慕容徳15 国内巡察

慕容徳ぼようとく韓綽かんしゃくが提言する。


「裏切り者と、北魏ほくぎこそ退けられましたが、お国の恥は未だ注げておりませぬ。また虎牢関ころうかんより西は豺狼どものねぐら、長江ちょうこうより南は猛禽どもの林でございます。ぎょうしょう龍城りゅうじょうは荒れ果て、慕容渉帰ぼようしょうき様、慕容廆ぼようかい様、慕容皝ぼようこう様、慕容儁ぼようしゅん様の陵墓を管理するものもないこのありさま、どうして義士が怒り嘆かず、烈士が死をも賭して戦わんと誓わずにおれましょうか。

 しかしいま、陛下のおん周りには多くの困難が降り掛かっておられまとなっております。人々は憤慨の思いを抱いております、わずか一日のやすらぎ、これが永久に続くわけでもあるまいに、と。あるいはこうして朝を迎えられたはいいが、果たして年は越せるのかどうか、と。

 いま、陛下は中興の大業を果たされました。ならばここからは国力涵養を努めとなされませ。流浪の民が土地を失ったことを憐れまれ、軍役も免除なさり、人々が安らげるようにし、古くよりのしきたりを尊び、あたら乱さぬようにする。さすればこの地は大いに治まり、しんしんとておいそれと手出しができなくなりましょう。

 多くの逆賊が北に、西に、南に割拠し、我らが国の隙を伺っております。入念にその脅威の実態を読み解き、優先順位を定め、兵を養い、武具を整え、農務を奨励し、食料をたくわえ、進んでは国土擾乱の恥をそそぐため戦い、退いては山河を用いて万全の守りを固めるべきなのです。

 しかしながら、いま民衆は秦や晋に脅かされることで、それぞれが独自でネットワークを構築しております。あるものは百世帯をひとつの屋敷に抱え込み、あるものは千人もの働き手をひとつの戸籍の中に抱え込み、地元の有力者に依存し、ひとたび糾弾されればすべてを焼き払われることも承知の上で、いわば堂々と公役、租税逃れをなし、悪事を働いて、国のまつりごとを損ねている状態です。法の面から言えば到底許されるものでもございませんが、それもこれも国による調査、管理がいまだ行き届かぬがゆえのこと。ならばこれをいたずらに罰すわけにも参りませぬ。

 いまはこういった民の状況を詳しく調べ、正確に洗い出すべきでありましょう。そこで陛下、どうか上にお国としての規則を明らかとなさり、それに基づき下に軍備の充実をお進めになるようおん願い申しあげます。

 もしこの進言をご採用くださるのでしたら、どうか私を各地にお飛ばしくださいませ。それでお国を高められるのであれば、戦国秦せんごくしん商鞅しょうおうのように処刑されるのでも、あるいはこのお国のために働くも慕容評ぼようひょうに殺害された悅綰えつかん様のような末路を辿るとしても構いませぬ」


慕容徳はこの進言を採用。慕容鎮ぼようちんに騎兵三千を率いさせて国境警備に当たり、あわせて民の逃散を防いだ。また韓綽は各地を巡り、戸籍に載らない民五万八千世帯を新たに登録した。韓綽は公平であり、かつ嘘をつくことがなかったため、各地での民衆発掘においても混乱らしい混乱は起こらなかったという。




其尚書韓訁卓上疏曰:「二寇逋誅,國恥未雪,關西為豺鋃之藪,楊越為鴟鴞之林,三京社稷,鞠為丘墟,四祖園陵,蕪而不守,豈非義夫憤歎之日,烈士忘身之秋。而皇室多難,威略未振,是使長蛇弗翦,封豕假息。人懷憤慨,常謂一日之安不可以永久,終朝之逸無卒歲之憂。陛下中興大業,務在遵養,矜遷萌之失土,假長復而不役,湣黎庶之息肩,貴因循而不擾。斯可

以保甯于營丘,難以經措于秦、越。今群凶僭逆,實繁有徒,據我三方,伺國瑕釁。深宜審量虛實,大校成敗,養兵厲甲,廣農積糧,進為雪恥討寇之資,退為山河萬全之固。而百姓因秦、晉之弊,迭相陰憲,或百室合戶,或千丁共籍,依託城社,不懼燻燒,公避課役,擅為奸宄,損風毀憲,法所不容,但檢今未宣,弗可加戮。今宜隱實黎萌,正其編貫,庶上增皇朝理物之明,下益軍國兵資之用。若蒙採納,冀裨山海,雖遇商鞅之刑,悅綰之害,所不辭也。」德納之,遣其車騎將軍慕容鎮率騎三千,緣邊嚴防,備百姓逃竄。以訁卓為使持節、散騎常侍、行台尚書,巡郡縣隱實,得廕戶五萬八千。訁卓公廉正直,所在野次,人不擾焉。


其の尚書の韓訁卓は上疏して曰く:「二寇の逋誅さるも、國恥は未だ雪がれず、關西は豺鋃の藪と為り、楊越は鴟鴞の林と為り、三京の社稷は鞠され丘墟と為り、四祖の園陵は蕪し守られず、豈に義夫が憤歎の日、烈士が忘身の秋に非ずや。而して皇室に難多く、威略は未だ振るわず、是れ長蛇をして翦ぜしむ弗く、封豕をして假息せしむ。人の憤慨を懷くに、常に一日の安は以て永久たるべからずと謂う。終朝の逸に卒歲の憂無し。陛下は大業を中興し、務むは遵養に在り、遷萌の失土を矜み、長復を假し役さず、黎庶の息肩を湣む、因循を貴とせば擾さざらん。斯くなるにて可以て營丘を保甯し以て秦、越の經措を難とすべし。今、群凶僭逆は實に繁く徒を有し我が三方に據し、國の瑕釁を伺う。深く宜しく虛實を審量し、大いに成敗を校じ、養兵厲甲、廣農積糧し、進みて恥を雪ぐ討寇の資と為し、退きて山河萬全の固を為すべし。而して百姓の秦、晉の弊に因じ、相い陰憲を迭じ、或いは百室が戶を合せ、或いは千丁の籍を共とし、城社に依託し、燻燒を懼れず、公に課役を避け、擅じ奸宄を為し、風を損ね憲を毀つは法の容れざる所なれど、但だ檢の今の未だ宣らかならざれば、戮を加うべく弗し。今は宜しく黎萌を隱實し、其の編貫を正すべし。庶くは、上に皇朝理物の明を增し、下に軍國兵資の用を益すべし。若し採納を蒙らば、冀くは山海に裨さんことを。商鞅の刑、悅綰の害に遇すと雖ど、辭せざる所なり」と。德は之を納め、其の車騎將軍の慕容鎮を遣りて騎三千を率いしめ、緣邊を嚴防し、百姓の逃竄に備う。訁卓を以て使持節、散騎常侍、行台尚書と為し、郡縣の隱實を巡り、廕戶五萬八千を得る。訁卓は公廉正直にして、野次に在せる所、人は焉に擾さず。


(晋書125-15_政事)




韓綽

本当は「言卓」ですが、まぁ。ところで悅綰(前燕の能吏、晋書では慕容評に殺されたことになっており、資治通鑑では病死となっている)がここで「殺された」と明言されているのはどういうことなんでしょうね。いや資治通鑑を棄却さえしちゃえば問題はないんですけど。

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