聖夜の約束 -強い想いは光り輝く-

兎舞

第1話

 今日は、クリスマス前夜。地上では「クリスマスイブ」と呼ばれる日。誰もかれもが神の誕生を祝福し、祭りを催し、祈りを捧げる。一年で一番地上の全てが輝く日である。


 しかしここに、羽根ペンを片手に『う~~ん』『あ"~~』『む~~~』と唸り続ける少年が一人。もとい、少年天使が一人。

 名をマリエル。大天使学院で指折りの。そしてこの私、三大天使の一人ガブリエルの息子である。

 我が子ながら毎度毎度悲惨な成績で本当に毎日首根っこ押さえつけて勉強させているのに全然やる気がない。私譲りの輝くような金髪と翠の瞳は天界一可愛くて美しい!それなのに全くどうしてこう勉強だけ出来ないのか……。ぶつぶつ……。


 おお、いけない。つい誰にも漏らしたことが無い愚痴が。失礼、失礼。

 そう、天使といえど一人前になるためには山のように勉強をしなくてはいけない。そして折々に試験を受けて順調に知識や技術を習得出来ているか、天使として正しい心根が息づいているかをチェックされる。成人した暁にはすぐに世界中に派遣され、人間たちを守り正しく導くための大切な勉強である。

 しかし我が息子は……。母の欲目かもしれないが、心根は全く問題ない。優しく自己犠牲心は誰よりも強く間違ったことにはそう指摘する強さもある。しかし、所謂『座学』が壊滅的で、これこの通り学生も総出で地上へ降りるクリスマス前夜なのに、一人大図書回廊で居残り勉強中なのである。


 きっと退屈しているだろうと意識を飛ばして様子を見に来てみれば……。ああ、こら!船漕ぐでない!鼻をほじるな!


◇◆◇


「なーーーんで僕だけ居残りなのかなーーー。そりゃ試験はビリッケツだったけどさー、居残りなんて明日でもいーじゃんー。あーあ、カマエルもシエルもみーんな地上かぁ、いいなぁ。僕も行きたかったなー……」


 ダメ元で母様にお願いしたが秒で家から追い出され、図書回廊に閉じ込められた。自分は天界で一番見晴らしがいい場所で、年に一度のお祭りの監督指揮だ。雲の上から見下ろす地上はキラキラして星をちりばめたようだ。子供の頃一度だけ母様に連れられて見たことがある。イルミネーション、って言うんだっけ。でもそれだけじゃない、人間たちの幸せを願う気持ちが光になって地上を埋め尽くすのだと、母様が教えてくれた。その光は当の人間たちには見えないらしい。勿体ない。本当に夜空も顔負けなくらい綺麗なんだ。


「今年も見れなかったーーー。てか毎年見れねーし。なんで皆あの難しい試験パス出来るんだろう?」

 明日からちゃんと勉強するから、今日は見逃してくれないかなぁ。


 チラリと周囲を見回すと、さっきまで入口を見張っていた管理官が、いない……?あれ?どこ行ったんだろう……。

 トイレかな(天使だって出す物は出す)、食事かな(天使だって働けば腹は減る)、しかしどっちだとしても……これってチャンスじゃね?

 何の?そりゃ決まってる、抜け出すチャーンス!!


 音を立てないように椅子を引いて、窓へ近寄る。一瞬、祭壇の神様から睨まれたような気がしたけど……、ごめんなさい、明日から本気出す!

 ペコっと頭を下げ、ついでに蝋燭の間に飾られていた聖十字架を手に取って、僕は大窓から外へ飛び出した。


 やったーーーー!!!!

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