03
「うちで一番美味しいデザートのレシピを教えてくれ、だって?」
唐突に押しかけてきたチルリルの依頼に、アクトゥールの酒場のマスターが困惑した表情を浮かべる。
「お願いなのだわ! 世界の平和のためにどーしても必要なのだわ!」
「世界平和? ……よくわからんが、他でもないチルリルちゃんの頼みなら応えないわけにもいかないな」
「本当なのだわ!? ありがとうなのだわマスター!」
快諾され、満面の笑顔で応えるチルリル。
普段からアクトゥールやラトルで活動しているチルリルは知らぬ者がいないほどの有名人であり、また人気者でもある。
その要因としては、宣教師としての精力的な奉仕活動により「尊敬されている」というより、彼女の持ち前の奔放さ、子供らしい無邪気な明るさにより「愛されている」という方が正しい――『剣持つ救世主の生まれ変わり』として畏敬の念を向けられることを望んでいるチルリルの意に反して、ではあるが。
「それで、どんなデザートなのだわ!?」
「ああ。実はこの店に代々伝わる秘伝のレシピでね……その名も『魔性のクイーンババロア』!」
拳を握りしめて叫ぶマスター。一方のチルリルは、もっとかわいらしい名前を想像していたのか、微妙な面持ちになる。
「魔性……? なんだか怖そうな名前だけど、ホントに一番美味しいのだわ?」
「ああ、たぶんね。かなりクセが強い一品らしいんだが、一度食べたら病みつきになるって話だ」
「ふうん? よくわからないけど凄そうなのだわ。でも、『たぶん』ってことは、マスターは食べたことないのだわ?」
「まあね。実はこいつが秘伝にされてるのは理由があってね。言い伝えでは、魔物をおびき寄せちまうらしいんだ」
「魔物!? それって危険じゃないのだわ!?」
予想通りの素直な反応に、マスターが「ははっ!」と豪快に笑う。
「古い言い伝えだし、どうせ大袈裟に言ってるだけさ。うちで作るのは禁止されてるんだが、レシピだけあっても宝の持ち腐れだからな。こっそり教えてあげるけど、俺から教わったことは一応秘密にしておいてくれよ?」
マスターの言葉を鵜呑みにしてよいものか、チルリルはしばし悩んでいたが、やがて決意を固めた。
そんな言い伝えが残っているなんてむしろ特別感があっていい。それに、それほど人を夢中にさせるお菓子なら、世界一のスイーツと呼ぶに相応しいだろう。
「わかったのだわ! マスター、さっそく作り方を教えてなのだわ!」
「ああ。だがチルリルちゃん、もし本気で作る気なら十分注意してくれよ。なにせこのデザートの材料ってのが――」
* * *
「魔物をおびき寄せるって、じゃあさっきの魔物たちはやっぱり……」
「まさにその通りになったってことね。どうして言わなかったの?」
「うう……さっきまで完全に忘れていたのだわ……」
メリナの追及を受け、チルリルが肩を落とす。
世界に平和をもたらすどころか無用な危険を呼び込んでしまったわけであるから、責任を感じるのも当然だった。
「クセがあるというのは、あの強烈な香りのことかしら?」
「ええ。恐らくあの香りに魔物を呼び寄せる成分が含まれていたのね」
アナベルの疑問にレンリが答える。
「そして実際に口にしたが最後、もう一度食べたいという欲求が抑えられなくなってしまう……秘伝とされていたのも納得ね」
マスターは言い伝えを信じていなかったらしいが、それでも実際に作らなかったのは先代からの言いつけを守ってのことか、あるいはただ存在を忘れていたのか。
いずれにせよ、チルリルの喜ぶ顔見たさに深く考えることなくレシピを渡してしまったのだろう。
「でも妙ね」とメリナが腕組みをする。
「どんなに味や香りが優れていても、魔物が寄って来たり食べた人が我を忘れたりするものかしら?」
「確かに……。でも、じゃあ何が原因なんだろう?」
「考えられる可能性はひとつね」
と、メリナがチルリルに向き直る。
「正直に答えて。その『魔性のクイーンババロア』の材料は何?」
もはや借りてきた猫のように縮こまっているチルリル。
完全に観念したのか、素直に口を開いた。
「……レシピには三つの材料が書かれていたのだわ」
「三つ?」
「スライムから調合したゼラチン、アイザックの果肉、ダンシングから採取した蜜、なのだわ」
「ぜんぶ魔物じゃないか!!」
アルドの全力の突っ込みが酒場に響き渡る。
ババロアを口にした被害者たちは一様に口元を抑えて呻きを上げた。
「うええ……魔物を食べてたってことぉ?」
「それは聞きたくなかったわね……」
「拙者、いくら腹が減っていても魔物は食べないでござるよ……」
もちろん、魔物といっても千差万別であり、料理の材料として一部使われることもないわけではない。
だがしかし、百パーセント魔物由来のデザートとなるとさすがに常軌を逸している。知らずにそんな代物を口にしていたと聞かされて動揺するなという方が無理な話だった。
「そ、それの何が悪いのだわ!? 美味しいお菓子が作れるなら材料が何かなんて問題じゃないのだわ!」
「でも、皆がおかしくなったのはその材料が原因なんだろ?」
「間違いないわね。アイザックの果肉には強い中毒性があると聞くし、ダンシングの蜜の香りには魔物をおびき寄せる作用があるわ」
「……今回起きたことと完全に一致するわ。原因はあのババロアで決まりね」
メリナの証言を受け、レンリが裁定を下す。
「う、うう……」
探偵に証拠を突き付けられた犯人のように呻くチルリル。もはや反論の余地はなかった。
「……悪かったのだわ」
か細い声で謝罪の言葉を口にする。
「チルリルはいつもこうなのだわ。先走って空回りして、みんなに迷惑をかけて……」
「えっ? いや、そこまで思いつめるようなことじゃ……」
「全部チルリルのせいなのだわ!」
アルドのフォローも空しく、ついにチルリルが感情を爆発させた。
「もうチルリルにはこの場にいる資格なんてないのだわー!」
「あっ、チルリル!」
「きゅっ! きゅー!」
悲痛な叫びとともに駆け出し、そのまま酒場から出て行ってしまった。その後をモケが慌てて追っていく。
「参ったな……そんなつもりじゃなかったんだけど」
少し言い過ぎてしまったかと反省するアルド。せっかく元気を取り戻したばかりなのに、また落ち込ませてしまった。
「なあ皆――」
「後を追いましょう、アルド」
アルドが言おうとしていたことをアナベルが先に口にする。他のメンバーも同調するように頷いた。
「ずいぶんと思いつめていた様子でござったし、放っておけないでござる」
「そうね。私も強く言い過ぎちゃったし……。このままじゃ後味が悪いものね」
「うんうん。主催者がいないんじゃパーティにならないもんね~」
「わたくしの魔眼もそう囁いてますわ!」
「……ああ!」
チルリルを気遣う仲間たちの言葉に、アルドも気を取り直す。
起きてしまったことは仕方がない。それに、最後の参加者であるメリナも揃って、ようやくこれからというところだったのだ。
このまま終わっていいはずがなかった。
「そうだな。皆で後を追おう!」
アルドたちがチルリルを追って酒場から出て行き、後にはメリナだけが残される。
静まり返った部屋を横切り、テーブルへと歩み寄る。
「……八人分、ね」
テーブルには八枚の皿が並んでいた。その中の一枚に、数々の菓子が手つかずのまま残っている。
「まったく……本当に世話が焼けるんだから」
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