姚泓27 劉裕侵攻19  

劉裕りゅうゆうてい城に本陣を構えた。

最終決戦である。


対する姚泓ようおうサイドの布陣は、

姚裕ようゆう龐統ほうとうを宮中守備に。姚洸ようこう灃西ほうせい

姚白瓜ようはくかには長安ちょうあん周辺の人々を

城内に避難させた。

姚丕ようひには渭橋いきょうを、胡翼度こよくど石積せきせきを、

姚賛ようさんには霸東はとうをそれぞれ守らせた。

そして姚泓自身は、逍遙園しょうようえんに軍を置く。


そこに襲いかかるは、王鎮惡おうちんあく

渭水いすい両岸から攻め寄せ、

姚丕を渭橋で打ち破る。

姚泓は逍遙園から援護に向かおうとしたが、

相変わらずの増水で足場が狭くなっており、

しかも既に勝敗も決していた。

そのため、誰もが我先にと逃げ出した。

ここで姚諶ようしん姚烈ようれつ姚寶安ようほうあん王帛おうはく

姚進ようしん姚蚝ようこう孫玄そんげんらがみな戦死。

姚泓はひとり逃げ延びた。


王鎮惡は平朔門へいさくもんから長安城に入る。

姚泓と姚裕らは数百騎で石橋せききょうに脱出。


残されていた姚賛は主の敗報を聞くと、

配下将兵を招集の上、その旨を告げる。

すると将兵らは剣を地になげうち、

袖を払い、号泣した。


胡翼度こよくどは既に劉裕に内応していたため、

この日のうちには兵を見捨て、投降。


まだ、望みは潰えていない。

この日の夜、姚賛は夜襲隊を編成、

石橋に取り残された姚泓らと

合流せん、と試みる。

しかし石橋へと続くあらゆる門は、

既に晋軍によって封鎖されていた。

この事態を前に、

殆どのものが驚き、逃げ出した。




劉裕進據鄭城。泓使姚裕、尚書龐統屯兵宮中,姚洸屯于灃西,尚書姚白瓜徙四軍雜戶入長安,姚丕守渭橋,胡翼度屯石積,姚讚屯霸東,泓軍于逍遙園。鎮惡夾渭進兵,破姚丕于渭橋。泓自逍遙園赴之,逼水地狹,因丕之敗,遂相踐而退。姚諶及前軍姚烈、左衞姚寶安、散騎王帛、建武姚進、揚威姚蚝、尚書右丞孫玄等皆死於陣,泓單馬還宮。鎮惡入自平朔門,泓與姚裕等數百騎出奔于石橋。讚聞泓之敗也,召將士告之,眾皆以刀擊地,攘袂大泣。胡翼度先與劉裕陰通,是日棄眾奔裕。讚夜率諸軍,將會泓于石橋,王師已固諸門,讚軍不得入,眾皆驚散。


劉裕は進みて鄭城に據す。泓は姚裕、尚書の龐統をして兵を宮中に屯ぜしめ、姚洸をして灃西に屯ぜしめ、尚書の姚白瓜をして四軍雜戶を徙し長安に入らしめ、姚丕をして渭橋を守らしめ、胡翼度をして石積に屯ぜしめ、姚讚をして霸東に屯ぜしめ、泓は逍遙園に軍す。鎮惡は渭を夾み兵を進め、姚丕を渭橋に破る。泓は逍遙園より之に赴くも水は逼り地は狹かれば、丕の敗るるに因り、遂に相い踐みて退る。姚諶、及び前軍の姚烈、左衞の姚寶安、散騎の王帛、建武の姚進、揚威の姚蚝、尚書右丞の孫玄らは皆な陣にて死し、泓は單馬にて宮に還ず。鎮惡は平朔門より入り、泓と姚裕らは數百騎にて石橋に出奔す。讚は泓の敗を聞くや、將士を召じ之を告ぐ。眾は皆な以て刀を地に擊ち、袂を攘いて大いに泣く。胡翼度は先に劉裕と陰にて通じ、是の日に眾を棄て裕に奔ず。讚は夜に諸軍を率い、將に泓と石橋にて會さんとせど、王師の已に諸門を固むらば、讚が軍は入りたるを得ず、眾は皆な驚き散ず。


(晋書119-27_衰亡)




どれが長安城外で、どれが中なのか。単純に考えれば姚白瓜までが城内にいて、あとは城外守備なんでしょうね。つまり姚賛は城外で姚泓の敗北を聞き、さらに救援に駆けつけようとしても、時既に遅しの状態だったことになります。このひと潼関のときといい、「なすすべなく事態の推移を見届けるしかない」ポジションにいすぎじゃね……つらたん……。


次回、ついに、姚泓編最終回です。なんつーか、「ようやく楽にしてやれる」感じですわ。

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