棘だらけの恋情
木風麦
日暮真咲の場合
縁談が、きた。
ついにきてしまった。
畳の上で正座したまま微動だにしない女――日暮真咲は虚ろな目で薄い唇から息を吐いた。
真咲は既に結婚適齢期と呼ばれる十代を過ぎている。彼女が大きな家の娘だというにも関わらずに縁談がなかった理由は、簡単な話だ。
既に彼女には古い縁談があったのだ。ただ、彼女が「未亡人」となってしまったから次の縁談がやってきた。ただ、それだけの話だ。
彼女の家はそこいらにいないほどに大きな家で、その家と縁を深めたい輩はごまんといる。
そして彼女は、家のために嫁ぐ役割を背負っていた。
馬鹿馬鹿しい。
そう言えるのは、そういった世界に足を踏み入れていない者だけが言える台詞だ。この世界はこれが普通なのであり、そこに疑問を投じる奇怪な人間もいない。
――いない、はずだった。
真咲は優美な仕草で立ち上がり、陽が柔く差し込む縁側に腰を下ろした。
――もう少し後になるかと思っていたのに……家の財力を舐めていた。
真咲は目を細めて軽く舌打ちをした。とてもお上品なお嬢様のすることではないが、これが彼女の偽りない姿であった。
「真咲様。そんな品のないことをしたら、また奥さまに折檻されてしまいますよ」
柔い、陽のような声。小鳥がさえずるより可愛らしく、雨が降り注ぐ音よりも趣のある声。
首だけ振り向かせると、侍女の着る着物に袖を通した赤茶色の髪の女が微笑んでいた。
美人とは言えないかもしれない顔。だけどその目には何とも言い難い、穏やかで優しい雰囲気がある。彼女のその目を見ていると、なぜだか自分まで優しい人間になれたかのような気分になれる。誰にでも優しくできるような気になる。
「大丈夫よ。あなたさえ黙っていればね」
手招き、侍女を横に座らせる。
「大丈夫よ。……きっとまた、きっとまた無くなるもの」
願うようにつぶやいた真咲は、隣に座った侍女の肩に、陽に温められた頭を乗せた。
光沢を浴びた黒の丸い頭を見つめた侍女は、しばし口を閉じていた。
「
明るく言うでも、後ろ髪引かれる物言いでもない。淡々と、言葉通り祈るように彼女は言った。
真咲が頭を上げて目を合わせると、侍女は眉じりを下げて花がほころぶように口元に笑みを描いた。
――これは、叶わない思いを抱いた者たちの物語。
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