羅什12 また喰われた  

クマーラジーヴァはすきっと一本筋通った

並外れた自信家、臨機応変の理解力で、

比肩しうる者などほぼいなかった。


しかも慈悲深く博愛の精神に満ち、

謙虚に布教に尽くしてやまなかった。


姚興ようこうは常々クマーラジーヴァに言う。


「大師の聡明さ、卓越したところは

 天下に二人とおられるまい。


 もし大師が世を後にされるときに、

 その血統が途絶えるなど

 あってよいものだろうか」


そうして妓女十人をあてがい、

オセッセセセするよう強要。喰われた。


なのでクマーラジーヴァは僧坊より離れ、

別の場所に屋敷を建て、

そこで潤沢な寄進を受けた。


そんなクマーラジーヴァは、

説法をなす際に自らを喩えて言っている。


「蓮の花は汚泥の中に咲くものよ。

 そなたらは蓮の花のみを愛でられよ。

 拙僧のように、

 汚泥にまみれる必要はない」




什為人神情鑒徹,傲岸出群,應機領會,鮮有其疋。且篤性仁厚,汎愛為心,虛己善誘,終日無倦。姚主常謂什曰:「大師聰明超悟,天下莫二,若一旦後世,何可使法種無嗣。」遂以伎女十人,逼令受之。自爾以來,不住僧坊,別立廨舍,供給豐盈。每至講說,常先自說譬,如「臭泥中生蓮花,但採蓮花,勿取臭泥也」。


什が為人は神情鑒徹にして傲岸なること群を出で、應機領會、其の疋せる有すは鮮なし。且つ篤性仁厚、汎く愛を心と為し、己を虛とし誘すに善く、終日倦める無し。姚主は常に什に謂いて曰く:「大師の聰明超悟なるは天下に二と莫く、若し一旦の後世に、何ぞ法種をして嗣無からしめんか」と。遂に伎女十人を以て逼りて令し之を受かしむ。爾より以來、僧坊に住まず、別に廨舍を立て、供給せるは豐盈たり。講說に至れる每、常に先に自ら譬えて說くに「臭泥中に蓮花生ゆ、但だ蓮花をのみ採るべし、臭泥を取る勿りたるなり」が如くす。


(高僧伝2-12_惑溺)




クマーラジーヴァの教えを聞く人たちは「おいおいオッサンアンタの立場最高じゃねえかちくしょう」って思ってた人いっぱいいたんだろうなあ。というか行動だけ見たら「俺はお前らみてーなザコ僧と違うからwwwww姚興さまからの寵愛独り占めだからwwwwww」みたいに解釈する人もいっぱいいたことでしょう。そう言うクソ僧の思い込みだけでできたクマーラジーヴァ像とか最悪なもんになりそうでうきうきしますね。しない? うっそ?


マジでそう言うクソ僧からすれば「うるせー泥濘のなかはいま俺がいるとこじゃ蓮華座に偉そうに座りやがって」とか思いそう。そう言うクソ僧のいじけた思い込みとかをむしろお話として書いてみたいですね!(まばゆいえがお)

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