ウリ

神帰 十一

第1話 ウリ

 

 ウリに対する友人たちからの評判は悪かった。


体を売っている。

薬をやっている。

人を殺している。

 

 一体どうやったら、一介の女子高生が こんなイメージを身に纏えるのか、あらためて不思議に思い振り向くと、当の本人は天使のような寝顔でボクのベットに身を沈めている。

 

 ウリはよく寝る子だった。

よく笑って、よく泣いて、よく怒って、また笑って、それをループして、電池が切れると寝た。


 ウリを拾ったのは、紫陽花が濡れて咲く6月のある日のことだ。天気予報は雨だと言っていたのに、聞く耳を持たずに外出したボクは、忠告を無視した罰として雨に濡れることになる。傘は持っていなかったがアノラックパーカーにはフードが付いていた。申し訳程度の効果しかないが、そのフードを被って雨から身を庇いつつ沿線沿いの道を歩いていた。 

 濡れてしまうことは、もう諦めている。講義が終わっての帰り道で、今日はバイトもない。部屋に戻るだけなのでどんなに濡れても構いはしないのだ。むしろ濡れて 体が冷えていた方がシャワーを浴びた時の、生き返る暖かさが心地良い。シャワーを浴びた後は、昨日発売された新作ゲームをDLして、DL中は昼寝をしよう。

 ––––今が15:00過ぎ、16:00からDLを始めたとして、2時間から3時間後、今日は徹夜で楽しめるな。

 そんな算段を立てて歩いていると、沿線沿いに、––––この道は僕の大学への通学路だったが、この線路が何線なのか、とうとう判らないままに僕は大学を卒業する。–––– 群生して咲いている紫陽花の中に、紫陽花のような配色のスカジャンを着た女の子が埋もれて座っていた。その女の子がウリだったのだが、紫陽花に同化したウリに、最初ボクは気が付かなかった。

 ゲームのことばかり考えていたのもあるかも知れないが、ギリギリまで近づいてもウリの存在に気がついておらず、うずくまっていたウリがボクの足音に反応して動いたのを、紫陽花のひと群れが急にゴソリと動いたものだと勘違いした。


「うあぁ」


 情けない声を出して、ボクは尻もちをついてしまう。



 紫陽花に対するボクのイメージは悪い。


毒があると言う

花言葉が浮気だと言う

そして、ボクはトライポフォビアである可能性が高い。


 紫陽花は鳥肌が立つ手前くらいの感じなので大丈夫だが、動き出されれば別だ。小さい頃に見た特撮ヒーロー物で、放射能に汚染された紫陽花が怪物化して人を襲う話を瞬時に思い出した。粗雑な被り物の花弁が集合した箇所は、粗雑さ故に、図らずも生まれた気持ち悪さがあったことを覚えている。

 ウリも驚いたようだったが、頬にかかっていたフードを軽くどけて、


「フフッ 大丈夫?」


 軽く笑って、座ったまま口を開く。そのとき濡れた髪が、唇の端から口の中に侵入してしまう。ウリはそれを舌で押し返したが、舌を戻すときに、また侵入を許してしまう。それを二、三回繰り返した。真っ赤な唇の上を桃色の舌がチラチラと動き、その舌に濡れて黒く艶めかしく光る髪が幾筋か絡まった。

 結局ウリは髪の毛を小指に引っ掛けて口から出し、まだ尻もちをついているボクに、再び優しさを向けた。


「ねぇ、大丈夫?」


 ウリが被っているフードは、スカジャンの下に着たスウェットのフードだ。ボクのフードと違って、防雨の効果は期待できない。どころか、濡れてしまえば染み込んでしまい、返って体温を奪ってしまうだろう。

 ウリは髪を掻き出すために出した手を、またスカジャンに裾の中に引っ込めて、むき出しの膝小僧を抱え込んだ。


 ––––大丈夫じゃないのは、絶対にキミの方だろう? こんな所で こんな雨の日に、うずくまって何をしているのだろう?

 

 踏切の音が遠くで聞こえた。電車が通過していく。電車の音と共にボクの脳裏をよぎって行ったのは、最近あの踏切で、女子高生が死んだ事だった。

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