後・第42話 策に足を取らせよう!

 腕の動きに沿うようにしてカットソーの袖が引き攣る。芳子は身をかがめ、メモリーチップ型メモ帳にこう書き走った。


"明智光秀との不和:操作可能

  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

    ↓

織田信長を討つ理由になる?

+野心的な性格(誰しも)

+娘を大切にしている


but 四方に敵

→他に討たれる可能性も→こっちで先手をとるのがいい?

ex)

1,明智光秀に反乱を起こさせる

(明智光秀を誘導して対象を離脱 隙を作ったところで、ポート地点を予め設定 追いやる)

2,このままサポートして機会を伺う

(時間がない)

3,見捨てる


最終目標 優先順位

     1,県の計画を失敗させる

2,哲男の救出"


 ペンを止め、手を顔に当てて考え込む。白いカットソーがシワを作り、あてがわれた手によってさらに歪む。

 徐にペンを取った。


"4,1を起こし、殺してもらって頭部だけポート地点に載せる"


(これもいいかな...)


 右手で回していたペンを掴んで、今度はカウンターにコツコツと一定のリズムを刻む。メトロノームのような音は10小節いったあたりで、突如鳴り止んだ。


(まあ、でも、妥当に考えて1か。2は今の段階では難しい。3でもいいけど...これまでの行動を無意味なものにしてしまう。それに、ここまできた以上、アレが反発するか...。4も、不確定要素が多い状態では危険がつきまとう。まあ、1で確定かな)


 芳子は藤村の激昂する姿を思い浮かべて、嘆息した。

 そよそよと吹く空調からの冷風が、熱を持った頭部を冷やす。しかし、フル稼働し続ける脳はエネルギーを熱に変換して、室温を拮抗させる。結果としてあまり温度が下がらず、空調からの風が止まないのは、部屋の主が原因だ。

 ディスプレイを下にスクロールし、画面いっぱいを白くすると、また何かしら書き始める。


"to do

goal:織田信長(兄)を殺害に見せかけてこちらに戻す=県の失墜

・明智光秀など家臣団を対象から物理的に遠ざける(済)

・講師に指示 明智光秀謀反

・モニターで県に始末したと思わせる

→特定の地点に追い詰める(明智光秀に討たせなければならない)

・データ回収 再構築"


「これでいくか」


 多少明智光秀の行動に無理がある気がしないでも無いが、誤差の範囲だろうと考えて、芳子はディスプレイの下部にある共有アイコンを押した。

 下から新しい画面が飛び出て、他のソフトウェアのアイコンがずらりと並ぶ。

 手紙の絵が描かれたアイコンをタップすると、表示された画面の"to"の欄に"藤村華奈"と打ち、送信した。


"I’ve completely planned it. As a result, there is one thing you do. It's to make it look like you killed Oda Nobunaga using Akechi Mitsuhide. We will corner our objective toward specific point. When the time comes, I’ll import some information to here. Then, I’ll reconstruct that data."


(今後の動きを決めました。結果的に、貴女にやってもらいたいのは一つ。明智光秀を操作して織田信長と刺し違えてください。特定の地点に追い詰めたところで、私が対象のデータを回収します。その後、こちらで再構築することにしました)


 風を切るような音声とともに、宛先にメッセージが送信された。

 ひとまずといった様子で食卓の椅子に腰掛けると、ギシッと音を立てる。芳子が目を閉じようとしたまさにその時、不遇にも通知音が鳴った。


"I see. I’m in favor of it. But sir, I don’t know where he stays a certain amount of time, you too? I suggest you to make sure his schedule."


(分かりました、私も賛成です。ですが先生、先生もだと思いますが、私は織田信長がどこで腰を落ち着かせる機会があるのか知りません。確認した方がいいと思います)


 自然と、口角が上がった。

 芳子が共犯者の最低条件として上げたのは4つ。

 一つ、県が使えない言語を難なく操れること。

 二つ、ある程度あばずれでなく、ちゃんとした倫理観を持っていること。

 三つ、御し易いこと。

 そして、四つ、頭がまわること。

 翠学園の関係者であることを前提として、最低三つは当てはまっていてほしいというのが芳子の理想とするところだった。

 いずれバレるだろうが、できれば悟られないほうが良い。芳子の父母のように倫理観がめちゃくちゃだと、逆に県に与する可能性が出てくる。県のような人間は好かない。そして、馬鹿も同様に好かない。

 こんな形で定まった基準だったが、一人、最適な人間がいた。それが、藤村華奈だったのだ。


"Don’t worry. I’ve already think of it."


(大丈夫です。既に考えています)


 送信ボタンに触れるか触れないかの瞬間、食卓に放っていたスマホが震え出す。

 手に取ると震えは収まり、ホーム画面には案の定着信のポップが表示されている。


『行軍のスケジュールが知りたいなんて珍しいな。まあ、いいけど』

『全てではなくていいです。連絡を取りたいので、一番落ち着ける日にちを教えていただきたいです』

『了。んで、んー、落ち着ける...ねー。行軍中はそもそも落ち着いちゃダメな気すっけど』

『いつでも落ち着いていらっしゃいますよね?』

『クールだって? いやー、それほどでもあるよ』

『いえ、能天気だと言っています』

『(笑) あー、あった。6月2日かな、直近だと。京都のさ、本能寺っつうお寺に泊まるってよ』

『分かりました。繁忙期に差し掛かりますので、当日はこちらから連絡します。仮に連絡寄越しても、対応しませんので予めご了承ください』

『ん、了解( ̄^ ̄)ゞ』


 打ち終わって背もたれに体を預ける。全身を脱力させていると、ふと考えが浮かび「あ」と声が出た。

 起き上がって、再びスマホを手に取る。


『すみません、もう一点』

『なに?』

『遠征はどうなったのかと思いまして』

『あー、もう四方八方各地に敵いるからさ、どうせならって各々各地に散ってもらった』

『分かりました』

『...なんか不都合あった?』

『いえ、すこぶる順調だと思いますよ』


(過ぎるほどにね)


 芳子は嘆息し、天井を見上げた。のけぞる形になったので、肺が圧迫されて息がしづらい。

 汗が、一筋伝った。

 張り付いた髪の上でパラパラと異なる髪の束が滑り落ちる。頬の横に流れた髪を耳にかけながら、芳子は画面に表示されたキーボードを打った。


"The date of final day is June 2nd in 1582 (this time, May 20th). The place is Honno-shrine at Kyoto prefecture. I’ll suggest him it"


(決行日は1582年6月2日、こちらでは5月20日です。場所は京都、本能寺。私から名誉教授に提案しておきます)


 メッセージの送信音と静かなため息が重なった。

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