希望はかくれんぼが得意なようだ。
歩く。歩く。歩く。歩けども、歩けども、概念は見つからない。あたりには概念体の屍がごろりごろりと放られている。走ったところで何も変わらない。広がる空間に概念はない。ただ、疲れが増すだけだ。
どれほど歩いただろうか。汗が首すじにまとわりついて気持ちが悪い。概念は一向に姿を見せてはくれない。
なぜ、私はこうも必死に歩き続けるのか。それは一歩先に行けば、この世界から逃げ出せるのではないかという甘い希望を抱いているからにほかならない。昨日までの慣れ親しんだ世界を、私の徒労にねぎらいの言葉をかけてくれる友人を網膜に描き、進む。しかし、その一歩を踏み出すごとに、希望は轟音と共に崩れ去っていく。あれほどまで心地よかった幻想が、無機質で鋭利な刃物へと変貌し、私を引き裂く。それでも、私は次の一歩を踏み出す前に、散り散りになった欠片からまた新たな希望を組立てねばならない。再び、轟音を聞くことになろうとも。そこらに散らばる欠片をいくら拾い集めても、すべてをすくうことはかなわない。幾度か再生と破壊を繰り返すうちに、私の背丈はあった希望は小指ほどの大きさもなくなっていた。
「このまま歩き続けたとしても、人はない。どういったわけか私を残し、概念は消え失せたのだ。」
私は独りごち、立ち止まり、頭を抱えた。この真白の世界は私の遠近感を狂わせる。目印にと目指すものよりも先に、その向こう側にあると思っていたものにたどり着く。近くへと手を伸ばしても触れられないが、遠くのものへは容易に届く。世界は明らかに狂ってしまった。砂を蹴飛ばせば霧が舞い、しかもその霧は次第に溶けてしまう(もしかすると、これらは全く別の物質、あるいは生命体なのかもしれないが、私にはこのようにしか形容できないことを分かってほしい)。この世界において、私の価値観というものは通用しない。
絶望、というにはまだ早い。私は己を奮い立て、また新しい白へと踏みだした。この白はさらさらと指の間をすり抜け、私の皮膚を焼いた。
様々な白に触れる度に、足の裏は鈍感になり、私を責めたてる。来た道を振り返っても私の足跡はない。この努力に意味はあるのか、と私に踏まれた白が嘲笑する。広がる景色は、多少の差異はあれど、どこもかしこも白と出来損ないの物体で構築されていた。
もう、何もかもが消え失せたのだ。私の友も、家族も、ここにはない。なぜ、私がここにいるのか。私は何のために一人残されたのか。……ここには、もはや希望などないのでは……。
「いいや、あるさ。
希望とは、かくれんぼが得意なようだ。必ず見つけ出し、君の遊びに付き合わせるのではないよ、と叱ってやろう。希望を探すのは骨が折れるぞ。なんせ、私はこの新たな世界について何も知らない。
しかし、そうだ。幸いにも私は地図をもっていないのだ。それはとても不安ではあるが、考えてみれば希望に満ち溢れているのである!己がどこにいるかわかってしまっていたら、先の絶望に耐えることはできない(この時点ですでに、私は進路には絶望しかないと直感していた)。一つ進むごとに生まれるあの甘い期待を味わえないではないか。見えることで、可能性が奪われてしまってはもうどうしようもない。私は無気力の塊となりその場を動くことのないただの屍と成り下がるであろう。一寸先は闇とも言うが、それはこれ以上ない至福なのである。きっと、私がこの歩みを止めさえしなければ、私は必ずしや女神、あなた様の微笑を拝見できるであろう!」
勢いづけてすべてを吐き出した。血走った目に上気した頬、息切れて上下させた肩はまるで野獣のよう。この前向きな痛々しいまでに純粋な言葉をこのような醜い体で紡ぎだしたのだ。この嘘が、私のために必要であるとわかりながら、己の紡ぐ科白に、私は耳をふさぎたい衝動に駆られ、自己欺瞞を一つ行うたびに、私の脳の奥の奥から悲鳴が上がった。
先ほどの言葉とは裏腹に、しばらくの間、私はその場にしゃがみ込んでいた……。靄が体にまとわりついてきたが、それらを払いのけはしなかった。
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