クリボッチの神様

城間盛平

クリボッチの神様

12月24日の朝、俺が目を覚ますと、でっぷりと太って頭が禿げ上がって髭だらけのおじさんがいた。不法侵入ですぐさま警察に通報しようとしたが、鍵は昨夜しっかりかけたはずだし、鍵も窓も壊されていなかったので、一応聞いてみた。


「あなたは一体何なんですか?」

「ワシはクリボッチの神様じゃ」


俺が何も言わないでいると、クリボッチの神様は『クリボッチ』の意味が分からなかったと思ったのか話しを続ける。


「お主若い者のくせにクリボッチの意味が分からんのか?クリボッチとはクリスマスに一人ぼっちの略じゃ」


それは分かりますが、何でクリボッチの神様が俺の家にいるんですか?という問いを言えないでいると、またクリボッチの神様が話し出す。


「お主は稀にみるクリボッチに相応しい人間じゃ、よってワシがクリスマスを一緒に過ごしてやろうと思って、わざわざ来てやったのじゃ」


さすが八百万の神様がいる国だな、まさかクリボッチの神様までいるなんて。とか、とてつもなくありがた迷惑な申し出だけど、触らぬ神に祟りなしだから、嫌だとは言えないな。とか色々考えているうちに出勤時間になったので、とりあえず会社に行く事にした。出がけにクリボッチの神様から食材と酒の調達を依頼された。


街はクリスマス一色で、恋人も友達もいない俺にとっては早く終わってほしいイベントだ。しかし今日はクリボッチの神様とクリスマスパーティーだ。何ともモヤモヤした気分でおざなりに仕事をこなし、自宅への帰路を

急ぐ。途中コンビニでチキンとケーキと缶ビールを購入した。家に帰ると、クリボッチの神様が正月の為にとってあった秘蔵の一升瓶の日本酒を開けて飲んでいた。もう半分以上無くなっている。しかし触らぬ神に祟りなしなので、何も言わない。


「おお、待ちかねたぞ。早くパーティーを始めるぞ」


クリボッチの神様はすぐさま酒と食べ物を所望する。お供えと思えば腹も立たない。クリボッチの神様はコンビニの食材に若干不満顔だったが、一口食べるとお気に召したのか、チキンとケーキを美味しそうに頬張っていた。


「ところでクリボッチの神様ってどんな事するんですか?」


俺は朝から疑問に思っていた事を質問する。


「うむ、例えばなクリボッチの者に、25日の朝、枕元に好みのエロDVDをそっと置いてやるとかじゃな」

「朝目が覚めたら死にたくなりますね」


思わず言ってしまった俺の言葉に、クリボッチの神様はびっくりしながら、えっ、嬉しくないの?という顔をしたので、俺は慌て言葉を続けた。


「俺は嬉しいですけど、色んな人がいますからね」


クリボッチの神様は、そうだろうそうだろうと満足そうに頷いて、右手を一振りした。すると何もなかった虚空からDVDが出現した。


「よし、お主にも霊験あらたかなエロDVDを渡してしんぜよう」


俺は霊験あらたかなエロDVDって何だよ、すごくいらねぇと思ったが、おくびにも出さず、笑顔で礼を言った。DVDのパッケージを見てみると痴女モノで、女優はどう見ても40オーバーで、全然俺の好みじゃない。笑顔が引きつりそうなので急いで話題を変えた。


「ほ、他にはどんな事をやってるんですか?」

「ん、他にか。例えばなぁ、クリスマス前にシングルで焦っている頭の軽い女を教えてやるとかだな」

「いいじゃないですかそれ、俺にも教えてくださいよ」


前のめりになる俺に、クリボッチの神様はチッチッチッと舌を鳴らしながら、人差し指を振る。かなり腹が立つ。


「これだからトーシローは、分かってないのぉ。そんな女引っ掛けようものなら、高額なクリスマスプレゼントと、ディナーを要求され、クリスマスが終わったら別れを切り出されるぞ」

「それは悲惨ですね」

「お主には、ケバくて頭と尻が軽い女より、お主と同じ、コミュ障で陰気な女と付き合う方がよいぞよ」


クリボッチの神様に恋愛相談に乗ってもらってしまった。確かに、何かの間違いでケバくて尻軽な女と付き合っても一体なにを話せばいいかわからない。俺は絶滅したとされるメガロドンが現代の海で生き残っているかどうか討論してくれるような女がいいのだ。そんな女いるかどうか知らないが。


その後もクリボッチの神様と俺はダラダラと飲み続け、この女優は整形だとか、豊胸してるだとか、この俳優はあの女優と女性アイドルと二股かけてるとか、テレビを観ながらくだらない会話をしていた。そのうちにクリボッチの神様と俺は、コタツでそのまま寝てしまい、翌日の25日クリボッチの神様の遅刻だ、という大声で目を覚ました。どうやらクリボッチの神様は、神様の会議に遅刻しそうらしい。


「若者よ世話になったな、達者で暮らせよ」


クリボッチの神様はそれだけ言うと、煙のように消えてしまった。


まるで夢を見ていたようだ。だが、テーブルの上には俺たちが呑み食い散らかしたものの残骸があり、夢ではない事を語っていた。クリボッチの神様とのクリスマスパーティーは結果的には悪くなく、どちらかといえば楽しかった。俺が実家を出て初めて他人と祝ったクリスマスだった。来年のクリスマスもきっとクリボッチだろうから、また来てくれてもいいかなと思ってしまった。





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クリボッチの神様 城間盛平 @morihei

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