第27話 科挙でしょ!
勤務2日目。
昨日のように
そんな事をうだうだ考えていた宵だったが、意を決して戸を開けた。
「おはようございます」
「おお! 宵殿! おはよう!」
元気良く挨拶を返して来た男を見た宵の憂鬱な気持ちは一瞬で吹き飛んだ。昨日はこの部屋にいなかった還暦近い
「
「年寄りは早起きでな。家に居てもやる事がないのでさっさと登庁させてもらった」
謝響はガハハと笑って得意気に言った。
昨日の面接で宵が咄嗟に推挙した謝響は、
部屋には伊邦達がいるが、3人とも何故か萎縮し切っている。
「それはそうと、この先輩御三方に頼まれた仕事がちょうど終わったところです。宵殿とは酒を飲んで語らいたいと思っていたので、程燐械殿が来るまでこの
「え? いや、これから仕事なのにお酒って……それに、私は討論とかそういうのは苦手なので……あの、頼まれた仕事って?」
宵は肩掛けの鞄を下ろし自分の机の上に置くと程燐械の机の上に置かれた5巻の太い竹簡に目が止まった。
「ああ、新人研修の資料の書き写しです。私を含めた6人分の竹簡を作るように言われましたが、5人分も書き写したので流石に内容は覚えてしまったので私の分は作りませんでした。叱られますかな?」
謝響の言葉に宵はまさかと思い、程燐械の机の上の竹簡を1巻取り、開いて中を見る。
すると、そこには達筆な字が端から端までビッシリと書かれていた。他の竹簡も開いてみたが、やはりどれも同じ内容がビッシリと書き込まれている。
「え!? 謝響殿もう終わらせたんですか? 1巻千字くらいあるのに……これは今日私と伊邦殿達で昼までに終わらせるよう程燐械殿に申し付けられた仕事です。それを1人で……?」
「なに、ただ書き写すだけではないですか。私は普段から読んだ書物を書き写しているのでこれくらい容易い事。ところで、宵殿、
「あ、はい」
言われるがままに、宵は出勤早々仕事場を後にした。
♢
謝響を厠へ案内して廊下を歩いていると、謝響は途中の書庫の前で立ち止まり、勝手に中に入っていった。
「ちょっと、謝響殿。そこは厠ではありませんよ?」
溜息をついて宵は謝響の後を追い書庫に入った。宵自身、この部屋には初めて入る。
「宵殿。やっと2人きりになれましたな」
「え?」
竹簡が大量に詰め込まれている棚と棚の奥に、謝響は佇み、窓から漏れる陽の光を浴びて宵に微笑みかけた。
「其方、只者ではなかろう? 何処から来た」
今までの敬語ではなく、年相応の口調で謝響は宵に訊ねた。
その宵を見る瞳は、宵の心の中まで見透かすような不思議な色をしている。
「貴方こそ、只者ではありませんよ……」
宵は素性を隠そうと質問に質問で返す。
「その返事で確信したぞ。其方はやはり只者ではない。儂をそのように評価したのは
「……えっ……と、豊州に来てから? では、他の州では貴方を適正に評価する方がいたのですか?」
「まあ儂の話はどうでも良い。其方も素性を知られたくないのならこれ以上は訊かん。それより、この衙門の役人共は駄目だな」
宵が素性を隠そうとしたのを悟ったのか、突然話を変えた謝響は、棚の竹簡を適当に手に取ると、開いて目を落とした。
「駄目……とは?」
「まあ、先程の3人を見れば分かると思うが、大した仕事も出来ぬくせに、新入りにいきなり仕事を押し付けて自分らは大いに楽をしている。儂が竹簡を書き写している間、ずっと3人でくだらない話をしているだけ。怠惰の塊のような輩は国の役には立たん」
手元の竹簡を見たまま謝響は真剣な口調で言った。
「それは……はい、私の初出勤の時もそうでした……」
「
遠慮など微塵もなく、謝響は同僚や上司を痛烈に批判した。だが、宵は反論出来なかった。全くもって謝響の言う通りだからだ。
「しかしながら、其方の意見は実に正しい。先見の明がある」
読み終わったのか、はたまたま眺めていただけなのか、手に持っていた竹簡を元に戻すと謝響は宵を見た。
「今では孝廉による選出が当たり前となり、それに異を唱える者がほとんどいなくなってしまったが、やはり官吏は能力で見るべきなのじゃ。能力のない者を
謝響の正論に宵は頷いた。
「私の国では
謝響は目を丸くして宵を見つめると、嬉しそうに白い歯を見せて笑った。
「なるほど、だから其方は賢いのか」
「いえ、私は賢くなんか……」
宵は苦笑して首を横に振った。
科挙とは、古代中国において隋の時代に始まり、清の時代まで続いた官吏の登用試験である。ペーパーテストが行われるようになり、そのお題は、儒教の教えで最も重んじられた書物、
科挙は科挙で様々な問題があったのだが、能力を査定に入れない
「“科挙”か。その話、詳しく聴かせて貰えぬか?」
突然の背後からの声に宵は背筋をピンと伸ばして固まる。その様子を謝響が手を叩き笑う。
「程燐械殿。おはようございます。お待ちしておりましたぞ。さあ、3人で話しましょうか。科挙とやらについて」
謝響は程燐械の登場にまるで動じた様子もなく、固まる宵を回れ右させると、背中を押し書庫の外へと歩かせた。
宵は程燐械に悪口を聴かれてはいないだろうかと、気が気ではなかった。
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