第14話『スピードの中に生きる野郎』

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「なぁ、ナオシ」



 ILAの人たちがグレゴリーを確保した。俺は今ナオシとフェルト、二人一緒に、川のほとりで腰を落とし、ILAの人たちが事後処理を終えるのを待つだけ。


 そんな中、俺は一つの疑問をぶつけるべく、ナオシに話しかけた。



「なんだよ?」


「俺ってさ、今回の事件、本当に必要だったのか?」


「どういう意味だよ」


「俺にできることは車の運転だけだ。だけど今回の事件は、別に俺の力は必要じゃなかったんじゃないかって、思うんだ。結局、お前の力に頼るしかなかったしな」



 そう、あまりにも情けなさ過ぎた。


 荷物を運び終わってからの俺は、本当なら何もできなかったんだ。あのスキンヘッドの男に撃ち殺されて終了だった。詰めが甘いばかりに、自分の命が危ぶまれる事態に陥った。たとえエリカが助かったとしても、俺が死んじまったら意味がないんだ。


 エリカは俺とドライブがしたいと言ってくれた。その願いを叶えるために俺はこうやってILAの協力に応じたんだ。成功と言える結果は、エリカを助け出して俺が生き残る事。それ以外は失敗だ。何をどうしたって成功にはならない。



 その事を理解できていなかったのか?



 理解できていなかったわけじゃない。考えもしなかっただけだ。


 エリカを助け出す事で頭がいっぱいで、お仕事が無事に終わったと勘違いして、これでエリカが助かると思って、油断して、力をを抜いて、そして殺されかけた。


 そして、エリカがグレゴリーに連れ去られるという事態に陥った事で、ナオシがその場に到着でき、俺の命が助かるといった喜べない展開になったんだ。



 これを情けないと言わず何と言う?



「いや、お前はこの作戦には必要だったよ」


「…………」



 そんな言葉を言われた。


 俺が望んでいた答えが返ってきたのに、素直に喜べないのはなぜだろうか。


 励まされているからか。それとも、心の底ではそんな言葉を俺は望んでいないんだろうか。もう、自分の感情が分からない。


 グルグルと俺の中を駆け回る色のない感情は、どんな色をしていいか分からないし、行き先も分からない。それがあまりにも気持ち悪くて、胃液がこみ上げてくる。



「――とでも言ったら、お前は救われるのか?」



 ナオシが聞いてくる。


 予想もしていなかった言葉に、心臓が跳ねた。



「その表情を見るに、それはお前が救われるような答えじゃないんだろうな。まぁたしかに、お前は例の荷物を運んだ。それは間違いなくお前が必要だったさ。だけど、問題はその後だよな」


「……ああ」



 やっぱり、分かっちまうか。



「お前は完全に気を抜いちまって、あの男に殺されかけた。俺が来なかったらどうなってたか分からない。これは紛れもない事実だよな?」


「……ああ」


「でもさ、過程がどうであれ作戦が無事に成功した。これも、間違いはないはずだぞ」



 そうか。いくら過程が上手くいってたとしても、最終的にエリカを助け出す事ができなかったら、俺が生き残ることが出来なかったら、たとえグレゴリーが捕まったとしてもそれは失敗に他ならない。


 だけども、今回はエリカが助かった。俺も生き残った。グレゴリーも捕まった。


 この結果を見れば大成功じゃないか。



「つまり、結果がすべてって事だろ? どんな道を通ったとしても、成功という名のゴール辿り着くことが出来ればそれは正しかったって事になる」


「俺は少なくともそう思ってる。だからさ、成功したんなら、それでよし。反省点があるならば次に生かせばいいんだ」



 次に生かす……か。ホント、その通りだよな。後ろばっか見ていても進展はしねぇんだ。前に進まなきゃ、進化はない。後ろにあった事を糧にして、成長し続ける事こそが、俺たち人間の責務なのかもしれない。


 それが生きていくことなのかもしれない。


 ここまで優しいだなんて、なんでナオシがドロップアウトしちまったのかが分からないな、何があったかは……俺にも教えてくれない。



「ちょっといいかしら?」



 後ろからダイナの声が聞こえてくる。


 振り向けば、そこにはエリカの姿もあった。ダイナに手を繋がれながら、どうやらここまで来たらしい。



「ほら、いってらっしゃい」



 ダイナがエリカに優しくそう言うと、ダイナの手を放して転びそうな勢いでこちらに駆けてきた。その頭が、俺の胸元へとすっぽりと入った。ぐずぐずと泣き出し、そしてエリカは震えた声でしゃべりだした。



「ローにぃ……ありがとう。こわ、かったよぉぉぉぉ」


「おーお、大丈夫だぞエリカ。もう危険はないからな、安心していいんだぞ」


「うん……うん……」



 泣き止む気配がまったくない。俺のシャツはエリカの涙と鼻水でぐちゃぐちゃになってる事だろう。だけど、それでエリカが安心できるならどうだっていいがな。


 それよりも、早いとこエリカには笑顔になって欲しい。



「よし! じゃ、俺と一緒にドライブしようかエリカ。お前、ずっと俺とドライブしたかったんだろう?」


「ふぇ……? い、いいの?」


「いいんだぞ。むしろ、今の今まで先延ばしにしてたことを謝りたいくらいなのに」


「う、うぅ……」



 でも今すぐにってわけにはいかないんだよなぁ……だって俺の車はここにはないし。俺としては、今すぐにでもエリカのご希望通りにドライブしたいんだが。



「ふふふ……そんな事もあろうかと!」


「は?」



 ナオシの野郎が意味深に笑う。


 目線をずらせばそこには、俺の愛車の『ファルカオ』があった。


 それは今回の仕事に使ったものじゃない。間違いなく俺のファルカオがそこにあった。まさか、どうやってここに……?



「お前の依頼はエリカちゃんを助け出してほしいってものだったからな。それには、エリカちゃんの願い事を叶える事も含まれてんだよなぁ、これが」


「ナオシの野郎……お前って奴は。最高だぜコンチクショウ!」


「さ、行って来い」


「言われなくとも! いくぞエリカ!」


「うん!」



 本当に最高だよナオシ。


 この借りは大きいからな。何をしたら返せるか分からんが、可能ならお前の仕事を手伝ってやるさ。俺にできることは車を運転する事くらいだが、それでもお前の手助けになるなら、俺は何だってやってやる。


 俺の幼馴染で親友だからな。



「よし! 出発だ!」


「しゅっぱーつ、しんこー!!」



 そして俺は何でも屋『ジェネシス』に身を置くことになる。


 俺は、お前への借りをいったいどれだけ返せただろうか。


 ナオシは貸しとは思ってなさそうだけど、それでも俺は、この恩を絶対に返すんだ。親友の名に懸けてな。

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