ガタンゴトン

口一 二三四

ガタンゴトン

 ――ガタンゴトン、ガタンゴトン

 ――ガタンゴトン、ガタンゴトン



 真夜中を走る電車に揺られる。

 お決まりの音を立てて進む様子はさながら鉄の大蛇みたいで、だとしたら自分はそれに食べられたネズミかなにかだろうと思った。

 周囲を見渡す。人はいない。

 乗車時は満員でないにしろ多くの人がいたはずなのに。

 みんな終点に着く前に下りたのか?

 いやそんなはずはない。

 終点の二つ手前の駅が住宅街なのもあって過半数がそこで降りるが、自分以外全員が降りるなんてありえない話だった。

 記憶を辿る。

 仕事のトラブルで残業をした帰り。

 改札を抜けてすぐ鳴り始めた発車のベルに急かされギリギリ飛び乗った終電。

 立っている人の間をすり抜け吊革に手をかけ夜景を眺めながら三つ駅を過ぎた辺り。

 丁度自分の前の座席が空き、座ると途端に睡魔が襲ってきた。

 ここまで遅くならないにしろ最近は残業続きで疲れていた。

 自分が降りる駅は終点。

 乗り過ごす心配は無いし、例え到着して起きなくとも車内を見回る運転手か駅員が起こしてくれる。

 そんな安心もあったのだろう。

 人を目覚まし代わりにするのは忍びないという考えに反してまぶたは閉じられ、心地よい振動も相まってすぐに寝入り。

 目が覚めると自分一人だけになっていたのだ。

 時間が経過するにつれクリアになる頭が事の異常性を知らせる。

 吊革を握っていた時にぼんやり眺めていた車窓も、街の灯りから黒一色に変異していた。


 ――ガタンゴトン


 中にいる自分など気にも留めず、規則正しく電車は進む。

 常日頃聞いてて気にならない音が、この時ばかりは気味悪く響いた。


 ――ガタンゴトン


 もう一度周囲を確認する。

 今度は座席を離れて連結部から他の車両を見渡す。

 正直それでなにか見えてしまったらどうしようかと嫌な想像が働いた。

 幸か不幸か見る限り自分以外人は乗っていなさそうであった。


 ――ガタンゴトン


 ひとまず胸を撫でおろす。

 座席に戻ろうと思ったが、座っていても仕方ないと車両と車両を区切る扉に手をかける。


 ――ガタンゴトン


 ……開かない。


 ――ガタンゴトン


 ……開かない。


 ――ガタンゴトン


 どういうわけか扉が開かない。


 ――ガタンゴトン


「……なんで」


 力強く引っ張る。


「なんで……」


 両手を使い揺らす。


「なんでっ!」


 ビクともしない扉に拳を叩きつけ、そこでようやく。


「……っ」


 心のどこかにあった楽観が消え、焦りが津波のように押し寄せてきた。


「……反対側」


 電車の進行方向に逆らい歩き出す。

 落ち着け落ち着けと心の中で呟くも体は言うことを聞いてくれず早足になる。


 ――ガタンゴトン


 開かない。


 ――ガタンゴトン


 開かない。


「……クソッ!!」


 閉じ込められている事実にまた扉を叩く。


 ――ガタンゴトン


 それをかき消すように電車の音が大きくなる。


 ――ガタンゴトン


「なぁ、出してくれよっ!」


 冷たい汗が額をつたう。

 誰に願っているのかと思ったがそうでもしないと狂いそうだった。


「なぁ! 頼むからっ!!」


 当然答えなど返ってくることもなく、力無く近くの座席に座る。

 埒が明かないと思考を巡らす。

 まだなにか手はある。今いるのは電車。だったら駅に着けば止まるはずだ。そこで降りてしまえばこの変な状況からも抜け出せ……。

 自分を落ち着かせるため働かせた頭が、肝心なことを気づかせる。



 そういえば、あぁ、そういえば。

 随分長い時間走り続けているが。


「……この電車、いつ駅に止まるんだ?」



 ――ガタンゴトン、ガタンゴトン

 ――ガタンゴトン、ガタンゴトン

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