ミサイルランチャーマン

たちかぜしず

第1話

 都内某所、辺りを圧倒するほど高層で多数の入居企業をもつビルディング『ミライのシアワセ』は、凶悪怪人パワハラ―によって占拠された。

 中に閉じ込められていた、ある人質サラリーマンの決死の通報によって警察が駆けつけたときには、すでにビル内部はキルゾーンならぬパワーハラスメントゾーンとなっていた。


 入り口には警察の侵入を阻み、人質サラリーマンの逃亡を阻止するために、怪人の部下がバリケードを築いていた。パトカーの後ろで警察官達が様子をうかがっていた。


「これでは手が出せません! どうしますか警部!?」

「怪人め……。おい、犯行声明はでてるか?」

「いえ。あっ、今犯人からの声明が届いたようです。読み上げます。〈ケイムショに囚われている同胞を即刻開放しろ。即刻要求に従わないなら、1分たつごとに1人ずつひどい目に合わす〉とのことです!」

「くそっ! そんな要求を国が飲むわけがないだろう!」


 警部がパトカーを殴り唸る。こうしている間にも、人質はパワーハラスメントによって心を壊されているのだ。

 周囲の警察官がだまって警部を見る。警部はその視線を受け止めて、一つの結論を出した。


「突入だ。俺たちで人質を助けるぞ!」

「――そう言うと思ってましたよ!」「やってやりましょうぜ」「シャオラ―!」


 その場にいた全員が同意した。全員の目から熱い正義が溢れていた。


「全員準備をしろ! A班は俺について来い。B班とC班は援護、俺たちが入り口を突破したらついてこい!」

「「「ラジャー!」」」


 警部はスラッグ弾を装填したショットガンを、周りの警察官は支給拳銃を手にした。警部はガチャコンとコッキング。


「よし準備はいいな。俺が飛び出したら各々の仕事をこなせ。――GOGOGO!」


 警部がパトカーから飛び出し、ビルの入口へ向かう! と、思ったその時、ビルの入口に陣取っていた怪人部下の1体が、辞表カッターを投げつけた! サクッと軽い音がして、カッターが警部の額に突き刺さる!


「け、警部!?」


 警察官の一人が慌てて警部に駆け寄った。カッターは警部の頭を貫通しており、そこから赤いジャム(比喩的表現)がドバドバと溢れていた。


「警部殉職!」



『ミライのシアワセ』最上階の社長室のチェアーに、怪人パワハラ―が座っていた。怪人パワハラ―は醜い肥満体を着崩したスーツを押し込んでいた。

 その周りに、数人の人質サラリーマンが無表情で立っていた。皆、死んだ目で空虚を見つめていた。


「おいお前! 俺様のために今すぐ茶をくめ!」


 怪人パワハラ―が手前の人質サラリーマンに怒鳴った。人質サラリーマンAがお茶を作り、湯呑をデスクの上に置いた。


「遅い! まったく、トロ臭いやつだ」怪人パワハラーはそう怒鳴ってから、一口お茶をすすった。「――熱っ! おい! 火傷したじゃねえか! どうすんだ! ぐず!」


 怪人パワハラ―はお茶の入った湯呑を人質サラリーマンAに投げつけた! 湯呑は、人質サラリーマンAの頭に直撃し熱いお茶がぶちまけられる。


「申し訳ございません」死んだ目で頭を下げる人質サラリーマンA。

「グズ! お前の代わりはいくらでもいるんだぞ! おい! わかってるのか!」

「申し訳ございません」

「ふん」


 また1人パワハラをきめて満足な怪人パワハラ―は、人質サラリーマンBに持ってこさせたミネラルウォーターで口を冷やした。


「さてと、要求はいつ飲まれるか。ま、遅ければ遅いほど、ワシのお楽しみが増えるからいいけどな、ガハハ。のう、そこのお前、お前もそう思うだろ?」

「は、はい。おっしゃる通りで……あぅ!」


 ガシャン! 怪人パワハラ―が投げたコップが人質サラリーマンCに直撃! 頭に冷たい水がぶちまけられる!


「返事はハキハキしろ! ぐず!」

「申し訳ございません」死んだ目で頭を下げる人質サラリーマンC。


 そんな悪夢のような光景を、部屋の隅のデスクの影から見守る影が二つ。


「どうすればいいんですか先輩。このまま怪人の横暴を許していいんですか?」

「俺たちに何ができるっていうんだよ。あの黒帯の課長が瞬殺だったんだぞ。俺たちにはここで隠れてることしかできねえよ」

「うう、警察は何をやっているんだ……」

「さあな。電波妨害が入る前に通報はしたから、いずれ来るだろ。それまで、ここにいることをバレねぇ様にしねえと」


 ひそひそ声で会話をする2人。2人は、間近で怪人パワハラ―のパワーハラスメントの一部始終を見続けている。これは良くない!

 そんな2人に気が付かず、怪人パワハラ―は人質サラリーマンDに方を揉ませ、人質サラリーマンEに足を揉ましていた。なんという悪質パワハラ!


「もっと気合い入れて揉まんかい! こんな簡単な仕事もろくにできねえた、給料泥棒もいいところだなおい! 手を休めるなよ!」


 バタリ


 直立を強いられ続けていた人質サラリーマンFが倒れた。とうとう耐えきれなくなったのだ。


「チッ」怪人パワハラ―は舌打ちを一つすると、おもむろに柏手を打った。すると、怪人部下が2人部屋に入ってきた。「おい、そこのゴミを捨ててこい」

「イー!」


 怪人部下は、人質サラリーマンFの足を引きずって部屋から出ていった。


「クソッ、好き勝手やりやがって。サラリーマンは奴隷じゃねえぞ。」

「先輩、まずいですよ! なんとかしないと、うっ……うー!」

「馬鹿! 騒ぐな!」


 発狂寸前の後輩を押さえつける先輩。パワーハラスメントは近くで見ているものにも影響するのだ!


「クソックソッ。こうなったら俺がなんとかするしか」


 先輩は護身用警棒を手にした。目がぐるぐるしていた。さすがの先輩も限界一歩手前なのだ!


「やってやる、やってやるよ! 奴のタマ取って金バッチじゃい!」


 己に活を入れた先輩がデスクから飛び出そうとしたその時、どこからかとても大きなプロペラの回る音が聞こえてきた。


「なんじゃあ!? 騒がしいぞ!」


 怪人パワハラ―が怒鳴った。人質サラリーマンDとEを乱暴に押しのけて、窓の外を見た。

 外に、大型の多目的ヘリコプター――黒鷹落下に出てたやつだ!――が、ホバリングしていた。そして、ヘリコプターの開いたドアから男の姿が見えた。

 男はクルーカット。カラスの羽のように真っ黒なサングラスをかけ、丈夫そうなコートを羽織っていた。そして、手には大きな四角形の箱を持っていた。


「あん? なんじゃぁ……」


 突如、男が持っていた四角形の箱から、ミサイルが飛び出した!

 ミサイルはまっすぐ怪人パワハラ―がいる階に飛んできて……怪人パワハラ―に直撃して爆発した!


「GYAAAAAAAAAAAAAA!」


 怪人パワハラ―の左腕から先が消し飛び、本人も爆風で壁に叩きつけられる! 人質サラリーマンはとっさの判断で伏せたので無事! 先輩と後輩はデスクの後ろだったから無事だ!


「な……なんだ!?」


 先輩が目を白黒させていると、ヘリコプターの男が跳んで部屋に入ってきた。手に持った四角形の箱に空いている穴から煙が出ている。ヘリコプターはどこかへ飛んでいった。


「あ、あれは……ミサイルランチャーマン!」


 突然叫ぶ後輩。ミサイルが爆発した衝撃で、正気を取り戻したのだ!


「お前、あれが誰だか知ってるのか?」

「ええ。コードネーム〈ミサイルランチャーマン〉。その名の通り、ミサイルランチャーを武器にしているハンターです。噂では、某国のエージェントだとか、某国の大統領だとか言われていますが、真相は謎に包まれています」

「そ、そうか。よくわからないけど、とにかくすごいんだな」


 2人が見守る中、ミサイルランチャーマンはつかつかと怪人パワハラ―に近づいていった。


「クソッ、俺様を誰だと思ってる! 俺様の左腕をどうしてくれるんだ! この野郎! 社会の厳しさを教えてやる!」


 怪人パワハラ―は壁から身体を引き剥がした。そして、素早い動きでミサイルランチャーマンに襲いかかった!

 怪人パワハラ―の大ぶり右パワハラフック! ミサイルランチャーマンはダッキングで躱す! 怪人パワハラ―の右パワハラキック! ミサイルランチャーマンは片手で蹴りを受け止めて、そのまま足を折った!


「GYAAAAAAA!」床で転がる妖怪パワハラ―。


「つ、強い……あれがミサイルランチャーマン」感嘆を上げる先輩。


 ミサイルランチャーマンは、怪人パワハラ―の左足を掴むと、粉々に粉砕されている窓の方へ向かった。


「クソックソックソーッ! 俺は偉いんだぞ!」


 ミサイルランチャーマンは、わめく怪人パワハラ―に目もくれず、ビルと空の境界一歩手前で止まった。

 そして、ごみを捨てるかのように、怪人パワハラ―を外に投げ捨てた。


「You Die」ミサイルランチャーマンが言った。


 ミサイルランチャーからミサイルが20発ほど、放たれて空中の怪人パワハラ―に次々と突き刺さる!


 KA-BOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOM!

 怪人パワハラ―は爆散した。


 ◆


 怪人パワハラ―が死んだことで、あの後すぐ怪人部下は自然消滅した。人質サラリーマン達も正気を取り戻した。何人かは、カウンセラー通いになってしまったが、じきに元の日常に戻るだろう。


「大変な一日でしたね」後輩が缶コーヒーを飲みながら言った。

「ああ、そうだな」タバコを吹かす先輩。

「そういえば先輩、金バッチってなんですか?」

「忘れろ」


 先輩はヤクザ映画が大好きだった。


「それにしても、いつの間にかいなくなってたよな、ミサイルランチャーマン」

「そうですね。まあ、忙しいんでしょうね」

「だな」


『ミライのシアワセ』の屋上で平和を満喫する2人の頭上には、すがすがしい青空が広がっていた。

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