第22話『開幕』

  1



 今日も依頼人が来ない。


 特に事件もない平和な日なのは確かに良いことなんだけどさ、こっちとしては仕事がないと困っちゃうわけで、稼がないと雇っているロディとリリーにお給料払えなくなっちゃうし、どこかに困っている人いないかな~、とそう思っていたときだ。


 事務所の電話がうるさく鳴り響く。


 俺は素早く受話器を手に取り、いつも通りの言葉を吐く。



「はい、何でも屋ジェネシス。サカイです」


国際捜査機関ILAのダイナ=オコナーです。お久しぶりです、サカイさん』



 オコナーさん!? なんでILAの人が俺に電話なんかを?



「どうしました? わざわざ俺に電話してくるくらいだし、何か大きな事件が?」


『はい。それが、さきほどクリオタウンを発った列車に、我々が追っているテロリスト集団の残党が乗り、ジャックしたという情報が入りまして』


「なんだって!?」


『その列車には、政治家であるブライアン=エンライトの娘、マリナ=エンライトも乗っていたそうで……』


「人質に取られてしまった」


『その通りです。そこで、サカイさんの力を知っている私から依頼を。どうかその列車の乗客とマリナ=エンライトの身柄を助け出し、列車を止めて欲しいのです。報酬ははずみますので、どうか受けていただきたい』


「もちろんです。俺たちは何でも屋。何でも屋なんです。その依頼、お受けします」


『ありがとうございます。どうかお願いいたします』


「はい。お任せください。では、失礼します」



 大きな仕事になるぞこりゃあ。


 政治家の娘さんを助け出す? 列車を止める? むちゃくちゃ大変なことだけど、依頼を受けたんだからそれを達成するしかない。


 やっちゃるぞ。



「ロディ、エンジンを――」


「すでに準備万端だぜ」


「さすが! さぁ行くぞロディ。ジャックされた列車を追いかけるんだ!!」




  2




 そりゃあ、お仕事で手を抜く事なんて許される事じゃないだろうさ。何事も全力で取り組むのがプロってやつなんだと思う。た、たださ、人には向き不向きって言うのがあってだな、つまり俺が言いたいことは――。



「も、もうちょっと、ゆ、ゆっくり、走ってくれロディ……吐きそうだ、うっぷ……」



 現在、俺はガタガタと揺れる赤色の車の後部座席でピョンピョン飛び跳ねながら、胃からこみ上げてくる熱い何かが吐き出さない様に必死にこらえている。


 ロディは俺たちが住んでいる街では一番速い走り屋だし、そのテクニックは一流だ。


 その腕は確かだから安心はしてるんだが……やっぱり怖いもんは怖いだよ。



「しょうがねぇだろナオシ。こうでもしねぇと追いつけないんだよ!! あと、ゲロぶちまけたらぶっ殺すぞ!」



 親友に殺されたくはないので、例のこみ上げてくる熱いものを飲み込み、外の景色を見る。そこには耳を劈くような轟音を鳴り響かせる蒸気機関車が、猛スピードで目の前を走っていて、俺たちは今必死にそれを車で追いかけている最中だ。


 ようやく追いつこうとしている。だが、スピードは向こうの方が上なのか、中々追い付かない。



「とりあえずナオシ、それからフェルト! 舌を噛まない様に口だけは閉じてろ!」



 運転手のロディは叫ぶようにして警告した。


 確かに舌を噛んだら一大事だ。痛いどころでは済まない。


 俺は必死に座席にしがみ付きながら揺れに耐えている横で、ゴスロリを着たフェルトは涼しい顔で行儀よく座っていた。なぜ……この揺れの中でそんな平然な顔で座っていられるんだよ。元々感情を表に出さない女の子ではあるんだけど、この状況でもそれが崩れないとはやっぱり恐るべき存在だよ、フェルトは。



 そして次に列車が入って行ったのは、森の間の線路を行く道。その後ろを走れば良いものを、ロディの奴はこんな事を言いだした。



「後ろを追いかけても向こうの方が速度は上だ。このままじゃ追いつけない」



 まさかとは思うが――いや、そのまさかだった。



「ショートカットすんぞ! 掴まれぃ!!」



 この車はロディお手製の改造車だが……それでもこの木々の中を走るような車じゃないことは確かだ。だってセダン車だぞ? 元々、この車は舗装された道をゆくための車だったはずなのにぃ!!



「ちょ……ちょっと! 木! 木! 木ィ!!」



 涼しい顔して平気でツッコんで行くんだよなロディのやつは!


 たくさんの木が生い茂っている森の中を猛スピードで走っても、掠ることなく運転できているのはどういうことなんだ? どういう神経したらこんなところを、こんなスピードで走ることができるんだよ!?


 まぁ、だからこそ俺はロディを仲間にしたってのもあるんだけど……俺からしたら恐ろしいことこの上ない。ロディを信じていないわけではないんだけど、それでも心臓に悪すぎる。


 右へ左へ、そしてまた右へとシェイクされながら森の中を抜けると、



「どうだナオシ! 追いついてやったぜ!」



 目の前に現れたのは列車の横っ腹。ロディのやつは大はしゃぎだ。


 ここまで迫ることが出来れば、あとは俺たちの仕事になる。



「ふぅ……。準備はできてるか、フェルト?」


「大丈夫です。問題ありません」



 さすがは俺の力となり共に戦ってくれるパートナーだ。迷うことなく返答してくれる。


 俺は立ち上がり、サンルーフから上半身を外に出した。



「ジェネレート、コード:フェルト」



 そう宣言すると、フェルトの体が白く輝き、その姿は剣の様なものへと変貌する。


 しかし剣にしては妖艶で、神秘的で、思わず見とれてしまう不思議な力がある。


 その剣はステンドグラスがひび割れたような模様が入っている緑色に透き通った剣身が特徴的で、その見た目から何かにぶつけた瞬間に砕け散りそうだが、決してそんなことはなく、この世に存在するいかなる剣よりも切れるだろう。


 そして、その剣からは――緑色に輝く謎の粒子が止まることなく吐き出されている。


 この粒子こそ、ジェネレーターという存在が強大だと言われる所以ゆえんだ。



「上手くやれよナオシ! 今晩は贅沢に美味い飯を食おうぜ」


「おう、まかせとけ。やっちゃるぜ!」

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