第3話 母一人子二人。
人間もゾンビもゴブリンもオークもオーガも、夥しい死体が転がるショッピングモールの一角で、私が見付けたのは「助けて」と書かれた紙が貼られた扉った。
テナントの中のスタッフオンリーなその扉は、ガッチガチにバリゲードが組まれた奥にあり、恐らく内側からもガッチガチのバリケードが組まれているのだろう事が伺える。
さて、人手が無くてショッピングモールの封鎖に失敗しただろう人々の生き残りだと思われるが、小さな事務室ならば少数居れば占拠は可能だろう。
となればあの扉の向こうに生存者がいる可能性はかなり高く、別に人助けがしたい訳じゃ無い私にとって、なかなか面倒くさい案件に他ならない。
「…………モンスターは相当な数減らしたし、無視しても良いよね?」
終わってしまった世界で、私の最優先事項は復讐で、復讐を優先するが為に何より自分の生存が重要だ。
そんな中で、どんな相手かも分からない生存者を助ける事は、果たして自分の生存に繋がるのだろうか?
戦力になり、知識があり、生活力があって敵対的では無い人間であれば良いが、足でまといで、知識も乏しく、生活力が枯渇した敵対的な人間であるならば、その場で殺してしまった方が良い。むしろ積極的に殺すべきである。
だがこのまま見なかった事にすれば、戦力は増えないが邪魔者も増えない。
「…………………はぁ」
短くため息を吐き、粗末なバリケードを模造刀の打撃モードで吹き飛ばしながら進み、扉の前に立った。
すると中から泣き声がした。
小さな子供の小さな泣き声が二つ、男の子と女の子だろうか。
そして子供二人に泣かないよう、小声で必死に宥めてる妙齢の女性が居るようだ。
凄まじい音を立てながらバリケードが破砕していく様子が、扉の向こうでも分かったのだろう。
化け物の形をした絶望がすぐそこまでやって来ていると、恐怖に涙を零しているのだ。
-コンコン。
「誰か居る? モンスターは居ないけど、信じられないならそのまま黙ってて良いし、そのままソコで籠城し続けられる物資が残ってるなら餓死するまで閉じこもってても良い。ただ物資が無くてどうにもならないなら出てきた方が良いよ。二分待つ」
扉をノックして、言いたい事だけ一方的に伝え、一歩扉から離れる。
終焉からまだ一週間しか経ってない。ならば、上手く物資を獲得出来ているなら救援を無視して籠城を続けるのも良いだろう。
例え相手が女性でも子供でも、助けるからには働いて貰うが、出て来ないのならばそれでもいい。出てきたうえで邪魔をするなら殺せばいい。考えた末に出た私の答えはそれだった。
体感で一分ほど待つと、中からガタガタとバリケードを退かす音が聞こえた後、静かにゆっくりと扉が開き、隙間から茶髪の女性が顔を出した。
目が合う。
一週間、風呂にも入れていないだろう女性は皮脂に汚れたボサボサの髪を胸くらいまで垂らし、お世辞にも美しいとは言えない。
だが若く、恐らく二十代前半くらいだろうと思われる。
「あ、あの………」
「周りのモンスターはあらかた殺したけど、全滅させた訳じゃない。状況の確認も無駄話も後にして」
「えっと……」
「子供も居るんでしょ? 着いてくるなら助けても良い。ただコッチの言う事は聞いてもらうし、子供にも働いて貰う。嫌ならその扉を閉めて。バリケードはこっちで直しておくから」
有無言わさぬ言動に、オロオロとして困惑している女性に、少しイライラした私は相手を急かす。
「子供と一緒に干からびたいならそのままそこに居ればいい。助かりたいなら言うことを聞いて、子供のために戦って」
子供のために戦え、そう言うと、女性の目に力が宿った。
「わ、私は四谷雪子、子供は秋菜と春樹といいます。………どうか、助けてください」
「……そう。私は白雪ココロ。ココロって呼んで」
扉を完全に開けて頭を下げる女性の後ろに、抱き合って泣いている子供が見えた。
この子達が秋菜と春樹なのだろう。
「その部屋に物資はある? 必要な物を可能な限り、でも動きやすさを残して回収して。すぐにここを出るから」
「わ、わかりました。水とお菓子くらいですけど……」
「あー、水は少しで良いから、食糧を優先して。拠点に井戸が有るから、枯れるまでは水に困らないよ」
「は、はいっ。わかりました!」
地殻変動で地盤もぐしゃぐしゃになってそうだが、奇跡的に井戸は無事でまだ使えてる。枯れたら困るが、いつ枯れるか分からない物の心配をしててもしょうがない。
ソーラー発電で煮沸は出来るし、手製の浄水フィルターだって作ろうと思えば作れるのだから、最悪雨水を使っても良い。
「準備出来ましたっ!」
「おっけー。じゃぁ着いてきて。ちびっこ達も良い子にしててね。今日のところは私がモンスターを倒すから、その内戦い方も覚えてね」
移動ルートを変えればまだまだエンカウントするモンスターを、BB弾を補充したライフルと模造刀で殺しながら、母一人子二人をエスコートする。
あまりに呆気なくモンスターを殺していくので、最初は怖がってぐずっていた子供達も、五分もすればキラキラした目で私を見てはしゃいでいた。
やはり気兼ねなくライフルが使えるのは便利が良い。
ソフトエアーガンはあくまで玩具だが、それでも三十メートル程度は余裕で飛ぶ。そして飛んで届けばモンスターを貫ける。
途中振り返って雪子に終わった世界のルールを教えながら、ショッピングモールの出口を目指す。
「この銃は玩具だけど、世界が終わってしまったあの時から、特定の条件を満たすと武器になる。模造刀も一緒。このショッピングモールで銃の方は相当数確保したから、帰ったら安全な場所で戦い方を知ってもらう。心の準備はしておいて」
「………はい。私も、子供のために戦います」
「あと、モンスターを殺し続けるとゲームみたいにレベルっていう数値が上がって、身体能力も上がる。今の私がレベル16で、多分格闘技のプロでも素手でブチ殺せるくらいの体になってる。子供たちもレベルを上げれば、格段に安全性が上がると思う。………あ、ゲームって分かる? やった事ある?」
話してる内にショッピングモールを出て、駐車場まで辿り着いた。
途中転がっていた肉塊達に子供が怯えるが、「捏ねる前のハンバーグみたいなもんだよ」と言うと、今度は雪子が青ざめたが、子供たちはちょっと元気になった。
「さて、あんた車の運転出来る?」
「え、まぁ……、出来ますが……」
「お、やった。じゃぁあのトラック運転出来る?」
「っ!? あの、普通車と大型車だとだいぶ、免許も違くて……」
「この世界で無免許を誰が罰するの? 普通車すら乗った事ない私よりマシに動かせるならやって欲しいんだけど?」
この世界で警察に無免許を取り締まる暇が有るなら、先にモンスターをどうにかして欲しい。
「それに、このトラックには大量の物資を積み込んであるから、これを放棄するならあんた達を養えないし、ここから別行動になるけど、良い?」
「--っ!?」
「こんな世界でもモラルを気にするのはいい事かも知れない。でも、優先順位を間違えないで。物資は命に直結するの。最悪他の生存者と争ってでも獲得しないといけない物なの。終わる前の世界のモラルを気にして大量の物資を放棄するなんて有り得ないし、徒歩で往復してる間に他の生存者達に根こそぎされたら、やっぱり私たちが飢える」
トラックの前で私は雪子の目を見て、胸元を人差し指でビシビシと突つきながら、低い声で忠告する。
「もう一回言う。優先順位を間違えないで。あんたは、この子達の食べ物と、崩壊した世界の法律、どっちが大事?」
私の足にひっつき、お母さんを虐めないでと泣きながら抗議する二人の子供を一瞥してからもう一度目線を合わせると、雪子は重々しく頷いた。
「わ、私が運転します」
「お願いね。道中敵が居たら私が狙撃するけど、そのまま轢き殺して良いから、横転だけ気を付けて」
こうして、私と雪子の知ってる道をいくつも確かめながら進むことで、無事にトラックごと拠点まで帰る事が出来たのだった。
家に帰り、三人に適当なカロリーメイツを食べさせた後風呂場に押し込み、その間に三人の衣服を調達してくると言って私は家を出た。
服と言えばホームセンターでも多少置いてあるし、種類と数が欲しいならショッピングモールまで逆戻りだが、衣服というアイテムは文明人で有るならほぼ例外なく所持している。つまりご近所の家屋を漁ればいくらでも確保出来るのだ。
ほんの小一時間でパッと見それっぽいサイズを漁りまくった私は、カバンをパンパンにして家へ戻った。
◆
例えばチョコレート。例えばクッキー。例えばシリアル。
比較的栄養素の高い菓子類を持てるだけ持って篭城した場所は、お世辞にも良い環境とは言えず、築いてしまったバリケードのせいで狭い室内が更に狭く、換気用のダクトが有るから辛うじて火が使える苦しい牢獄だった。
蝋燭で僅かばかりの明かりに縋り、空腹に負けて腹を満たせばあっという間に無くなってしまう心許無い食糧、そして外から聞こえる悲鳴と破壊の怨嗟。
ただただ深い絶望に満たされる心を何とか保てたのは、命より大事な子供達のお陰だ。
夫が化け物に食われて死に、必死で逃げ込んだこの牢獄で、子供たちと現実から目を逸らす一週間は、精神を蝕む毒そのもの。
そんな地獄に光が差したのは、あの日から一週間後。
まだ十代に見える若い女の子が、銃と刀を携えて扉の前に立っていた。
モンスターをあらかた殺したと言う彼女は、事も無げに私達を地獄から連れ出し、道中地獄へと連れ戻そうとする化け物達をあっさりと殺し尽くす。
チープな言葉で彼女を表現するなら、殺戮の天使とでも呼ぼうか。
身に纏うジャージを血に染め、化け物を圧倒するこの女の子はとても美しかった。
見た目も愛らしいが、野生の獣が如き生命力が身体中から吹き出している様な存在感は、地獄で細々と果てて行くはずの私達には、鮮烈に輝いて見えた。
一週間ぶりに触れた文明的な生活。暖かいお風呂は凝り固まった私達親子の気持ちを優しく解した。
お風呂から上がり、柔らかいタオルで体を拭くと、用意された服を着る。
着たきりスズメだった一週間を思えば、洗濯された衣服を身に纏えるなど、なんと幸せな事だろうか。
少しばかりの笑顔を取り戻した子供達と一緒に、少女が待つだろう居間へ行くと、そこに少女の姿は無く、代わりに湯気が立つ料理がテーブルの上に並んでいた。
涙が出る。
鼻腔を擽る肉の匂いに、インスタントであろうスープから漂う芳醇なコンソメの香り。それが胃袋を刺激して、その事がまた自分たちが生きている証に思えて、嬉しくて涙が零れてくる。
「あ、上がった? ならそれ食べて、今日はゆっくり休んじゃって。部屋は後で案内するから」
暖かい食事を前に感動して動けない私は、大きな荷物を抱えて居間へ入って来た少女にそう言われた。
彼女が持つ大きなダンボールはきっと、私が運転して来たトラックに積んであった物資なのだろう。
「て、手伝いますっ!」
助けて貰って、地獄から連れ出してもらって、お風呂に食事に衣服に、寝床まで準備してくれる彼女だけを働かせて、安穏とするなんて出来ない。
きっと彼女が命懸けで集めて、自分のためだけに持って帰ってきた物資の一部を分けて貰うのだから、世話になっている自分たちは馬車馬の如く働くべきである。
もちろん子供達の労働なんてたかが知れているし、私も子供達に無理なんてさせたくない。ならば、その分まで私が身を粉にするべきで、文字通りに命の恩人たる彼女だけ働かせて置くなんて以ての外だ。
「いや、あんた達は一週間も閉じこもって居たんだから、休みなよ。無理して倒れられたら私が困るし」
「……でも」
「言う事聞くって約束で連れて来たんだから、言う事聞いてよ。休まないなら放り出すよ?」
そう、素っ気なく言った彼女はもう私達に用事は無いという態度で、運んで来た物資の運搬に戻っていく。
これだけ大きい家なのだから、地下にでも大きな収納があるのかもしれない。
「お、おかあさん。食べないの? おいしそーだよ?」
「おねーちゃん、食べていいって言ってたよ?」
私はテーブルに並んだ料理が気になってそわそわしている子供たちに言われ、恩人の言う通りにすることにした。
いっぱい休んで、体も心も回復したなら、それから思いっきり恩を返そう。
子供達の分も、この体を使って何倍にもして恩を返そう。
「おかあさん、おいしいね!」
「わたしハンバーグすきー!」
「……そう、美味しいわね。本当に、おいしい」
子供達にまた未来をくれた女の子に、私は命をかけよう。
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