08話.[ぼくも好きだよ]

「あ……寝ちゃってた」


 体を起こしたら床で寝たからなのか背中が痛かった。

 いまはまだ11時ぐらいのようだから焦る必要もなさそうだ。

 清美は先程よりは多少マシな感じで寝ていたので、少しだけ安心。


「清美、お水を飲まないと」

「……うん」


 意外と早く反応してくれて助かった。

 こちらとしても寝ているところを起こしたくなんかないけど、もしそれをしないのであればこうして残ったことが無意味なものになってしまうから。


「ふぅ、あんたは自由にしてていいよ、お腹だって減ってきたでしょ?」

「清美がお腹減ったなら一緒に作る」

「……じゃあ、うどん食べる」

「作ってくるね、それまで転んでて」


 優しい感じに仕上げたい。

 幸い、両親は濃い味付けが苦手だったのでそれには慣れている。

 それにこういうときに優しいおだしの味がいいから。


「できたよ」

「うん……いただきます」


 食べづらいだろうからとこちらも自分の分に集中する。

 ……冷静になるとずる休みなんかしているのが非常に申し訳なくなってきていた。

 だからそれをごまかすようにずずずと吸って少し片付けておく。


「朝よりは体調いい?」

「うん、ちょっと寝て楽になった」

「なら良かった、あ、無理して全部食べなくていいからね」

「美味しいから大丈夫よ」


 食器を受け取って洗っておいた。

 そうしたら寝室に戻って清美をまた寝かせる準備をする。


「さっき手を握った?」

「うん」

「……あんたが夢に出てきた」


 夢の中の自分が酷い感じなのが容易に想像できた。

 だって普段は我慢していることだってなんでもできるような場所だから。


「寝すぎてあれかもしれないけど転んで?」

「うん」

「早く治せば大好きなソフトボールができるから」


 ブランケットを全部使用してかかってない場所がない状態にする。

 って、本当なら床で寝かせるのは良くないんだけど……流石に姉のだからどうしようもない。

 梅雨だから洗って干しても乾かないし、いっぱいかけるから我慢してほしかった。


「寒い……」

「あ、それならぼくのジャージの上着でも着る?」

「うん、着る」


 彼女に渡して、彼女が着ている最中に不思議な気分になった。

 ぼくは基本的に看病する側ではなくされる側だから本当に違和感。

 本当はぼくが風邪を引いて、19時過ぎに帰ってきた清美に「馬鹿ね」と言われる展開では?

 とにかく、そんな変な感じがすごいけど早く治してほしいというのがいまの気持ち。

 だって明日も休んでしまうと長時間関わることのできる日に転んでいる羽目になるから。


「暖かい」

「なにかあったら言って」

「手を握ってて」

「分かった」


 今日の彼女の手は普段より熱い。

 でも、寒いと言っていたからこれで更に足しになればいいなと考えていた。

 まだまだ調子が悪いのか、割とすぐに寝息を立て始める彼女。

 手を握るぐらいしかしてあげられないのはもどかしい。

 いっそ、抱きしめておけば熱をうつせて……って、それはただ触れたいだけか。


「あ」


 しまった、トイレに行きたい。

 でも、手を離すとまた起こしてしまうかもしれないし、来週になればこうして甘えてくれることもなくなるから駄目だ。

 ……だったら漏れることぐらい――いや、


「ごめん」


 彼女が起きないように手を離してトイレに駆け込んだ。

 ふぅ、流石にこの歳にもなって漏らすのだけは嫌だったから助かった。

 

「……なんで離れんのよ」

「あ、それなら抱きしめる?」

「抱きしめる」


 うぇ……実際にされるとは思わなくて驚いて。

 夜から朝にかけての匂いとは全然違った、もう濃密すぎてやばい。

 あ、でも清美が自分のジャージを着ていることによって少し落ち着く。


「……臭くない?」

「うん、問題ない」


 洗剤の匂いに集中しておけば問題もないだろう。

 もし彼女の匂いをもっと求めてしまったときは、そうなったら止まらなくなると思う。


「また少し寝るわ」

「おやすみ」


 こっちもどうしようもなくならないように寝ればいい。

 というか、目を閉じているから考え事をしているぐらいしかできることがなかった。




「文ちゃん、起きてください」

「……おかえり」


 おか……え、姉がいるということはもう夜ということ?

 あ、別に病人より寝てしまっていたなんてことにはなっていないようだ。


「今更ですが、おふたりにはベッドで寝てもらうべきでしたね」

「ごめんなさい」

「どうしてですか?」

「嘘をついた、清美の側にいてあげたくて休んだから」


 恐らく、丸わかりだっただろうけど。

 姉は「お友達のことを考えて行動できたのは偉いですね」と言ってくれた。


「でも、嘘をつかれたのは悲しいです」

「ごめんなさい……」

「それでももう言っても仕方がないですからね、それに清美さんのこの寝顔を見れば文ちゃんがいてくれて良かったと分かりますから」


 お腹空いた……でも、ご飯食べたーいなんて呑気に言ったら嫌われる。

 なので、姉がご飯を作ると言って出ていった後に静かに呟くことにした。


「……食べてきたらいいじゃない」

「な、なんの話?」

「というか、正直に言ったのね」

「うん、それとこれとは別だから」


 それでも清美を優先したことは疑わないでほしい。

 朝も考えたけど、あのまま無理して行っていたところでなにも意味がなかった。

 恐らく授業中なんかにも寝てしまったり、話しかけられても上の空だったりしてしまって嫌われてしまうだけだったと思う。

 しかも清美のいてくれという頼みを無視してそれだった可能性が高いのだから怖い話だ。


「うどん、美味しかったわよ」

「ありがとう」

「ちょっとこっちに来て」

「ん」


 彼女は体を起こして頭を撫でてくれた。

 正直に言ってそんなことをしてくれなくても今日はすっごく堪能できたからいい。

 だからこっちのことを気にしなくてもいいから早く治してソフトボールをやってほしい。


「好きよ」

「ありがと」

「そうじゃなくて、告白の返事よ」

「どうして?」


 まだ体調が悪いのかと不安になっておでこに触れてみたら普通だった。

 先程から普通に話せているから大丈夫ということで……つまり、素から?


「本当は言われたときめっちゃくちゃ嬉しかったのよ。でも、私もって言うのは恥ずかしくて保留という形にしてもらった形ね。今日急に言おうと思ったのはあんたが私のために休んでくれたから、ま、褒められることじゃないんだけど」


 彼女は「言おうと思ったんだけど体調が良くなかった」と言って笑った。


「来週からはちゃんと通うわよ」

「うん、これ以上ずる休みはできないから」


 それからは一緒に姉作のご飯を食べて、お風呂に入って寝る――はできなかった。

 両親から帰ってこいと言われたらしく、清美は家に帰ることになってしまったからだ。


「私が送ってきます」

「それならぼくもっ」

「駄目です、嘘をついた罰としてお家にいてください」

「……うん、清美……」

「大丈夫よ、来週の月曜日――今週の日曜日に会いに行くから」


 それなら少しは我慢しないと。

 好きな子を優先して悪いことをしてしまったから。

 これからの自由を制限されても嫌だから大人しくお風呂に入って転んでおくことにした。


「拗ねないでくださいね、お母さんとお父さんから文ちゃんを預かっている人間として厳しく対応しなければならないときもあると思うのです」

「悪いのはぼくだから」

「実は、朝の時点で分かっていたのですけどね」

「やっぱり?」

「はい、少し演技している感じがすごかったので」


 もう少しぐらい磨いておく必要があるかもしれない。

 そうすればなにかがあったときに――いや、いい能力とは言えないからいらないか。




「あれ、今日も美幸さんいないの?」


 すっかり元気になった清美に急遽呼ばれたのだと説明しておいた。

 ぼくだってゆっくりしてほしかったからこれは結構残念な形となる。

 最近はなんか甘えてしまってばかりだからマッサージでもしてあげたかったのに。


「まあいいや、あんたさえいれば最終的にはね」

「え、あ、う……」

「大好きとか堂々と抱きしめながら言ってきたくせになに狼狽えてんの?」

「……風邪でおかしかったわけじゃないの?」

「あんた馬鹿にしてんの? 体調が悪かろうと意識ははっきりしているんだから自分の意思で口にしたわよ、寝ぼけて抱きしめてきたあんたとは違うの」


 それならばと抱きしめながら嬉しいとぶつけておいた。


「おめでとう」「おめでとー」

「どうやって入ったのよ……」


 確かにそうだ、彼女が来てから鍵を閉めたというのにどうして。


「でも、もうちょっと相手をしてほしかったなー」

「これからも一緒にいる、香菜さんが良ければだけど」

「じゃあよろしくっ、死ぬまで一緒にいようねっ」

「気持ち悪いよ、ごめん文」

「ううん、言い方はあれだけどずっとお友達でいたいから」


 年をとってからもこうして集まれたらどんなに素敵なことか。

 なかなかできることじゃないからこそ憧れる、いつまでもお友達ではいられるから。


「そっかっ、じゃああたしもいさせてもらおうかな」

「うん、明菜にもいてほしい」

「ありゃ? どうしてあたしは呼び捨て?」

「色々なことを話してくれたり、心配してくれたりしたから」

「じゃ、これからもよろしくっ」


 こくりと頷いて差し出してきた手を握らせてもらった。

 そうしたらふたりは満足したのか出ていってしまった。


「ふぅん、あんたは明菜といれば?」

「す、拗ねないで……」

「は? 拗ねてないんですけど」


 寧ろか、彼女が誰かを嫌っていなくていいのではないだろうか。

 お友達を悪く言われる方が堪えると思う、少なくとも自分ならそうで。


「明菜や香菜さんはぼくにも優しくしてくれた」

「分かったわよ……ん」

「え?」


 彼女は片目だけを閉じてなんらかのアピールをしてきた。

 分からなくて固まっていたら「私はっ?」とぶつけられて納得。


「もちろん、清美は最初からずっといてくれたから嬉しかったよ?」

「許す、ははっ」

「はははっ」


 受験のときのぼくはナイスだった。

 それがなければきっかけ作りが大変だったから。

 あの日グラウンドに行っていなければ魅力に気づくのに遅れていたかもしれない。

 本当にちょっとの選択ミスで全く違った感じになっていたのだから怖い話だ。


「好きよ、あんたこそずっと一緒にいてくれたから」

「ありがと、ぼくも好きだよ」


 だから、この関係を続けられるように今度は頑張りたい。

 と同時に、明菜や香菜さんとも仲を深めていきたかった。

 あの約束を叶えるために、信じて行動し続ければ無意味なことなんてないと思うから。

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