跋陀羅4 長安追放    

後秦では特に僧䂮そうりゃく道恒どうこうらが

発言力を伸ばしていた。

その彼らが、ブッダバトラに言う。


仏陀ぶっだですら自らが得た真理を

 お話しになることがなかった。


 ましてそなたが先に漏らした、

 五隻の船がまさに訪れるであろう、

 と言う発言はまさに虚言である。


 またそなたの門徒は

 あることないことを口にし、

 人々をだまくらかし、

 さらにはそれぞれでも

 食い違いを起こすなど、

 まこと秩序を乱すこと甚だしい。


 そなたにおられてはたまらぬ。

 速やかに立ち去られよ。

 留まられること、まかりならぬ」


これに対し、ブッダバトラは答える。


「我が身は流水に浮かぶ小枝。

 去ることそのものはどうでも良い。

 ただ、伝えるべきことを

 伝えきれておらぬのが

 甚だ口惜しきことである」


そう言い残し、

弟子の慧觀えかんら四十人とともに出立。

その表情は実に穏やかであった。

真理を知るものたちは

皆その追放を嘆き悲しんだ。

世俗仏門の者併せて千人余が

ブッダバトラの出発を見送った。


ブッダバトラの追放を聞いた姚興ようこう

その喪失を悔やみ、道恒に言う。


「ブッダバトラ殿は

 真理とともに来訪され、

 御仏が残された道を示そうとされた。

 しかし結局真理の言葉は

 彼の口より発されぬままでいた。

 なんとも慨嘆極まりなきことである。

 どうして一つの失言を元に

 彼を咎める謂れがあろうか。

 そのようなことで、

 万夫の導きを失うことなど、

 あってはならぬのだ」


そして勅令を下し、

ブッダバトラ引き留めの使者を飛ばした。


その使者に対し、ブッダバトラは言う。


「誠に王の御心はかたじけなく思う。

 なれど、そのご用命に

 従うわけにもゆかぬ」


そして夜のうちには更に進む。

目指すは南のかた、廬山であった。




時舊僧䂮、道恒等謂賢曰:「佛尚不聽說己所得法。先言五舶將至,虛而無實,又門徒誑惑,互起同異,既於律有違,理不同正,宜可時去,勿得停留。」賢曰:「我身若流萍,去留甚易,但恨懷抱未申,以為慨然耳。」於是與弟子慧觀等四十餘人俱發,神志從容,初無異色,識真之眾,咸共歎惜,白黑送者千有餘人。姚興聞去悵恨,乃謂道恒曰:「佛賢沙門,協道來遊,欲宣遺教,緘言未吐,良用深慨,豈可以一言之咎,令萬夫無導。」因勅令追之。賢報使曰:「誠知恩旨,無預聞命。」於是率侶宵征,南指廬岳。


時舊の僧䂮、道恒らは賢に謂いて曰く:「佛は尚お己が得たる所の法を說けるを聽さず。先に五舶の將に至らんとせると言うは、虛にして實無し、又た門徒を誑惑し、互いに同異を起し、既に律に違有りて、理に同正ならざれば、宜しく時に去るべし、停留を得る勿れ」と。賢は曰く:「我が身は流萍が若し、去留は甚だ易かれど、但だ懷抱せるを未だ申さざるを恨む、以て慨然を為すのみ」と。是に於いて弟子の慧觀ら四十餘人と俱に發し、神志は從容、初にも異色無く、識真の眾は咸な共に歎惜し、白黑の送者は千有餘人なり。姚興は去を聞きて悵恨し、乃ち道恒に謂いて曰く:「佛賢沙門は道に協じ來遊し、宣しく教を遺すべく欲す。緘言は未だ吐かれず、良や深慨を用い、豈に一言を以て之を咎むべかるや。萬夫に令し導く無からしめん」と。因りて勅令し之を追わしむ。賢は使に報えて曰く:「誠に恩旨を知る、命を聞くに預かる無し」と。是に於いて侶を率い宵に征き、南のかた廬岳を指す。


(高僧伝2-25_仇隟)




うーん、僧䂮こそが後秦「仏教社会」の象徴のような感じもするんだよなあ。なんで屠喬孫ときょうそんは僧䂮を省いたんだろう。やっぱりここでは彼も追っておこう。こちらが読みたいのは「素晴らしい仏僧」じゃなくて「後秦の動きに関わった仏僧」なのでね。

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