盈月のプロセルピア

美紅李 涼花

第1話 此岸に咲けるは萩の花

平気、まだ大丈夫。

そう言い聞かせて階段を登る。

高校生活も2年目。去年より遠くなった教室に足を押し進める。

大丈夫、今日は平気。

何もない、何も起こらない。

階段を上りきり、廊下を曲がる。

文系の教室は一番奥にあるからまだかかる。

大丈夫、だいじょうぶ、だいじょう...

「あっ、咲耶さん来ちゃったじゃん!」

「早くどけよなぁ。」

此方に目を向けると彼らは嫌な笑みを浮かべて私の椅子に座る人物に揶揄うように声をかけた。

「あっ、ほんとだー!ごめんね、咲耶さん!」

「うっ、ううん...。」

なんとか声を絞り出す。彼らと極力目を合わさない様に、私に向けられた濁った色を知覚しない様に。私の戸惑う様子に満足したのか彼らは足早に教室を後にする、もちろんその好奇に満ちた目を私からそらすことなく。

「...っ、はぁ、はぁ。」

息が、吸えない。あの目が、私をいやらしく見つめる穢れた双眸が忘れられない。

無理だ、やっぱり。彼らと同じ空気を吸うことさえ恐ろしい。

(トイレ...この時間なら一階の昇降口横がまだ空いてるはず...)

私は荷物を邪魔にならない様フックにかけ、スマホだけを抱きしめて早足でトイレに向かった。


(助かった...)

私は一番奥の数少ない洋式トイレの個室の鍵を閉めるとその場にへたり込んだ。暫くその場で座っていると不安定だった呼吸も心音も穏やかになってきた。これで大丈夫だろう。

(だけど...)

彼らは今頃教室に戻っているだろうし、戻っていないとしても誰もいない教室にポツンと佇める度胸は私にはない。どっちみち10分のチャイムまで此処に居るしかない様だ。


いつからだろう。男の子ほど恐ろしいものはいないと思うようになったのは。

いつからだろう。誰かからの視線がこれ程怖くなったのは。

「咲耶の足はカメの足だよな」と囁かれた時?

「咲耶のくせに何笑ってるの?」と嘲笑われた時?

それとも、

「霧島さんってイイよなぁ。」と思ってもいないことを言われて三日月にその目を歪ませた顔を目にした時?

「ヒュッ」

どうしよう、やばい、息、

上がって、とまらな

その時だった。

「大丈夫!?息ゆっくり吸って!!」

扉の向こうに天使の声を聞いたのは。

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