十六国春秋50 後燕宗室

慕容麟1 梟雄の気配

慕容麟ぼようりん慕容垂ぼようすいの末っ子だが、

母親が末端の側女であったため、

まるで目を掛けられずにいた。


慕容垂が前秦ぜんしんに亡命しようとしたとき、

慕容麟はこの計画を慕容暐ぼよういらに密告。

やがて前秦によって前燕ぜんえんが滅ぼされると、

慕容垂、慕容麟の母は殺したが、

慕容麟までは殺そうと思えず、

いったん追放処分とした。

後日改めて登用しよう、

と考えたようである。


そして、再登用。

淝水ひすい後、苻丕ふひが派遣してきた

苻飛龍ふひりゅうと慕容垂とのいざこざにあり、

その献策が慕容垂の意図に適い、

慕容垂、こいつやべえ、と実感。

その待遇を他の息子たちに

等しいものとした。


慕容垂が皇帝となると、

衛大將軍、趙王ちょうおうに任ぜられる。

ようは大幹部扱いである。


慕容宝ぼようほう中山ちゅうざんを守らせた際、

慕容麟を尚書右僕射として、

内政の取り仕切りをさせた。


とは言え、まだまだ国内が

落ち着かない頃合いである。

そのため慕容麟、

ちょくちょく外征に出ている。


丁零ていれい鮮于乞せんうこつが謀反を目論んだため、

討伐に出、その部衆を回収。


北魏ほくぎと協力して

北魏に背いた拓跋窟咄たくばつくっとつを討伐。

同じく北魏と供に、上谷じょうこく王敏おうびんを撃破。

さらには匈奴独孤部きょうどどっこぶ劉顯りゅうけん

彌澤びたくで戦い、やはり撃破。


その後許謙きょけんを擊破し、

彼の配下にあった民を龍城りゅうじょうに徙す。

……え、許謙? 北魏の重臣の?

別人よね?


更に、慕容隆ぼようりゅうとともに、

魯口ろこう王祖おうそを撃破するのだった。




慕容麟,垂之少子,諸姬所生也,素不為垂所愛。垂之奔秦,以麟嘗告變于燕,立殺其母,然猶不忍殺之,置之外舍,希得侍見。垂殺苻飛龍,麟屢進策啟發垂意,於是竒之,寵待同于諸子,署為撫軍將軍。垂既僭位,進衛大將軍,封趙王。太子寶之守中山,麟以尚書右僕射錄留臺尚書事。是時丁零鮮于乞阻兵謀叛,麟出討之,悉擒其眾。尋率騎會魏,擊叛者拓跋窟咄,敗之,引還。復率眾會魏,討王敏于上谷,斬之。擊劉顯于彌澤,破之。後又擊破許謙,徙其民於龍城。復率眾會髙陽王隆,擊王祖于魯口,降之。


慕容麟、垂の少子にして、諸姬に生まる所なれば、素より垂に愛さる所為らず。垂の秦に奔ぜるに、麟を以て嘗て燕に變を告げ、立ちて其の母を殺さんとせるも、然れど猶おも之を殺すに忍びず、之を外に置きて舍て、侍見せるを得たらんと希う。垂の苻飛龍を殺せるに、麟は屢しば策を進め垂が意を啟發し、是に於いて之を竒とし、寵待を諸子と同じくす,署され撫軍將軍為る。垂の既に僭位せるに、衛大將軍に進み、趙王に封ぜらる。太子の寶の中山を守れるに、麟を以て尚書右僕射とし、留臺尚書事を錄す。是の時、丁零の鮮于乞は兵を阻し叛ぜんと謀り、麟は出で之を討ち、悉く其の眾を擒う。尋いで騎を率いて魏に會し、叛者の拓跋窟咄を擊ち、之を敗り、引き還ず。復た眾を率い魏に會し、王敏を上谷に討ち、之を斬る。劉顯を彌澤に擊ち、之を破る。後に又た許謙を擊破し、其の民を龍城に徙す。復た眾を率い髙陽王の隆に會し、王祖を魯口に擊ち、之を降す。


(十六国50-1_暁壮)




Wikipedia だと慕容宝の兄って書かれてます。ただ中国語のほうでは「兄弟」とのみ書かれてるから、ここではあえて原文の「少子」って言葉に従っておくこととします。


にしても慕容麟って前燕時代に思いっきり慕容垂の足引っ張りまくってるんですが、なんでしょね、それを圧倒的に上回る軍才の持ち主だった、ってことなのかしら。実際、後燕将としての活躍は八面六臂としか言いようがない感じですし。


にしてもしれっと紛れ込む許謙が気になって仕方ない。いや、本文にも書いたんですが、魏書にいるんですよ、同姓同名の北魏重鎮。あえて名前が挙がるってことは結構な立ち位置の人だと思うんですが。うーん、気になる……。

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