第20話 武装進化。
-武装との絆が上限に達しました。
-武装が進化します。
-同系統の絆が規定値以上の武装が存在します。
-武装の進化に連動します。
生存者の救助をした日から一ヶ月と少し、今日は七夕である。
そんな日に、どうしても秋菜のレベルに追い付きたいと言う春樹を連れて腐肉のダンジョンへ来た私は、本日たぶん十体目の腐肉を燃える模造刀で斬り殺し、チキンッと納刀した瞬間に、それは聞こえた。
「あん?」
最初は修羅が喋っているのかと思ったが、よく聞くとただのシステムコールだとわかった。
武装の進化とはなんぞや? 虚空を見ながら首を捻る私は、春樹の声でソレを知った。
「姉ちゃん! 姉ちゃんの剣がなんか光ってる!」
「はん?」
自分の腰を見ると、確かに三本の模造刀が全部光っていた。
マジで何ぞや。何が起きてるんだ。父さんの形見だぞコレ。変なことすんなマジでやめろ。
「うわぁぁぁぁあかっけぇー!」
Bボタン連打でキャンセル出来ないかと脳内ボタンを探している私は、ついにソレを止めることが出来なかった。自分でもちょっと混乱しているのだ。
見ると、ただの黒塗りの鞘だったそれに、それぞれ金の狐と銀の狐と白の狐の彫り込みや彫金が施された、メチャクチャ豪華な拵えになっているのである。
-武装進化完了。【形見の模造刀】は【金狐の幻想刀】に進化しました。
-武装進化完了。【形見の模造刀】は【銀狐の幻想刀】に進化しました。
-武装進化完了。【形見の模造刀】は【白狐の幻想刀】に進化しました。
凡庸な拵えだった模造刀は、それぞれ色違いの狐の意匠が施され、鍔も金属製の物の周りを狐の尻尾がごときモフモフが覆っていて、鐺や鎺にも狐の紋が彫られてる。
鞘から抜いてみる。
「……あん?」
「ね、姉ちゃん……、かわいっ」
刀を抜いた瞬間、頭と臀部に違和感があり、特に臀部の違和感は凄まじく、何と言うか、大きい方を漏らして下着の中に異物が収まってる様な感じなのだ。甚だウザったい。
だと言うのに、隣の春樹は当然私に可愛いとか言い始め、何が起きてるのかまるで分からない。
「……春樹、何があった? 私に何が起きてる?」
「えっとな、あのな、姉ちゃんの髪が、色変わって、頭に、耳が生えてる。ほらあれ、ケモミミとかいうやつ」
「マジか」
頭を触ってみる。
ふわふわだ。
側頭部に触れてみる。人耳もある。
「なるほど。つまり私は今、四つ耳タイプのケモッ娘になってるんだな? すると下半身の違和感はジャージの中にブチまけられた尻尾だな?」
私はジャージの中に手を突っ込み、下着やジャージの位置を調節して尾骶骨のちょい上位から生えてるモフリティが高い尻尾を外へ露出した。
「尻尾は金か……。春樹、………春樹?」
「ふぁっ? え、なに姉ちゃん?」
「お前、もしかして獣耳好きーなのか? もしくはケモナーなのか?」
何やら私を見つめて頬を染め、ぽやーっとしている春樹は置いといて、何故か自分の意思で動かせる尻尾を前に持って来て、自分の髪も自分で見る。
金髪に、金の尻尾だ。多分耳も金なのだろう。
「ふむ。抜いてるのが金狐の幻想刀だから、もしかして銀狐を抜けば銀髪、白狐を抜くと白髪になるのか? ……二本抜いたらどうなる?」
私が銀狐の幻想刀を抜くと、先程の様な違和感は無かったが、隣の春樹が「ふわぁぁぁぁっ……」と声を出したので、変化はあったようだ。
「春樹、そんなにケモミミが好きなら後でいっくらでも見せてやるから、今は状況を教えてくれ」
「え。あ、うん。えっと、可愛い」
「違うそうじゃない」
今の私はよっぽと春樹のストライクゾーンをぶち抜いているらしい。春樹が使い物にならない。
仕方なく移動を初め、ダンジョンの中にある服飾店を探して姿見を見つけた。
両手に金と銀を抜いた状態の私は、先端が銀で、根元に向かって金にグラデーションしていく耳と尻尾に、髪も同様のカラーリングになっている。
確かに超可愛い。我ながらケモミミ美少女すぎる。これは春樹の恋心を奪ってしまってもしょうがない。
「ただ、このケモミミ美少女スタイルにジャージがクソほど似合わないな。家に帰って久し振りに私服着るかな?」
金銀白の組み合わせを変えてみても、色の配置が変わるだけだった。
ただ右手と左手で色の配置が変わるとかは無く、根元から優先的に金、銀、白の順でグラデーションすると決まっているらしく、金は常に根元を染めて、白は常に毛先を染めていた。
そんな見た目の変化を若干楽しみつつ、幻想刀とやらに進化した父親の形見を見る。
模造刀だったそれは、今では立派な刃がついて、本物の鉄の重さと鈍い光を放っている。
刀身には金も銀も白も無く、全部同じく綺麗で冷たい鈍色だ。
模造刀の時と比べて、刀身が少し延びて身幅も広がった様だ。三本ともほぼ同じ寸法で、元がバラバラの模造刀であった事を感じさせない。
「完全にシリーズ化してやがる」
未だぽやっとしている春樹を伴ってダンジョン探索に戻って、本物の刀剣と化した父親の形見を腐肉に向かって振り抜いた。
豆腐を包丁で両断した時よりも手応えが無い。
「凄まじいなぁ。まぁ腐肉にはただの斬撃は効かないんだけどさ。紫電よ宿れ」
普段は普通に一刀流、たまに二刀流、どっかの海賊みたいに口に咥えて三刀流なんてやらないので、金と銀は納刀して白狐に紫電をエンチャント。
すると恐ろしいほど魔力の通りが良く、消費も下がって威力が上がっている気がする。
予感を確信に変える為、目の前の腐肉を斬ってみる。
「おほぉーっ!?」
普通の風炎斬と比べ、単一の属性な分消費する魔力も半分なのだが、その一撃で腐肉が消し飛んだ。
進化した武装の性能はただ事じゃないらしい。
「……お? もしかしてドレイン付きなの?」
攻撃性能だけでも凄まじいのに、刀から魔力が流れてきて、私の体に補充される感覚を覚える。
もしかしたら最初の斬撃の時点でもドレインしていたかもしれない。
「三本とも同じ能力かな? それとも全部違う効果持ち?」
全部同じ能力だったとしても、魔力吸収は相当助かる。
今では太郎さんと合同で行っているポーションの研究も進んで、効果の高いMPポーションも完成しているが、それでも貴重な物資を使って生み出している事には変わりないのだ。
それが刀で斬るだけでリソース無しの回復が行えるなら、私としては願ったりだ。
ちなみに、やっぱりお酒がHPポーション扱いで、ただ外傷には飲まずにかけて使う。飲んでも内部の負傷か病気にしか効かない事がわかった。
ただ、かなり万能でアルコール度数が高い程回復効果も高く、終焉前から重めの持病を持っている避難民にスピリタスを飲ませた結果、完全に完治したと太郎さんに治験の結果を教えて貰った。
それから探索を行う人員は、いざと言う時の為に小瓶へ詰めたスピリタスを常備する様になった。
それはさて置き、検証の結果、幻想刀は三本とも魔力吸収効果を持っていて、その上で追加効果があった。
まず最初に使った白狐の幻想刀は、魔力と体力のドレイン効果を持っていた。つまり斬りつける度にMPとHPの両方を回復して行く。
次に、銀狐の幻想刀は基本のMP吸収ともう一つ、幻覚効果的な物があるらしい。自分じゃよく分からないが、春樹が言うには銀を含んだ尻尾が戦闘中にふりふりすると、私の姿がブレるのだという。
少し腐肉に行動をさせて確かめた所、確かに奴の行動がメチャクチャになっていた。突然私の隣を殴ったり抱きつこうとしたり、確実に幻惑効果が発揮されている。
そして最後の金狐だが、MP吸収の他に効果が二つあった。
まず私の身体能力の増強。意識の中の戦闘スイッチを入れると、体感で五割もブーストしてくれる。コレだけでも大分やべー能力だが、もう一つ、一緒に持った幻想刀の効果を倍増するようだ。
明らかに白狐の回復量が倍になっていて、銀狐の幻惑も相当なレベルになっていた。
銀狐を金狐でブースト中に尻尾をふりんふりんしてたら、腐肉が突然背中を向けて真後ろを殴り始めた時なんて笑ってしまった。
もちろん、効果のテキストがある訳じゃないので、他にも能力があるかも知れない。が、それは少しずつ調べて行こう。
「……むぅ、魔法に比べると消費が少ないけど、吸収以外は全部使う度に魔力を消費するのか」
銀狐中に尻尾ふりふりしてて気が付いたが、尻尾を一振りする事に魔力が微量だけ減るのだ。
そこから白と金も確認したが、金のブースト中は意識しないと気が付かない程度の魔力が継続して削られていた。白は発動タイミングがMPとHPが同時になるので、ぶっちゃけ消費してるのか分からなかったが、同時に発動して収支が黒字なら結果変わらないだろうと思って気にしない事にした。
「普段は白と銀で戦って、金は決戦用かな?」
「姉ちゃん、俺は金も良いと思う」
「……お前そんなにケモッ娘好きだったのか。見るだけなら見せてやるから」
頬を染めてモジモジする十二歳の男の子。彼の扉を開けてしまったのは私なのか、それとも元々開いていたのか、知りたいところだ。
「ただこれ、納刀した後また抜刀すると、服の位置がズレてるとジャージの中を尻尾が占領して気持ちわりぃ……。強くて便利になったけど、変なとこ不便になったよなコレ。……真面目に戦闘服変えようか?」
どうせスカートとかを選ぶなら、元々趣味だったクラシカルロリータを着たい所だけど、戦闘でお気に入りの服が返り血でベットリなのは普通に辛い。悲しい。
この世界になって初めての探索に出た時の服は、ゴブリンの返り血で捨てざるを得なかったのだ。悲しかった。
「あれお気に入りだったんだけど……、あ!」
そんな事を考えてると、ダンジョン内部のテナントの中に、自分も昔良く使っていたブランドの店舗が見えた。
今までの探索でもチラチラと視界に入っては居たけど、既に充分な量がある衣類系の物資は、優先度がそこまで高く無かったのであえて無視していた。
だけど今は、納刀する度に尻尾が消えて、抜刀するとジャージのパンツの中に尻尾がデロンっと出て来て困っているのだ。
これは是非寄るべきだろう。
「生地は黒で、フリルは赤い感じの……、コレなら戦闘で着てても返り血目立たないのでは? でも探索に耐えうる強度じゃ無いんだよな……」
当然ふりふりの衣類を物色し始めた私に、だけどそれを見た春樹も「いいぞもっとやれ!」と言わんばかりの笑顔だった。
春樹、結構いい趣味してるんだな。
「おぉ、これなんてどうよ? 後で尻尾穴あけて、リボンで隠せばいい感じじゃね?」
「着てよ! 今着てよ姉ちゃん!」
「お前ほんとどんだけ好きなんだよ。パイン飴食わせるぞ」
多少埃臭く、まぁまぁカビ臭い服だが仕方ない。洗えば良いのだ。
久し振りに袖を通す好みの服は、昔と今の自分の乖離を浮き立たせて、少しばかり自嘲的な気持ちにもなる。
だけど試着室を出た目の前でキラキラした目の春樹を見ると、ちょっとだけ元気が湧いてきた。
感謝と言う訳じゃ無いが、少しだけケモミミバージョンでポーズを取ってあげた。
「……俺、知らなかった。姉ちゃん、美少女だったんだな」
「お前ブチ殺すぞマジで」
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