第13話 砂糖も塩もない場合、どうすればいいんでしょう?

 哲男から送られてきたメッセージがいつ届いたか特定できないので、芳子はメッセージを確認してすぐ人差し指をスマホの上で滑らせる。


『詳しく状況の説明を』

『了。お市さんからあずきが届いた。えー、なんか草っぽいので包装されてて、笹っぽいので両側くくってある。砂糖は同封されてなかったし、塩もない。すり鉢とかも同封されてなかったんだよねー』


 何となく哲男が考えていることは分かったが、今それを突っ込むべきではないと芳子は判断する。


『時間なさそうなので結論から言うと、浅井長政に裏切られています』


 送信マークを押すと間髪入れずに哲男からの返信が届く。

 メッセージと共に哲男から送られてきたスタンプでは、疑わしい表情をした宇宙人が『はぁ?』と疑問を漏らしていた。


『えっ、それマジな話なの? こっちも、丹羽さんがそうじゃないかって。でも、流石にそんな事はないだろうって笑い飛ばして、今あずき煮てたんだけど』


 芳子の文字を追う目が『あずき煮てた』のところに差し掛かり、スマホが小さく軋む。


『聞きたいことは色々有りますけど、取り敢えず逃げて下さい』

『いや、浅井くんと俺、むっちゃ仲良いんだけど。朝倉さんを攻めちゃったのも足利さんのせいだし』

『浅井家は家臣の一謀によって世代交代しました。よって、家臣団の発言力が強いです。そして、浅井家家臣は織田との同盟に強く反対していたはずです。例え浅井長政が織田軍に味方しようとしていても、家臣団に押し切られているでしょう』

『あー、浅井くんとこ遊びに行った時家臣さん達にめっちゃくっちゃ睨まれた記憶ある』

『何悠長に無駄話してるんですか。早く逃げて下さい』

『言われなくても今やってる。てか、大将だと逆にやる事ないよね、こう言う緊急時。それでさ、何であずき=反逆?』

『正確には、あずき=反逆ではありません。あずきの袋とじ=挟み討ち、です。誰が裏切ったかは市姫が送っている時点で推測できます。市姫が何故挟まれていることを知っているか。それは、浅井軍が織田軍を裏切ったことを表します』

『まわりくど!』


 お市は浅井の裏切りをいち早く悟り、それとバレないように暗号のような方法で兄を守ろうとしていたのだった。

 しかし、ここから離脱したところで将軍からの討伐命令は撤回されることはない。十中八九全国を相手に劣勢に立たされるだろう。哲男に残された道は、将軍・足利義昭に討伐命令を取り下げさせることのみ。

 自ずと、逃亡先が決まる。


『京都に引き返して下さい』

『え、何で? 俺を討つ命令出したの足利さんだよ』

『知ってます。だから尚更です。このまま岐阜に逃げても、改めて敵が襲ってくるだけ。幸い、兄さんの現在位置から京都までは目と鼻の先。足利義昭を確保して下さい』

『でも、足利さん捕まえたところで狙われね? なんかで言ってたけど、「一度ついた火はなかなか消えない」んだって』

『そうかもしれませんが、少なくとも諸国大名の織田信長討伐の大義名分は奪えます』

『了。こっち準備できたみたいだから、これから暫く連絡取れないだろうけど寂しがらないでね?』


 この後、哲男からの新たな着信はぴたりと止んだ。同時に、芳子に哲男の着信を暫く待つ意思はなく、急な眠気に誘われて寝室へ向かった。


 翌朝、芳子は食卓にいた。

 朝の5時だと言うのに、芳子の目はハッキリと醒めていた。夜型の芳子にとっては、とても珍しいことだ。

 何度か二度寝を試したはものの、一向に瞼が下がる気配はなく、芳子は諦めてリビングに向かった。

 暫くソファでぼーっとしていたが、何もしないのは落ち着かないのか、重い足取りでキッチンへ向かう。

 キッチンは造り付けのIHクッキングヒーターとこじんまりとした冷蔵庫が、生活感を辛うじて演出していた。芳子は冷蔵庫の取っ手に手を掛け、迷いなくリーンを手に取る。それもそのはず、冷蔵庫の中は一面「リーン」と書かれたパッケージで埋め尽くされているのだ。食事の代わりとなる通称化学薬品しか冷蔵庫に入ってないあたり、食事を作ろうという様子は微塵も見受けられない。

 IHも冷蔵庫も新品のように綺麗で、生活痕は見当たらない。それは、部屋全体にしても同じである。書斎を除いて殆どが備え付け。芳子が入居時に買い足したものといえば冷蔵庫だけだった。その冷蔵庫の購買日シールにはといえば、もう10年程前の日にちが記載されている。

 芳子がリーンとグラスを手に食卓に向かうとスマホにロック画面が表示されていた。勿論、哲男からの着信があったからだ。


(くだらないようだったら、暫く着信拒否しておこう)


 芳子の決意は固かった。何せ芳子は朝が弱い。スッキリ目が覚めたとはいえ相当機嫌が悪く、虫の居所も悪かったのだ。

 芳子はロック画面のポップを押してからロックを解除、画面はメッセージアプリに移行された。


『足利さんは取り敢えず幽閉完了した。あと、岐阜に戻る最中に、トラブってた六角さんのとこの人に襲撃されちゃって(*´∀`*)テヘ そんなわけで、暫くは動けないかも。あ、マジで重症だけど命には関わらないらしいし、心配は御無用です! 本当に大丈夫だから。心配しなくてもお兄ちゃんは死にませんよ。本当、心配しなくていいから。でも、マジで重症なんだけどね。でも、ホント心配しなくていいよ。体めちゃくちゃ熱いし痛いけどね。心配しなくていいんだから』


 哲男はやたらと同じような言葉を繰り返していた。いくら人の感情に鈍くとも、その意味をわからない芳子ではない。


『心配されたいようですが、残念ながら心配してません。まあ、お大事に』

 

(虫の知らせとはね。兄妹って面倒だわ)


 文字を打ち終わり送信したところで、芳子は口を大きく開けて欠伸をし、寝室に戻っていった。

 起き抜けで上手く回らなかった芳子の頭脳は見落としていた。史実では事前に討伐令を阻止して、足利義昭を殺しているところ。しかし、足利義昭がまだ死んでいない。

 そして、浅井長政との同盟が本格的に決裂してしまっていることなど諸々にに気づいたのは、芳子がいつも起きる時間に目を覚まして直後のことだった。




<途中経過>


日時:西暦2020年 9/15(火) 8:13現在


結果検証:特異点の修正が間に合っていない。少しずつ歴史が変化し続けている。


考察:完全な修正は困難に思われる。

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