羅什10 経典翻訳事業  

仏教が漢土に伝来したのは

後漢ごかん明帝めいていの時代と伝わる。

その後魏晉ぎしん期を通じて

経典が蓄積されてきたが、

従前の訳者たる支謙しけん竺法護じくほうの仕事には

もたつきがあり、意味が通じづらかった。


姚興ようこうは若い頃より仏教に傾倒し、

経典解釈の勉強会にも精力的だった。

そこにやってきたのが、

クマーラジーヴァである。

かれを西明閣せいめいかく逍遥園しょうようえんに召喚、

そこで多くの経典を訳出させる。


クマーラジーヴァは多くの経典を暗誦し、

またその内容への探求も深かった。

更に漢人の言葉にも長けていたので、

その訳出事業は実にスムーズであった。


過去の漢語訳経典を読めば、

その誤訳によって経典の内容が

失われているところが多く、

原義との乖離が甚だしかった。


そのため姚興はそうりゃく僧遷そうせん

法欽ほうきん道流どうりゅう道恒どうこう道標どうひょう僧叡そうえい僧肇そうひつ

八百人あまりの僧侶らと共に

クマーラジーヴァの解釈を書き留めさせ、

『大品般若経』を訳出させた。


クマーラジーヴァの持つ原書と、

姚興がもつ旧訳経典を引き比べてみると、

新訳箇所は旧本に較べて

明らかに意味が通じるようになっており、

人々に納得し、称賛しない者はなかった。


姚興、仏教の奥深さを実感し、

よき行いを心がけることによって

現世と言う苦海より救済される港、

また世をよく治めるための指針と見なし、

九経十二部経のうちに心を委ね、

『通三世論』を自ら著して、

仏教の素晴らしさを厚く説いた。


そのため後秦の臣下らは仏教を称賛。

中でも姚興の弟である姚顕ようけん姚嵩ようすう

深く仏教に帰依し、クマーラジーヴァに

ちょくちょく長安大寺ちょうあんだいじでの講演を依頼。

結果、以下の経典が新たに訳出された。


『小品般若経』『金剛波若経』『法華経』

『維摩経』『思益経』『首楞嚴経』

『持世経』『佛藏経』『菩薩藏経』

『遺教経』『菩提経』『無行経』『呵欲経』

『自在王経』『因緣觀経』『小無量壽経』

『新賢劫経』『禪経』『禪法要経』

『禪要解経』『彌勒成佛経』『彌勒下生経』

『十誦律』『十誦比丘戒本』『菩薩戒本』

『釋論』『成實論』『十住論』『中論』

『百論』『十二門論』等、約三百巻。


いずれもが原本の伝えるメンタリティを

精密に伝え、淵源に迫る内容であった。


この事業が進むうちに、四方より

仏教を深く追求せんとする者が集結。

経典翻訳事業はいよいよ盛んとなり、

これはいまの世においても

深く称賛されている所である。




自大法東被,始于漢明,涉歷魏晉,經論漸多,而支、竺所出,多滯文格義。興少崇三寶,銳志講集。什既至止,仍請入西明閣及消遙園,譯出眾經。什既率多諳誦,無不究竟,轉能漢言,音譯流便。既覽舊經,義多紕謬,皆由先譯失旨,不與胡本相應。於是興使沙門僧䂮、僧遷、法欽、道流、道恒、道標、僧叡、僧肇等八百餘人,諮受什旨,更令出『大品』。什持胡本,興執舊經,以相讎校,其新文異舊者,義皆圓通,眾心愜伏,莫不欣讚。興以佛道衝邃,其行唯善,信為出苦之良津,御世之洪則。故托意九經,遊心十二,乃著『通三世論』,以勗示因果,王公已下,並欽讚厥風。大將軍常山公顯,左將軍安城侯嵩,並篤信緣業,屢請什於長安大寺講說新經,續出『小品』、『金剛波若』、『法華』、『維摩』、『思益』、『首楞嚴』、『持世』、『佛藏』、『菩薩藏』、『遺教』、『菩提無行』、『呵欲』、『自在王』、『因緣觀』、『小無量壽』、『新賢劫』、『禪經』、『禪法要』、『禪要解』、『彌勒成佛』、『彌勒下生』、『十誦律』、『十誦戒本』、『菩薩戒本』、『釋論』、『成實』、『十住』、『中』、『百』、『十二門』諸論,凡三百餘卷。並暢顯神源,揮發幽致。于時,四方義士,萬里必集,盛業久大,于今式仰。


大法の東に被むるは漢の明より、魏晉を涉歷し、經論は漸く多かるも、支、竺の出づる所には文・格義の滯り多く、興は少きに三寶を崇ざば、講集を銳く志す。什の既に止すに至り、仍ち請うて西明閣及び消遙園に入らしめ、眾きの經を譯出せしむ。什は既に率多なるを諳誦し、究竟せざる無く、轉た漢言にも能く、音譯は流便たり。既に舊經を覽、義に紕謬多かれば、皆な先譯の旨を失いたるが由にて、胡本を相應せず。是に於いて興は使ち沙門の僧䂮・僧遷・法欽・道流・道恒・道標・僧叡・僧肇ら八百餘人らをして什が旨を諮受せしめ、更に令し『大品』を出ださしむ。什は胡本を持せば、興は舊經を執り、以て相い讎校し、其の新文の舊なるに異なれるは、義は皆な圓通し、眾は心に愜伏し、欣讚せざる莫し。興は佛道の衝邃せるを以て、其の行の唯だ善く、出苦の良津、御世の洪則為らんと信ず。故に意を九經に托し、心を十二に遊び、乃ち『通三世論』を著し、以て因果を勗示せば、王公已下は並べて厥風を欽讚す。大將軍・常山公の顯、左將軍・安城侯の嵩は並べて緣業を篤く信じ、屢しば什に長安大寺にて新經の講說を請い、『小品』『金剛波若』『法華』『維摩』『思益』『首楞嚴』『持世』『佛藏』『菩薩藏』『遺教』『菩提無行』『呵欲』『自在王』『因緣觀』『小無量壽』『新賢劫』『禪經』『禪法要』『禪要解』『彌勒成佛』『彌勒下生』『十誦律』『十誦戒本』『菩薩戒本』『釋論』『成實』『十住』『中』『百』『十二門』の諸論、凡そ三百餘卷を續出せしむ。並べて神源を暢顯し、幽致なるを揮發す。時に四方の義士の萬里より必集し、業の盛んなるの大なること久しく、今にて式に仰さる。


(高僧伝2-10_文学)




しゅごい(しゅごい)


前秦ぜんしん高僧伝でもクマーラジーヴァがチート主人公だったのはまざまざと見せつけられてきましたが、改めて書名を列挙されるとやべえ&やべえですね。いつか、どこかのタイミングで、いくつかの経典にはチャレンジしてみたいところではありますが、まぁ死にそう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る