第26話 車

 俺はそこら辺にいる普通の車。今日もご主人様の指示通り、公道を走っている。


 それにしてもお腹が空いた。俺はエネルギーが切れそうな状態だった。早く食事をしないと、公道の真ん中で気を失うかもしれない。


 そう思った矢先、ご主人様が左の指示器を出した。そして歩道を確認しながら、ゆっくりと左へ曲がっていく。


 出入口の隅に、値段の書かれた看板がポツンと立っていた。その看板をよく見ると、飲食店のものだった。どうやら久しぶりに、俺に食事を与えてくれるようだ。


 ご主人様は迷うことなく、一番手前に俺を停めた。そして俺から降りて、食事の取引を始める。周りに漂ういい匂いが、俺の食欲を掻き立ててきた。


 ご主人様が手慣れた様子で、タッチパネルを操作していく。そしてメニューから、レギュラーを選択した。その様子を見た瞬間、俺の中で一つの不安が過った。


 ご主人様はいつも、二千円か三千円の定食しか与えてくれない。今日もまたそのパターンか? すると案の定、ご主人様は三千円の定食を選択した。


 やはり俺の予感は的中したようだ。同時にショックな気持ちも湧いてくる。愕然とした気分でいると、前から店員が小走りでやってきた。


「お客さん。今日は満タンの方がお得なんですよ! 割引が効く上に、ポイントも二倍ですよ!」


 店員がナイスなことを言い始めた。これは再び期待することができる。果たしてご主人様は、ちゃんと店員の言うことを聞き入れるだろうか?


「そうですか。それじゃあ今日は満タンにしよう!」


「ありがとうございます!」


 ご主人様が定食を取り消し、満タンのボタンを押した。その様子を見た俺は、一気に気分が爽快になった。長い間の悲願が、目の前で叶ったのだから。


「あれ? 風かな?」


 するとその時、ご主人様が怪しげな顔で俺の方を見た。嬉しさの余り、無意識に体を動かしていたようだ。俺は慌てて平静を装い、体の振動をピタッと止めた。


 ビクビクしていると、ご主人様は首を傾げながら俺の口を開け始めた。どうやらギリギリなかったようだ。安堵した俺は、体の緊張が一気にほぐれた。


 ご主人様がノズルを持ち上げる。そしてそれを俺の口に差し込んだ。いよいよ至福の時がやって来る。そう思った矢先、ノズルから美味しいご飯が沢山出てきた。


 今日はいつも以上に美味しい。きっと満タンだからだろう。俺は一口ずつ味わいながら、ゆっくり飲み込んでいった。


 またご主人様のお役に立てるよう、しっかり頑張っていこう。俺は心の中で、密かに決意したのだった。


◎ガソリンは車の食べ物です。人体には有害ですので、絶対口にしないでください。

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