05

「へっ?」


 意表を突かれたチルリルが頓狂な声を上げる。


「あのクセの強い香りも、個人的には嫌いじゃないわ。あの味と香りを損なわずに別の材料で代替できるようにレシピを改良する必要があるわね」

「ちょ、ちょっと待つのだわ!」

 淡々と講評を続けるメリナをチルリルが遮る。

「も、もしかしてメリナ、アレを食べたのだわ!?」

「当たり前でしょう? そのために来たんだから」

 メリナがいつもの腕組みポーズで言う。

「もちろん他の品も吟味させてもらったけれど……率直に言って、どれも想像以上に美味しくて驚いたわ。さすがはアルドの仲間たちね」

「え? あ、ああ……」

 曖昧な返事しか返せない。アルドもこのメリナの行動には意表を突かれていた。

 無駄を嫌うメリナの性格上、言ってしまえば明らかな『失敗作』とわかっているものをわざわざ食べるとは考えにくい。

 それに副作用のこともある。他のメンバーも心配そうにメリナを見つめていた。

「メリナ、その……大丈夫なのか? 頭がぼうっとするとか、お代わりが欲しくてたまらないとか……」

 アルドの心配をよそに、メリナは事もなげに首を振る。

「無用な心配よ。自分を律する鍛錬は十分に積んできたし、食欲に負けるようじゃ副祭は務まらないもの」

「そ、そうなのか? すごいんだなメリナは……」


 考えてみれば確かに、メリナがお菓子のお代わりを求めて暴れる姿など想像もつかない。だが、アナベルですら抗えなかった強い中毒性にも打ち克つとは、いったいどのような修行をしてきたのだろう。


「とにかく、私からは以上よ。今回の結果だけではあなたの主張を認めることはできない。だけど……もしまだ諦めるつもりがないなら、次はいま私が言ったことを踏まえて用意することね」

 そう言い残して立ち去ろうとするメリナに、チルリルが「待つのだわ!」と引き止める。

「い、いまなんて言ったのだわ!?」

「……何度も言わせないで」


 メリナが振り返る――照れ隠しのように頬を膨らませて。


「次回も参加させてもらうわ。あくまで仕事として、だけど」


 去って行くメリナを、チルリルは呆然とした顔で見送っていた。

 傍から見ればただ不合格を言い渡されただけで、場合によっては険悪な関係にも見えるかもしれない。

 しかしアルドは、二人のやり取りに心から安堵していた。


 幼い頃から神童と呼ばれ、『翼持つ子』として祭り上げられたメリナ。その小さな肩に重責を背負わされながら、泣き言のひとつも言わずに努力を続けてきた。

 チルリルは、そんなメリナの横に立つことをずっと考えてきた。

 『剣持つ救世主の生まれ変わり』を自称するチルリル。誰に笑われたっていい。神に祈るだけ、誰かに依存するだけではなく、自らが人々を救える存在になる。それは嘘偽りない心からの願いであり彼女の信念であったが、理由はもうひとつあった。


「自分が世界を救える存在になることで、メリナの負担を、孤独を、少しでも紛らわせることができるなら――」


 今回のパーティも、『お菓子で世界を救う』なんてのは口実で――いや、半分くらいは本気だったのかもしれないが、それでも本来の目的が別にあることはアルドにもわかっていた。

 甘いものが好きなメリナに、世界で一番美味しいお菓子を。

 人々の救済のためだけに人生を捧げてきたメリナに、一日くらいは仲間たちと屈託なく過ごす〝ただ楽しいだけ〟の時間を。

 そしてきっとその想いはメリナにも届いているはずだと、アルドは信じていた。


「……よかったな、チルリル」


 アルドが声をかけると、はっと我に返ったチルリルが「ふ、ふんなのだわ!」とそっぽを向く。


「まったくメリナったら素直じゃないのだわ! みんなと一緒にお菓子が食べたいならそう言えばいいのに!」

「ははっ! そうだな!」


 すっかり元気を取り戻した様子のチルリルに、他のメンバーも表情を緩ませる。


「うむ! これでめでたく第二回の開催も決定と相成ったでござるな!」

「本当によかったわ。まだまだ皆の話を聞きたいもの」

「ええ、私も楽しみにしてるわ。……また節制しなきゃだけど」

「ふふ……わたくしを呼ぶ声ある限り、何度でも召喚に応じてあげますわ!」

「あはは。素直に『次も誘って』って言えばいいのにね~」


 再び盛り上がりを見せる一同に、チルリルも満面の笑みを浮かべる。


「みんな、その意気やよし!なのだわ!」


 すっかり元通り、いつもの無邪気で天真爛漫な少女の顔だった。


「ここに第二回『超時空おやつパーティ』の開催を宣言するのだわ! 次こそ最高のお菓子を作って、メリナをぎゃふんと言わせてやるのだわ!」


 すっかり当初の『世界平和のため』という設定を忘れている様子だが、それを指摘するのが野暮であることはアルドも心得ている。

 故に、別の指摘をすることにした。


「それはいいけど、きつい匂いで皆をぎゃふんと言わせるのはもうやめてくれよ?」

「んなっ!? あ、あれはマスターが……うう……も、モケもなんとか言ってやるのだわ!」

「きゅっ!?」


 しどろもどろになるチルリルに、場が笑いに包まれ――

 こうして第一回『超時空おやつパーティ』は無事に幕を下ろしたのであった。

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