れる際に“大都督府に潜り込む”と言っていました」
「大都督府……そうですか」
不安が過ぎる。
間諜の経験などない清華。上手く潜り込めていないだけなのか、それとも潜入後に捕らえられてしまったのか。
そこまで考えて宵は
「分かりました。では引き続き宜しくお願いします」
「はっ!」
宵は考えを切り替え甘晋を再び送り出した。
振り向くと、李聞はそれでいいと頷いた。
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