第35話 そもそもなんだけど 備考:あれ?藤村は?と思いますよね。
『何かさ、俺史上最強に暇だわ。平和すぎて不安になる。何? 嵐の前ってやつ? みたいな思考が拭えないんだけど』
『そうですか。私は忙しいので失礼します』
『いやちょっと待てい!』
糖分補給を終え、教授室に戻った芳子はいち早くスマホの新着メッセージに気がついた。
当然、送り主は哲男だ。
ここまで来ると、パターンとして下らない何の緊急性もない話である事は分かりそうなものだが、芳子にも用事があるので律儀に内容を確認する。
案の定、毒にも薬にもならない内容であった。
『何ですか?』
『ヒマなんすよ』
『そうですか。切りますね』
『だからちょっと待てい!』
茶番に付き合う暇は、実際のところ芳子にはない。
芳子としては、すぐ様本題に入りやり取りを辞めてしまいたいが、いかんせんできない理由がある。かと言って、本題を振ろうと文字を打ち込んでいるうちに相手側から膨大なレスポンスが送られてくる為、話がいつの間にか変わってしまっている。
性格上、変なところで律儀なのがあだになっているのだった。
『えー、では、本題に入ります!』
『有ったのですね。驚きです』
『ひでぇw』
『いつも本当に内容の無い話ばかりでしたので』
『そっすね。そこは自分では納得して無いけどね(╹◡╹) まあ、それでね、何か、考えてた訳ですよ、暇過ぎて』
『句読点多いです』
芳子は部屋に一つだけある高級そうなデスクチェアに勢い良くダイブした。椅子はあっさりと身体を包み込み、柔らかく受け入れた。
高めの背もたれに頭を預け、何の変哲もない天井を見上げる。その時、ピコンッと音がする。
天に向かって一つ息を吐き、再びスマホに向き合った。
『そこは無視でお願いしまーす!
んで、何を考えたかと言いますと、
何と私、そもそもこの異常事態の仕組みについて考えを巡らせておりましたー!
パチパチパチ╰(*´︶`*)╯♡』
『異常事態とは、兄さんが話の通じない人間だと言うことですか? いつもですよ』
『違うやい!! そして、俺は割とフレンドリー系愛されキャラだよ! 話はむしろ、めちゃ通じる方! いや、そんなことを言いたいのではなく...』
『では、兄さんが安土桃山時代にタイムリープした件ですか?』
『わざとだよね? ゼッテー今間違いだって分かってて俺のことディスりにかかってたよね?!』
『こちらの方ですか。それで、何か発展がお有りで?』
『ハハーン、無視ですか。そうですか。しかし、俺はもう突っ込まない! 人間いつかは慣れが来るのだよ、芳子くん(^_−)−☆』
『最終的に、どういった結果に行きあたったのか、若干の興味があります』
『.........はいはい。話しますよー、無駄口たたくなってんでしょ。もう! お兄ちゃんグレちゃうぞ!』
『年齢』
『うん。俺も今、ちょっとこれは歳を考えてできないなーと思った。とてつもない羞恥に駆られてるから、暫くその件には触れないで。あー、それで、考えた結果ね。んー、簡単に言いますと、人為じゃね?』
室内に凶悪な舌打ちがこだまする。
芳子は足を組み替え、デスク上のリアクトに手を伸ばす。開くと、こちらも新着メッセージが届いていた。
題名は"スペイン侵略"。内容は、見事にコピーアンドペーストで貼り付けたインターネット情報だ。
『何故、そうお思いに?』
『単純に考えまして、そもそも俺、攫われてるんだよね。スマホあるし』
『無念のうちに殺されたので、転生したのでは?』
『え、何? 芳子的には人為説否定派?』
『そういう訳ではありませんが...歯に絹着せぬ物言いをしていいですか?』
『芳子さんや、それはいつもの事です』
『何ですか?』
『何でもないっす(°▽°)』
『では、承諾も得た事ですし、はっきり言わせて頂きます。てっきり、女関係が乱れに乱れ過ぎて収拾がつかない状態まで行っていて、もう刺し違えてでも兄さんを殺したい人間が出てきたりしているのかと。もしくは、心中希望者』
『ぐはぁぁぁぁ!!! うう、会心の一撃』
『見事に自分で蒔いた種を回収して、無念のうちに死んでいったのだと思ってました』
『事実なだけに、何も言えねぇw』
『それで、何を思ったか神とやら存在が憐れみを勝手に覚え、兄さんにやり直しの機会でも与えたのだと。スマホは可哀想な人間への施しなのかと』
『...なるほど。とにかく、お前が俺にダメージを与えようという意思があることは理解した』
『必然的にそうなっただけです』
『さいですか。まあ、そうしておこう。で、話を戻すけど、どう考えてもおかしいのよ』
『何がですか?』
『何かの薬物を嗅がされて...って所までは話したよね』
『はい』
『実はさ、俺、その後も断片的だけど記憶あるんだよね』
芳子の目が溢れそうなほど見開かれる。顔を歪めて、再び舌打ちをする。そして、何かを確認する様にディスプレイを素早くメッセージアプリから切り替え、メモのようなページを開いた。
芳子がびっしりと書き込まれた機械的な文字の羅列を高速で読み進めて行っている事はいざ知らず、哲男からのメッセージが届く。
『んでさ、何か食わされたんだよね。それがさ、また美味いのよ!』
『は?』
『なんつうの、加工されているんだけど、それがまた旨味を引き出してるていうか。食べたことのない美味しさ』
『...それだけですか?』
『うーん、あとは、少なくとも格闘技経験者が関与してたって事かな』
『口元を覆われた時に顔を見ましたか?』
『いや、背後からだったからあんま見えてないんだけど。倒れた時にね、まだ少し意識があったの。首から上が見えなかったんだけど、肩がさ、前傾してたんだよね。病的な感じじゃなくて、普通に格闘技やっててって感じ。あと、俺より身長は小さいかな。下から手が出てきたし』
芳子はスマホを操作している方とは逆の手を頭に乗せ、突如掻きむしり始めた。頭皮の皮膚が炎症を起こすまで掻いて、
後ろ髪が前髪と混ざって、一時代前の
その表情は、恐怖を覚えるほど美しく、
『プロの可能性もあります』
『そうだよねー。俺、お嬢様系とは付き合ってないんだけどな。身分隠してたとかなら、そうなのかも』
『それで話は終わりですか?』
『ん? あっ、何か用事?』
『はい。私からも報告があるので』
『ああ、いいよ、どうぞ』
『いえ。今緊急の仕事が入ったので日を改めます』
『そう?』
『二日後くらいに連絡します』
『了!』
芳子はスマホをバックに放り入れると、起動中のリアクトに文字を打ち込み始めた。
題名は、レポート。宛先は県名誉教授だ。日時の下の内容欄には、こう記載がある。
"結果検証:対象捕獲時に姿を見られていた。
考察:確定できるほどの情報量ではないが、至急対象の回収が必要と考える。判断を仰ぎたい。
筆者:林又芳子"
「面倒だな」
一人しか居ない室内で、芳子の呟きだけが厳かに響く。
日が傾き、室内を
芳子はリアクトに表示されたレポート作成画面を見つめた。
指を"送信"と書かれた平面の箱の上で止め、少し
ディスプレイ中央にサークルを描かれ、すぐに消える。
外はすっかり、夜の帳が降りた後だった。暗い室内で、芳子は明かりをつけることもなく目を閉じたまま椅子から動く気配は無い。
暗がりで表情など見えるはずはない。しかし、宵闇をぼんやりと照らす街灯に、下唇を噛み締める芳子の口元だけが浮かんでいた。
<途中経過>
日時:西暦2021年 3/2(火)17:38現在
結果検証:対象捕獲時に姿を見られていた。
考察:確定できるほどの情報量ではないが、至急対象の回収が必要と考える。判断を仰ぎたい。
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