砂上の城

@hodakasora

第1話



 感染症蔓延から二年、いまだに感染者がポツポツと現れるものの人々の暮らしは落ち着きを取り戻しつつあった。政府諜報部門はその惨禍の中で報道管制をさらに強くし、政権に都合の良い情報を取捨しながら国民にばらまいている。その事実は公然と社会に知れ渡っていることだが、生活を圧迫されたほとんどの国民にとって、日々の生活の方が重要な事柄であってわざわざ糧を稼ぐ時間を削ってまでそのことに抗議する者は少なかった。

 

 カタカタとキーボードを連打する音が小さな個室の中に響く。この個室が並ぶ空間は多少の騒音などはお互いに聞こえないようにヘッドホンが部屋に設置されていて、お互いになにをしているかなんて気にならない。だからよからぬ事に使う二人もいてキーボードの打鍵の音に紛れ、小さな喘ぎが漏れてきている。またかよという表情でその部屋の方を睨み、若いアルバイト店員が、利用時間を超過した部屋や、トラブルやクレームにつながりそうな部屋をまわる。

 「すみません、お客様、うち、そういう所じゃないんで。」

 店員がドアをノックしてそういうと一瞬で声が収まり、すこしの間をおいて今度は喘ぎ主の声がクスクスと笑い出す。ちっ、店員は聞こえない空の舌打ちをして次の問題個室に向かう。

 「なんだよ、ここ、超過どころじゃねぇじゃん。」

 店員は電子リストを見て驚く。すでに十二時間オーバーで受付にも顔を出していない。共通のスペアキーを出して部屋に入る準備をする。

 「お客様、ご利用時間がだいぶ経過していますので、確認をお願いします。」

 ノックをしながらドアに話しかけるが反応がない。もう一度ノックをしてドアに耳を当ててみる。カタカタとキーボードが叩かれている。ヘッドホンを大音量にしてネットゲームでもしているのだろうか。

 「すみません、お客様、確認のため開けますよ。」

 ジャリという音を立てながらスペアキーが鍵穴に滑り込む。その動きと同時に全ての空調が停まり、フロア全体の照明が落ちた。

 「は、なんだよ?」

 「ちょっとー」

 各部屋から苦情が噴き出す。店員は慌てて非常灯が光るフロントカウンターに向かう。

 「いま停電の確認しをます、少々お待ちください。」

 カウンターの方から同僚の声が店内に響く。どうやら原因は彼のミスではないらしい。

 「もうちょっと長居したかったのにな。」

 時間超過の部屋の客はそう呟いてバックパックを背負った。ポケットからスマホを取り出して画面に表示されているファイアという文字に指を乗せる。連動しているかのように火災警報器が鳴り響いた。

 「やばい、逃げろ!」

 誰かの叫び声で一斉に我慢の糸が切れた。ドアというドアが一気に開きはなたれ、我先に暗闇の通路へ客達が飛び出す。手に持ったライト代わりのスマホが部分的に至るところを照らして混乱が増していった。



 

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