第26話 50人目のおじさん
49人目の面接が終わった。
日は傾きかけている。
途中水を飲む事だけは許されたが、勤務初日から1人ずつ休憩無しで面接官をするのは流石に堪える。
今までの全ての候補者が「親孝行をしたい」と言っていた。全員が同じ答えだ。これは恐らく、人事選考が"
“孝廉”とは、父母への孝順、物事に対する廉正な態度を意味し、かつて中国では
特にその事を
故に候補者達は皆こぞって「親孝行をしたい」と口を揃えて言うのだろう。
だが勿論、“孝廉”で選ばれた者だけが有能な人材というわけではない。むしろその項目のみを重視して人材を登用するのは危険でしかない。
50人目。最後の候補者の男が
その男を見た途端、毛豹と程燐械は目を
「またお前か。
程燐械が呆れたように言う。
すると謝響は愉快に笑った。
「確かに落とされました。ですが、私が落とされた理由が分かりません。故にその理由を訊きに参ったのです。納得のいく理由をお教えていただけないならば、また次回もここへ参りますぞ。不採用者は二度と募集に応じてはならないという決まりもないですからな」
自由奔放なその男に、宵は興味を抱いた。
手元の竹簡の資料によれば年齢は57歳。志願してくるには少し歳をとり過ぎだが、登用基準に年齢制限は設けられていない。
背は低く腹は小太り。髪や髭はボサボサで見た目はお世辞にも清潔感があるとは言えないが、不思議な事に着衣はとても綺麗できっちりとしている。
不採用の理由を聞きに来るという行動は、宵のいる世界では常識外れだが、この世界での常識は違うのかもしれない。
「落とされた理由? そんな事は自分の胸に聞いてみよ」
毛豹に冷たくあしらわれたが、謝響は笑い声を上げる。
「毛豹殿。自分の胸に聞いたところ、どうやら私が親孝行を口にしなかった事がいけなかったと言っています」
「自覚があるなら何故わざわざここへ来た。それと、不採用の理由はそのボサボサの頭や髭、そして傲慢な態度だ。分かったらさっさと帰りなさい」
帰れと言われても、謝響は動じる事なくまた笑った。
「なるほど、やはりそのようなくだらない理由で私を落としたか。結構。ではこれにて失礼」
「あ、待ってください!」
帰ろうとした謝響を宵は呼び止めた。
「はて? そちらは前回いらっしゃらなかった方ですな。新入りの方ですかな? 何か私に御用で?」
謝響は宵を見ると首を傾げた。
この男は只者ではない。何故か試されているのはこちら側だと感じた。
「1つお聞きします。今、この
宵の突然の質問に、謝響は目を丸くしていたが、踵を返し身体を宵の方へと向けると髪と髭を手櫛で整え、拱手して頭を下げた。
「では、僭越ながらこの謝響、お答え致しましょう」
人が変わったような謝響の態度に、宵はもちろん、毛豹も程燐械も目を丸くして、唾を飲み込んだ。
「目下、
的確な着眼点と分析力に、宵を含めた面接官側は驚きの余り言葉を忘れる。
しかし、謝響はその反応に動じる事なく、話を続ける。
「ちなみに、人材不足の原因としては、官吏の登用の制度に問題があります。今時、孝廉を重視した選抜では有能な人材は集まりません。恐らく、私の前に面接を受けた者達のほとんどが「親孝行」だのと口を揃えて言ったのでしょう。故に有能な人材かどうかの判断がつかず、とりあえずまともそうな人間、或いはこの衙門にとって都合の良い人間を登用する。だがそれは結果的に、内政の停滞を解消出来ず、人材不足という問題のみが体裁上解決出来たに過ぎない。まさに無駄の極み。無能な人物に内政を蝕まれ、やがては梟の破滅へと帰結するのです」
「では……ではどうすれば良いのだ、謝響」
毛豹は謝響の論理的な回答に怖気付きながらも、面接官としての立場を維持する為、さらに質問をぶつけた。
「それは官吏登用の制度を変える事ですな。そう、例えば──」
『試験』
謝響が答えると同時に、宵も声を揃え同じ答えを導き出した。
「これはこれは、私と同じお考えを持っている面接官殿がいらっしゃった」
謝響は嬉しそうに笑った。
「毛豹殿、程燐械殿。是非、謝響殿を登用しましょう。私がこの方を推挙します」
毛豹と程燐械は宵の発言に顔を見合せた。
「お嬢さん。名をお聞かせください」
「宵と申します」
宵は立ち上がって謝響へ拱手して頭を下げる。
「宵殿。いい名だ」
謝響は柔らかな笑みを浮かべた。
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