跋陀羅3 取り巻きだるい 

後秦こうしん王、姚興ようこうは仏教を非常に重んじた。

なので三千人余りの僧を抱え、

様々な儀式を執り行わさせた。


そうなると、結局宮廷内で仏僧たちの中には

ある意味での社会が出来上がってくる。


のだが、ブッダバトラ、ここに無関心。

勝手にやってろよ、ってなもんである。


宮中では様々な駆け引きが

飛び交っていたりもしたのだろう。

そんな中、ブッダバトラは突然


「インドから五艘の船が出発したようだ」


などと言い出す。

これが弟子づてに外部に伝わると、

自分たちの発想がのし上がりにしかない

長安ちょうあんの仏僧たちは、

ははぁん、さては撹乱工作だな……?

的に受け止めたりしたようである。


ブッダバトラは、長安において

禅を大いに広めたい、と考えていた。


ただしそれは、あくまで個々人が

禅を修めることでより安定した心持ちを

抱けるようにしたい、と思っての

ことでしかなかったようだ。


ブッダバトラの名声を聞き、各地から

禅の境地を学びたい、と

願うものが集まってくる。


とはいえ、素質は千差万別である。

そもそも禅とワンセットになるべき

経典への理解度もバラバラだし、

また中には、まともに修行もせず

「ブッダバトラに学んだ」

という名分のみを誇るものも現れる。


そんな中、まともに修行もしなかった弟子が

阿那含果あなごんがを得たり!」と宣言。

まー、ようはブッダバトラからの

学位認定を偽称、みたいな感じである。


ただしブッダバトラ、

この弟子にろくろく興味がない。

なので別に追及もしなかった。

そのため偽称弟子は増長し、

ブッダバトラに関する流言飛語を決める。


これによってブッダバトラの名声は失墜。

いつどんなトラブルが起こっても

おかしくない状態となった。


巻き添えを恐れた弟子たちは、

ある者は名を伏せて逃亡、

ある者は夜陰に乗じ、塀を乗り越え逃亡。

一日もしないうちに、ほとんどの弟子が

いなくなってしまったのだと言う。


ただしブッダバトラ、

この事態を前に平然としていた。

まるで気に掛ける素振りもなかった。




秦主姚興專志佛法,供養三千餘僧,並往來宮闕,盛修人事,唯賢守靜,不與眾同。後語弟子云:「我昨見本鄉,有五舶俱發。」既而弟子傳告外人,關中舊僧,咸以為顯異惑眾。又賢在長安,大弘禪業,四方樂靖者,並聞風而至。但染學有深淺,得法有濃淡,澆偽之徒,因而詭滑。有一弟子因少觀行,自言得阿那含果,賢未即檢問,遂致流言,大被謗讀,將有不測之禍。於是徒眾或藏名潛去,或逾牆夜走,半日之中,眾散殆盡,賢乃怡然不以介意。


秦主の姚興は專ら佛法を志し、三千餘僧に供養せしめ、並べて宮闕を往來し、人事を盛修せど、唯だ賢のみ靜なるを守り、眾と同じうせず。後に弟子に語りて云えらく:「我、昨に本鄉に五なる舶の俱に發せる有るを見る」と。既に弟子の外人に傳告せるに、關中の舊僧は咸な異を顯わし眾を惑わさんとせると以為う。又た賢の長安に在し大いに禪業を弘めんとせるに、四方の樂靖なる者は並べて風を聞きて至る。但し染學に深淺有り、得法に濃淡有らば、偽を澆いたるの徒は因りて詭滑す。一なる弟子有りて觀行少なきに因るも、阿那含果を得たりと自言し、賢の未だ即ち檢問せざらば、遂に流言を致し、大いに謗讀を被り、將に不測の禍有らんとす。是に於いて徒眾の或いは名を藏ませ潛かに去り、或いは牆を逾え夜に走り、半日の中、眾の散ぜること殆んど盡くせど、賢は乃ち怡然とし以て意に介さず。


(高僧伝2-24_任誕)




名声に名声が載ることで独り歩きした虚名に、その名を求めて有象無象が食いついてくる、という感じだったんでしょうね。クマーラジーヴァの見識すら「際立ったものではない」と切り捨てるブッダバトラだから、集まってきた弟子たちの中でも特に見込みのあるやつ以外に対してはだいぶ適当な指導をしたのではないか。


ひとつの「社会」における名声()を求めるものは、なんというか、他人もその名声()を求めて動いてる、と考えがちなんですよね。いやというほどその実例見せつけられてげんなりとしてますけど。もとより後秦仏教という枠を相対化できてるブッダバトラにとっては、その枠内でのポスト争いとか本当にバカバカしく見えてたんだと思う。


まあ、政治と宗教は割と仲もいいですしねえ。後秦仏僧界の地位、ポストに汲々とする人たちをあんま笑うわけにもいかんのでしょうな。まあ笑うけど。


にしても

我昨見本鄉,有五舶俱發

には、もうちょいニュアンスが練り込まれていそうな感じもするのですよね。などと思って調べてみたら、

仏駄跋陀羅伝攷

https://otani.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=5983&item_no=1&page_id=13&block_id=28

まさかの論文との遭遇。そしてここを読んでも五舶俱發に込められるニュアンスはわからないままなのでした。ちーん。

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