第21話◆◆⑳ガンゾウと業火◆◆

いつ以来だ?


腹に打撃を喰らったのは?


ああ、ちょっと前にキュクロプスに喰らったな。


あばらが折れたな。


あばらが繋がったな。


ここまで0.000004秒。


いや、計ってないから分からんな。


「良い突っ込みだ!」


そう言って左のアッパーカットを見た目華奢なベルギッタの腹に叩き込む。


「グゲホォッ!」


ベルギッタは大量の血を吐いた。


そもそも強大な呪力を持つもの同士が闘って、何で肉弾戦なんだ?


簡単だ。


お互いにこの塔を壊したくないからだな。


俺は飯屋のため。


ベルギッタは、地下の魔鏡の欠片のため。


しかしわからん。


魔鏡の欠片が有るならとっとと魔王バルブロとやらに持っていけば良いものを。


何か持っていけない、もしくは移動できない理由でも有るのか?


なんて考えるのに0.000003秒。


いや、計ってないから分からんな。


腹を押さえて悶絶し転がるベルギッタの頭を踏みつけて聞いた。


「その魔王バルブロってぇのはどんなやつで何処に居るんだ?

ああ、そう言えば既に魔王が居ると言うならエルゼの言ってたことと矛盾するなぁ。」


途中から論理の矛盾に気がついた。


そもそもこのルピトピア教と言うのは、エルゼが言うところでは魔王の誕生を防ぐこと、もし魔王が誕生したらこれを倒すこと。

に、教義があるという。

ならば俺が魔王どうのではなく、既に誕生している魔王を倒すことこそがルピトピア教の使命となりうるのではないのか?


しかも、異空間・異世界から魔者共を導き入れる魔鏡があって、『ルピトピアの魔鏡』なんて呼ばれているというしな。


そんなルピトピア教のトップが、まだ年端も行かないエルゼという小娘なのだから更にややこしい。


『ああ、どうなってんだ?この国は?』


ベルギッタの顔を覗き込みながら聞いた。


ああ、少し力を入れすぎたな・・・


顎が砕け崩れてるな。


それなりに回復力は有るようだが、ウラジミールに比べればとるに足らんな。


「お褒めいただきありがとうございます、ご主人様。」


「また口にしてたか?」


「はい、明瞭に。」


「で?得意の想像を働かせてその理由を説明できるか?」


「はい、ご主人様。

先ずルピトピア教主国が魔王を名乗るバルブロなるものを討伐しないのは2つの理由が考えられます。」


「2つね・・・」


「はい、1つはもともとそのような高邁な教義を実践していなかった?

もう1つは、魔王を名乗るバルブロなるものの存在が実在のものではない、もしくは、魔王の域に達していない。」


「ああ、その両方ってのもあるな。」


「はいぃご主人様。」


などとウラジミールと話していると、ベルギッタを踏みつけていた右足首に違和感(昔は痛みと認識していた。)を感じた。


なんのことはない、ベルギッタが自分の右手を刃に変えて俺の足首を切り落としたのだ。


「おっとっとっ!」


よろけて転びそうになったが、切り離された足首から糸状の組織が伸びて体に繋がり、白い煙を出しながらものの数秒でもとに戻った。


「危ねぇじゃねえか?転びそうになっちまった。」


「そこか?」


クリスタが突っ込む。


俺の踏みつけから脱したベルギッタは、顎を押さえ形を整えるようにグキゴキと音をならしながら回復していった。


「ああ、あれを見るとウラジミールの回復呪のレベルが高いのが分かるな。」


などと誉めてしまったら、『てへへ』と頭を掻いて照れている。


「よ、よくも汚い足で踏みつけてくれたわね!」


ああ、ベルギッタ怒ってるな。


「まあ確かに綺麗な靴ではないな。だが丈夫なブーツだったんだぞ?お前に切られたから新調せにゃならなくなった。」


「そこか?」


と、またしてもクリスタに突っ込まれた。


「 で?何でとっとと魔王バルブロとやらに魔鏡を持って行かなかったんだ?」


「煩いっ!」


と、またしてもベルギッタは突っ込んできた。


両手を刃に変形させて低い位置から振り上げる。


ひょいと交わすが、二の手、三の手と繰り出す。


なかなか早い。


ギリギリを見極めて避けるが、避ける度に益々スピードが上がる。


チッ!チッ!と剣先がかすり始めた。


「おお、なかなかやるじゃねーか。」


「煩いっ!死ねっ!死ねっ!」


「ああ、悪いな。仮に真っ二つにされて下ろし金で下ろされても俺は復活しちまうんだ。

つまり死なないのではなくてな、『死ねない』のだよ。」


「じゃあ燃えて灰になれっ!」


と言ったかと思うと、大きく息を吸い込み、爆発的な火を吐いた。

その火はあらゆる物質を焼き尽くす地獄の劫火さながらだった。


が、


俺は左手の掌で受けとめ、吸収し握り潰した。


握った拳の隙間から真っ黒い煙が揺らぎ上がる。


「バ、バカな・・・本当に魔王クラスなのか?」


「ああ、なかなか良い攻撃だぞ。だが、俺には効かないな。それからな、俺は魔王などになる気は無い。だからお前の魔王様が何をしようが知ったことじゃあない。

しかしだな、俺はギルドからルピトピアの魔物狩りを請け負っちまった。

だからお前らがここに居座ると言うのなら皆殺しにするがどうする?」


「な、何を勝手なことを!」


ペドロがわめき散らす。


そう言えばこいつ、なんか飲み込んでやるとか言ってやがったな?


「はい、言っておりましたねぇ。」


「ああ、また口にしてたか?」


「はい、明瞭に。」


「言ってたよな?」


「はい、言っておりましたねぇ。」


と、ウラジミールとペドロを振り返る。


「お前?人間のペドロは残ってるのか?なんだっけ?ゲルレブリムナセル?だったか?」


ペドロが顔を青くしている。


「まあ、どっちでも良いが、お前の家にあったという田園風景を描いた絵の事は覚えているのか?」


「な、何を言っている?そんなもの有ったとしてもいちいち覚えておらぬは!」


そう言ってペドロを喰ったゲルレブリムナセルが本性を現し、体全部が口かと言うほどの大口を開けて俺達を飲み込もうとした。


「なんだ・・・覚えてねーのか・・・」


ガッカリだ。


ならばもう用はない。


全部消してやる。


「ま、まずいですよ姫様!」


「確かにまずいわね・・・ウラジミール!巻き込まれる前に逃げるわよ!」


「はいぃっ!」


ちび竜の姿になったクリスタは、ウラジミールの頭をわしづかみにして、塔の壁にブリザード・ブレスで穴を開けて飛び出した。


『バグンッ!』とゲルレブリムナセルは俺を飲み込んだ。


「腹立つな・・・臭えし・・・『業火』」


と唱えた途端に俺の体は真っ赤な焔に包まれた。


バチンッ!バチンッ!と連続する破裂音とともに『業火』がその勢いを強める。


ゲルレブリムナセルはゲルレブリマセル同様に水属性の魔物だ。


通常、力が拮抗していれば『火』は、『水』に負ける。


が、俺の『火』は、この世のどんな『水』も沸騰させ蒸発させる。


ゲルレブリムナセルは、俺の『業火』に耐えきれず俺を吐き出した。


「耐えられるわけがねぇよなぁ?俺の『業火』はどんな金属も鉱石も溶かすんだ。たかが『水』など簡単に沸騰するからなぁ。」


言ってみれば胃に大火傷を負ったようなものだろう。


ペドロの顔や、これまで取り付いた人間の顔、蛙のような自身の顔と目まぐるしく変化しながらのたうち回る。


ひきつった顔でベルギッタは見ていた。


完全に逃げるタイミングを逸したようだな。


「ベルギッタつったか?」


バチンッ!バチンッ!と更に業火の勢いを強める。


「!」


「めんどくせぇからな、お前らとは今この場で決裂だ。今後どんな理由を付けてもお前らと和解することはない。お前のボスに言っとけ、これは警告の印だ!」


そう言って俺はベルギッタに人指し指を向けた。


「バンッ!」


口でそう言って、指先から火球を発射した。


察したベルギッタが避けるが、火球はベルギッタを追い、ついに顔に当たりベルギッタの顔右半分を焼いた。


「ギャァァァァァッ!熱いっ!熱いっ!痛いっ!痛いぃぃぃぃぃっっっ!」


着弾した火球は、弾け消えず、しばらく『ぶすぶす』と顔を丁寧に焼いていった。


「お前は消えてなくなれ・・・」


ゴミでも焼くかのように何の感情も現さずにペドロだったものに『火球』を投げつけた。


『!!!!!』


何か叫んでいるが、火勢で聞こえない。


「お前もな。」


そう言ってもう一匹のゲルレブリムナセルにも『火球』を撃った。


「ああ、下の奴は俺がもらっとくから、魔王様によろしく言っとけ。」


そう言うと俺はベルギッタの首を掴み、クリスタが開けた壁の穴からベルギッタを放り出した。


「ああ、面白くねぇなぁ・・・」


壁に床に天井に『業火』を撒き散らした。


通常俺の『鬼火』は物質を焼かない。

だから俺の服も焼けることはない。


だが、『業火』は全てを焼き付くす。

だから発動時は、俺自身に防御の結界を張る。


一度火がつくと、『業火』の圧力に耐えきれなくなった塔は崩壊をし始めた。


しかしこのままただ崩れるままにしておけば街並みが壊れてしまう。


仕方ねぇから塔全体を結界で包み込み、結界の中で崩れるにまかせた。


ものの1分程で塔は崩れ落ちた。


俺は蝙蝠の羽を広げ宙に浮いていた。


「派手に崩したねぇ・・・」


クリスタが器用に足だけ竜のまま、ウラジミールをつかんで寄ってきた。


「ああ、面倒になっちまった。まあ、残骸は空間呪に放り込んじまうから、むしろさっぱりするだろう?」


「地下の魔鏡らしきものはいかがなされますか?ご主人様?」


クリスタの足の爪を食い込ませて血を滴らせながらウラジミールが聞いた。


「痛くねえのか?」


「ものすごく痛いです・・・」


まあそうだろうな。


俺は空間を掴み壁紙を剥がすように穴を開けた。


そこはどこかの火山口を見下ろす空間だった。


角度が90度曲がって穴が開いた。


ここに塔の残骸を放り込めば、火山口にまっ逆さまに落ちていくという寸法だ。


左手で空間を維持し、右手で残骸を穴に放り込む。


もちろん呪力を駆使して一気に片付ける。


ものすごい勢いで塔の残骸が火山口に落ちていく。


ものの3分程で瓦礫はきれいさっぱり無くなった。


俺は結界を解き、空間の穴を塞ぎ、塔があった場所へ下りた。


『ああ、魔鏡っぽい反応が強いな。』


「そうでございますね。我々はまた魅入られてしまうかもしれませんので、行かない方が・・・」


ウラジミールがチラリとクリスタを見ながら言った。


「そ、そうね、地下の奴の方がより強いパワーが有りそうだから、ここは待ったほうが良いようね。」


クリスタも同調した。


いや、別に一緒に来いとは言ってねえしな。


俺は空間呪から葉巻を取り出して火をつけた。


「んじゃ行ってくらぁ。」


そう言って地下へ向かう階段へ向かった。

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