第4話 レベリング。
私が助けた親子の心身が完全に回復したのは、その日から更に二日後だった。
助けた翌日には空元気を振り絞って働こうとする雪子はなかなか痛々しく、子供たちのために無理をしているのがよく分かる。
それでまた倒れられても、無益な病人や怪我人を抱える余裕など私には無いので、子供たちを使って無理に二日休ませた。
子供達には、今のお母さんはとても無理をしているから、しっかり休ませないと死んじゃうよ? と、ひと匙の真実を交えて脅すと良い感じに役に立った。
なにせ死んじゃダメ、お母さん動いちゃダメと大泣きしながら母親を寝かせようとするのだ。そんな子供に囲まれてしまっては雪子も休まざるを得ない。
「それじゃぁ、この終わった世界を生き延びる会議を始めます」
「よろしくお願いします」
「わーい!」
「なぁなぁ、俺も姉ちゃんみたいになれる?」
「なれるぞー」
私の目から雪子と子供達が回復しきったと思えた日の昼、物資を無駄にしないよう心掛けた昼食を終えた私達は全員が居間に揃い、簡単に言えば生存者会議的な物を開いた。
と言っても、世界が終わってから閉じこもっていた三人に、現状私が知り得ている事を教えて、これからの事を話し合うだけなのだが。
「まず、分かってる通り世界は終わった。訳のわかんないモンスターが世界に溢れて、人間を殺戮しているのが今の世界」
子供には分かりにくいかも知れないが、それでも明菜も春樹も大人しく話しを聞いている。
聞けばこの子達の父親、つまり雪子の夫は三人の目の前でモンスターに殺されていて、子供なりにでも世界がおかしくなった事は理解しているのだ。
「今の世界で人間は圧倒的な弱者になってて、ちょっと下手を打つだけで簡単に死んで行く世界になった。これは荒唐無稽ながらも私が今日までの経験で推測した事だけど、あの日世界は一度完璧に滅んで、その後、もしくは滅んだと同時に、新しい世界に組み替えられてしまったのだと思う。理由としては、みんなに見せた私の力、モンスターを玩具の銃や刃の無い模造刀で殺せてしまう力が事実として現実になっているから。こんな力、元の世界なら発生しようが無いからね。世界が別の何かに生まれ変わったくらいの事が起きたと思う方がよっぽど自然だと思う」
もしかしたら、終焉の日に起きた大災害は世界が組み変わってしまった余波であって、大災害で世界が終わった訳じゃ無いのかも知れない。
まず人知れず世界が終わり、変質して、その変質についていけなかった部分が大災害を起こした。そう考えると何故だかしっくり来る気がする。
モンスターが現れたのが二日目なのも、終焉の後に世界が今の形に変質しきるまで時間がかかったからとでも思えば、辻褄も合うのかも知れない。
「まぁそんなどうでもいい事は置いといて、大事なのは、力無い弱者でも、特定の条件を満たすとスキルが手に入って、暴力で満ちた世界ではスキルという暴力が絶対に必要って事。まだ取得の条件がよく分かってないスキルも有るけど、基本スキルとでも呼ぶような基礎的な物なら大体分かったから、三人にも取得してもらうよ」
戦えないなら、物資を集める事すら難しい世の中になってしまった。
自給自足を目指すにしても、土地を確保して土を耕し、しっかりと栄養のある土作りを行って畑を作った上で、作物が育つまでの期間を凌げるだけの物資が必要なのだ。それも現状三人分。
土地の確保については、最悪お隣さんやお向かいさんの家を打撃スキルで少しずつ吹き飛ばして、地面が露出する程大規模に解体すれば良い。
土作りについても、ホームセンターやショッピングモールで菜園用の土やら堆肥を取ってくれば良い。
ただそれら全てに武力が必要なのだ。
なにせ堂々と畑なんて作ったら、他の生存者に狙われるに決まってる。安全の担保に出来る武力が無ければ、取引も交渉も無く奪われるだけなのだ。
「という訳だから、春樹も秋菜もスキルは取得してもらうし、モンスターを殺せるようになってもらう。それで性格とか歪んじゃっても責任は取れないけど、戦えない人を置いておくほど余裕は無いから」
そして始まる私監修のレベリングが始まる。
方法としては、私が外に行ってゴブリンをトレインしながら帰って来る。親子が家の中から電動ガンでゴブリンを撃ち続けて射撃スキルを取得する。
そうしたらもう、後は私がゴブリンを延々と家まで連れて来て、親子三人が延々とゴブリンを射殺するだけである。
-スキル獲得。【索敵】
親子のレベリングに使うゴブリンを探し続けて居たら、脳裏にスキル獲得のアナウンスが流れる。
攻撃系のスキル以外は初めてだった。修羅の効果は分からないけど、名前からして戦闘用だろうし、やはりこれが初めての補助スキルだと思う。
スキルの効果もすぐ分かった。周囲の様子がさっきよりも鮮明に理解出来て、生き物の気配はよりいっそう感覚に叩き込まれる。
「おーいおい、そこの瓦礫の下に巣食ってるのか。四十くらい居ないコレ?」
察知した気配は崩れまくった廃墟の地下。
おそらく倒壊した瓦礫の隙間から侵入して、その家の地下室を占拠したのだろう。
ウチにもあるけど、一般の家庭でもワインセラーだったり、スタジオ的な防音室だったり、お金があったら地下に何かを作る人は結構居る。
そこをゴブリンに利用されてしまったのだろう。
私は瓦礫を模造刀の打撃モードで吹き飛ばしながら地下室の入口を探して、見つけたそれを開けるとライフルを内部に乱射した。
みるみる内に生命反応が減っていってる。実に爽快だ。汚い断末魔が耳に心地良い。
「……あ、やっば。雪子達のレベリング用なのに殺しちゃった」
我に帰った私は、まだまだ周囲に蔓延るゴブリンを探して探索を再開した。
身体能力に物を言わせてキロ単位の探索をする私は、索敵スキルの恩恵で周囲の生存者の存在まで結構な数を見つけてしまった。
比較的に形が残っている家屋の二つに一つは誰かが居る。
そして良い感じに瓦礫が積み上がって隠れ家になっている場所にもそこそこ生存者が居る。
ただ気配が微弱で、ともすれば死にかけに感じる弱々しさだった。
「……自分で戦って生き残ったって言うより、逃避を重ねて生き残っちゃったって感じかな? ………お、やっぱりホームセンターにもかなり居るね。十三人、かな?」
いつしか諦めたホームセンターの近くを通ると、その内部に居る生物に応じた生命力を肌に感じることが出来た。
こちらはまだ活きが良い感じで、維持した生命力に見合うだけの物資が残っているのだろう。
「んー、仲間割れでも起こして全滅してくれたらかっ攫うんだけどな」
ホームセンターの中には、さぞ豊富な物資がある事だろう。
食料はもちろん武器になりそうな物も山ほど残っている筈だ。
もちろんショッピングモールに比べたらどうと言う事は無いが、やはり拠点の近くにある豊富な物資は気になってしまう。
「あー、そう言えば、ショッピングモールで雪子達の近接武器とか手に入れるべきだったかな。いや、近接武器ならモールよりホームセンターの方が良いかな? 斧とかあると良さそうだよね」
ショッピングモールはいくつものテナントが集まって出来上がる施設であり、流石に斧が置いてあるお店があるとは思えない。
私も前回はモールの隅々までモンスターを借り尽くした訳でも、探索し尽くした訳でも無いから、もしかしたら見逃したそう言う店舗もあったかも知れないが、ショッピングモールで斧を買う人も売る店もちょっと想像出来ない。
「んー、やっぱりホームセンター良いなぁ。特殊な資源が詰まってそう。……モンスタートレインしたら滅んでくれないかな? でもバリケード頑丈そうだもんなぁ」
黒い事を考えながら、充分にゴブリンを釣り出した私は一旦家まで帰るのだった。
次の日。
見事に射撃スキルを獲得した上で、レベルが四になった夏無し親子。これでたっぷり弾を持たせれば充分に戦力となる。
流石に一日中化け物とはいえ生き物を殺戮し続けた雪子は顔色が悪いが、子供たちはけっこうケロッとしている。
子供ってこう言うところあるよね。外来種だから殺さなきゃって教えられたら、ニコニコしながら釣ったブルーギルを踏み潰していた小学生を見たことがあるよ。
「雪子、今日は全員を連れてもう一度ショッピングモールへ探索に行きたいんだけど、大丈夫そう?」
「……だ、大丈夫です」
「トラック運転して欲しいからダメでも来てもらうけど、向こうではトラックの中で休んでて良いから。ただトラックに近寄るモンスターは射殺して欲しいし、他の生存者が接触して来ても基本的に近寄らせないで」
この世界で性善説を提唱する気にはなれない。
十全に動くトラックだって立派な資源だし、それを動かせる妙齢の女性だって男性にとっては資源と言えるだろう。
そこにフラフラと近付いてくる他の生存者なんて信用出来ないし、信用出来ないなら近付けるべきでは無い。
「さすがに雪子が生存者を殺せるとは思ってないけど、最悪は両足を撃ち抜くくらいはしてね。もし相手がその気なら、子供たちを人質に取ってくるかも知れないし、近付けないのが一番だよ」
「わっ、分かりました!」
そんな訳で二人乗りのトラックに、子供二人を膝の上に乗せた状態で出発だ。
拠点の施錠はガッチガチにしてあり、物資の大半が保管されてる地下室もガッチガチである。全員が居なくてもすぐさまどうにかなる事は無いだろう。
私の膝の上には秋菜が、雪子の膝には春樹が座っている。
春樹は十二歳で、秋菜は十歳らしい。冬子は二十九歳で、春樹を産んだのはギリギリ十八歳の時らしい。いわゆる出来ちゃった婚なのだと。
出来ちゃった婚なんて良くないと嫌な顔をする人々も一定数居るけど、出来ちゃった時点で責任をとって結婚に踏み切る男はそう悪く無いと思う。昨今ではお金出して降ろさせたり、逃げたりする男性の話しも結構囁かれて居るのだから、やる事やった責任を取っているなら問題無いと思うし、なんなら逃げたり降ろしたりする男よりよっぽど当たり物件である。
「いま気が付いたんだけどさ、雪子の旦那さんってモールで殺されたんだよね?」
「……ええ。モンスターが近所に出始めた辺りで避難しようって話しになって」
「謝りはしないけどさ、もしかしたら私、その人のゾンビも殺したかも知れないよね」
私はショッピングモールであれだけ暴れたのだ。その中に雪子の旦那さんが起き上がったゾンビが居ても不思議じゃない。
すると私は雪子達の家族の首を一心不乱に刎ねた事になるが、みんなの心情は如何なものか。
「いえ、主人もきっと、腐り果てた化け物として彷徨うより、殺してもらった方が幸せだったと思います………。すると私達親子は、全員がココロさんに助けられてたんですね。夫の代わりにお礼を言わせて下さい……」
「いやまだ旦那さんの首を刎ねたって決まった訳じゃないけどさ。確率は高いよねって話しであって」
「もし、私もそうなったら、主人と同じようにして下さいね」
「まぁもちろん、その時は容赦なくぶち殺すけど。死なれると使った物資が無駄になるから死なないでね?」
別に照れ隠しとかでは無く、純粋に使った物資分は生きて欲しい。
死ぬならせめて使った物資分をどこからか補填してから死んでくれ。頼むから。
「またきちゃった、こわいところ」
「ふっふっふ、でも今日は姉ちゃんと一緒だからな、戦えるぞ!」
「ちびっ子テンション高いなぁ。雪子と一緒にトラックで待ってて良いんだよ?」
「やっ! あきなもたべもの集めるの!」
「俺はお菓子ほしい。あとライダーベルト」
「悪いけどライダーベルトは諦めろ。どちゃくそ要らん」
ライダーベルトを却下すると春樹は目に見えてテンションが下がり、雪子と留守番になった。
秋菜は私と一緒にモールの探索を手伝う事になったが、雪子的には子供が別行動して心配じゃないのか気にすると、この世界ではどこに居ても危ないのだから、強い人の傍が一番安全だと言う。
つまり私の傍と言うことか。
「じゃぁ行くか」
「うん! あきな、おねーちゃんいっぱいてつだうの!」
そんな訳で女の子二人でショッピングモールへ出掛けてデートの時間である。
字面だけ見たら普通に楽しそうな休日のひと時であるが、向かう先はショッピングモールとは名ばかりの、ショッピングが一切楽しめない地獄の一丁目だ。
財力の代わりに暴力を支払い、買い物の代わりに略奪を行う場所で、十歳と十七歳の女の子はエアソフトガンを片手に行くのが流行のスタイルである。
「死体が無くなってるなぁ。やっぱりゴブリンとかが持ってって食べてるのかな」
「………うー、くしゃいよぉ」
「まぁ臭いよね。死臭と腐臭がこびり付いてるんだから」
「おねーちゃん、くしゃいよぉ……」
「おい待てちびっ子、それだと私が臭いみたいだろ」
エントランスを抜け、止まったエスカレーターを登って上階へ進む。
ひたひたとその音がしたのは、私と秋菜がエスカレーターを登り切ってすぐの事だった。
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