第41話 自主規制が必要な花
教授室でセキュリティカメラのプログラムを確認していると、デスクに僅かな振動が伝わる。
芳子が横目にディスプレイを確認すると、哲男からのメッセージが新たに届いていた。
『3日ほど経ったが、落ち着いたか?』
ディスプレイを凝視して口を小さく開けた状態を保つこと15秒、芳子は口から盛大に息を漏らしてスマホを手に取った。
『大丈夫です。それで、不仲をどうすればいいかという話でしたね』
『いやまあ、考えてみればそっち系はお前に頼っちゃいかんと思い直した所。問題が多すぎてキャパオーバーを起こしてるw』
『では、この話は終了していいですね』
『えー、もう少しお兄ちゃんと話そうぜ(*^ω^*)』
『お断りします』
『そんなこと言わずに、ね』
『丁重にお断りさせていただきます』
『頑なだな(O_O)』
『生憎と仕事が立て込んでいますので』
『大学ってブラックなの?』
『そうでもないと思います。教授ともなれば、時間に余裕なんていくらでもとまではいかなくても、ある程度作れます。雑用を引き受けなければ、ではありますが』
『引き受けてんのね(苦笑)』
『家に居ても、大してやることがありませんので』
『お茶は? って、ん?』
『最近やりました。準備と片付けで気疲れしたのでしばらくはいいかなと思いました』
『ちょっとお待ちになって、お嬢さん』
『言っても無駄でしょうが、呼称を統一してください』
『えっ、あ、うん。まあ、考えとく。それは良いんだけど、え、教授?』
芳子は、哲男のメッセージに違和感を覚える。句読点の多用が目についたのかと思ったが、メッセージを遡って総合的に判断した結果、正解に辿り着いた。
『そういえば、言ってませんでした。教授になりました』
『マジ!? うわー、おめ(^з^)-☆ え、てことは県さんは何、引退?』
『いえ、名誉教授に昇進です』
『...まあ、そうだよな。あの人、何気にすごい発明してるしね』
『そうですね。その流れで工学部が芋づる式に一つずつ階級が上がりました』
『あー、じゃあ藤村さんも? 講師の上って、何? 准教授?』
『いえ、講師は今回で講師に昇進しました』
『ん?』
『何か?』
『いえ、あのですね、俺の記憶違いでなければ、というか絶対そうだと思うんだけど。講師って、何年か前に出てた気がするんだよね、メッセージ内で』
芳子からすればつい数ヶ月前の話だが、哲男にしてみれば、数年、下手したら数十年前に遡るのだ。
『そうですね』
『いや、そうですねじゃないでしょうが!! 教えてよ! ニュースがホットなうちにお知らせしてよ!』
哲男は、まるで何年かぶりに会う親戚のおばさんの如き反応をした。
林又にそんなノリは皆無ではあるが、小説などで仕入れた知識により、芳子は親戚の集まりにでも出席しているような気分を刹那的に味わった。
無表情の上で器用に右の頬を痙攣させて、芳子は不機嫌を露わにした。
『すみません、失念していました』
『思ってねーだろ。ゼッテーまだお知らせされてないお祝い事がある! お兄ちゃんの勘がそう告げている』
『ないと思いますが』
『もしや、結婚してたりとか、してないよね?!』
『してませんね。というか、今のところするつもりもありません』
『良かったー。いや、後半部はよろしくないけど。バージンロードをあの男に歩かせるなんて、反吐が出る』
『結婚はしないつもりですが』
『えー、お兄ちゃんバージンロード一緒に歩きたーい』
『ですから、結婚しないつもりです』
『そんなこと言わずにさー、良いもんらしいよ、結婚生活』
『その割に、随分と遠回りしていらっしゃいましたね』
『ヒットポイント、現在1です...』
『何度も言っていますが、自業自得、因果応報です』
芳子が冷めた目でスマホを見つめていたら、ピコンッとリアクトが着信を知らせた。
人差し指でディスプレイの右下に出た手紙マークを軽くタップすると、"報告"と題した文書が表示された。
『う〜、愛しの妹からの当たりが強いよー』
『いつものことでしょうに』
『あ、今ちょっとキモいって思ったろ?』
『ご自身で把握なさっているのなら一安心です』
『いいんです〜。俺は生涯独身で自由恋愛して、妹家族を愛でて、ゆくゆくは甥か姪に看取ってもらうんです〜』
『戻れることが前提ですか』
芳子はメッセージを送信し終わってすぐ、しまったというような顔になった。
『俺は学習した。我が妹は、天然物の空気を読めないタイプだって。故にキレないけど、イラっときたのに変わりはないからな』
『失言でした。申し訳ありません』
『いいよいいよ、俺大雑把だから(^O^)』
『そうですね。繊細さの欠片も感じられない性格をしていらっしゃいますしね』
『...気にしないでとは言ったが、そんな身も蓋もなく気を遣わなくて良いとは言ってないっす』
『申し訳ありませんが、私にはその細かい調節はできません。0か100かです』
『開き直ってるのに、いっそ清々しいね』
『開き直っているから清々しいのでは』
『たしかに! つか、開き直ってるの自覚ありなのね』
『事実ですので』
『素直なことで』
リアクトで映し出した文書はセキュリティカメラ点検の報告書で、3ページ目からは対処に向かった鈴木の報告だった。
1,2ページをそこそこに、3ページ目に目を移す。内容は、報告書通り巡回プログラムに不具合が起こっていることを確認した旨と、雨でフローチャートが乱されたことが原因だという事の大きく分けて二つだ。
セキュリティカメラは超小型であるがちょっとした迎撃手段を備えている。その為、構造が複雑で回路も入り組んでいる。雨で若干湿度が上昇したり気温が低下して、それが続いたりすれば不具合を誘発するのは公然の事実だ。
定期点検は年に2回、5月と12月に行われていたが忙しく、去年は12月に実施されなかった。芳子は6月の長雨が引き起こしたバグが今見つかった可能性が高いと踏んでいたが、全くその通りであったようだ。
芳子の口角が僅かに上がったように見えた瞬間、今度はスマホが着信を知らせる。
『なになに、今日はやけに付き合い良いじゃん』
『聞きたいことがあります』
『分かってた、分かってたよ。芳子が意味もなく俺の雑談に付き合うことはないって。大丈夫、俺は傷ついてない_:(´ཀ`」 ∠):』
芳子は肺いっぱいに空気を吸い込み、細く息を吐き出す。
『戻れると思いますか?』
『それ、俺に聞く?』
『無神経な問いであることは把握していますので、悪しからず。ただ、現状確認を、と思いまして』
『無理だと思う。多分これ、自然発生じゃないし。俺をここに送った人が返してやるかってならない限り、無理でしょ』
『同感です』
『なに、助けてくれんの?』
『73%の確率で時空の歪みを永遠に漂うことを承知してくださるなら、方法がなくはないです』
『...成功例は?』
『成功例もなにも、人間で許可は下りないので結果はありません。因みに、最近送ってみた王水は届かなかったみたいですね』
『なぜに勧めたよ。そして、ちゃっかり暗殺企てんじゃねーよ(⁎⁍̴̆Ɛ⁍̴̆⁎)』
『希望を見出して差し上げようかと』
『絶望を上塗りされたわ!』
芳子はリアクトの画面をそのままに、私物のメモリーチップを操作し始める。
メッセージアプリを開き、宛先に"講師(元助教授)"と記されたアイコンをタップしてメッセージを送る。
『適当に鉢植えの花を対象者のところに転送してください。保護はつけなくていいです』
しばらくして、『了解しました』とメッセージが送られてきた。
スマホに目を向けると、こちらにも反応があった。
『なんか頭上から萎れた変な花みたいなのが来たんだけど。しかも、なんかバグったみたいな形してるし』
芳子は研究室の鉢植えに植えられていた花を鮮明に思い浮かべ、小さく頷いた。
『一度データに細分化してから送るのですが、生花だと生命活動絶たれる上に再構成はできないみたいですね』
『まずい。自分に置き換えてリアルに想像しちまった』
『ご愁傷様です』
『芳子さ、俺のこと精神的に殺しに来てない?』
『そのような意図はありませんでした』
『...そすか』
コトッと音がして、芳子のデスクに小さく影が差す。そこには先ほどまではなかった小瓶が置かれていた。ラベルは風化して読みづらいが、"王水"と大きく印字されているのだけが見てとれた。
<途中経過>
日時:西暦2021年 3/13(火) 16:47現在
結果検証:保護物無しではデータの再構築にも影響を及ぼす。
考察:対象者の回収を検討すべき。
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