第11話 その後とカメラ

 芳子の元に写真が送られてきた。

 一枚は京都の紅葉を背景に、見慣れないおじさんと見覚えがあるおじさんさんのツーショット。

 二枚目は若い仲の良さそうな男女の間に、見覚えのあるおじさんが割り込んでいる構図のスリーショット。後ろには見慣れない城のようなものが見える。

 このなんとなく「見覚えがあるおじさん」は、おそらく哲男だろう。一年も経たないうちに、随分老け込んだようだ。そして背景から、前者は足利義昭と推測される。と言うことは、後者はお市と浅井長政だろう。

 どうやら、同盟は無事締結され、上洛は成功したようだ。


(随分老けたな)


 実は、芳子は哲男が家を出てから一度しか会ったことがない。その為、芳子がしっかりと哲男を見たのは随分久しぶりのことである。しかし、ブランクがあるとは言え哲男の老けようは尋常ではなかった。


 写真の後にも何かあることに気づき、芳子は指を下にスクロールした。

 すると、出てきたのは普段論文を嫌と言うほど読んでいる芳子でも読む気が無くなる長文だった。


『見たか、芳子! 人間やればできるんだってしみじみ思ったわー。つうかまじで、本来なら無理ゲーだよ!? 多分分かってやったんだろうけど、普通の神経じゃ、クリア不可能の無理ゲーだよ!? 無理ゲーって言うかもうクソゲーだからね! たいして変わらないんじゃないかって言う正論はぶつけなくてよろしい。自覚してる。それより、まじで褒めて欲しいんだけど。もう、どんなに大変だったかとか。お市さんが浅井さん気に入ってくれたからいいけどさ、それがなかったらマジで俺絶体絶命だったんだからね。足利さんにはやたらと急かされるし。お市さんは最後まで浅井さんに会うの渋ってたし。いやー、でもマジで浅井さん好青年だわ。もう、意気投合しちゃって、なんならお市さんより仲良くなっちゃった。お市さんも気に入ってくれたからさ、すぐ結婚しようって話になって、嬉しすぎて結婚資金全部織田家持ちにしちゃった。あとで、丹羽さんにこっ酷く叱られたけど☆ 普通、嫁ぎ先が払うんだったんだって。あっ、そう言えば足利さんが「そなたの功績を讃えて、副将軍にしてやろう」ってふんぞり返って言ってたからムカッときちゃって断って来ちゃった。こっちも臣下の人たちにめっちゃ怒られた。あれ? 話逸れちゃった。それで、まあ、結果的になんとかなったんですけど、しこたま怒られてやっとだったので、今後とも是非ともご協力いただきたいです。本気でお願いします!!』


 芳子は、最初は性格上真面目に読み進めていたが、2行目で面倒になって3行目を見終わったところで一気に最終行に目を移した。特に内容がないことを確認できたので、芳子はスマホの画面を落とした。

 元々、芳子はこれっきりで支援を打ち切るつもりはなかった。いや、正確に言えば、と言うべきだろう。

 今回のことでも分かるように、哲男は危機的状況でもなんとか切り抜ける能力を持っている。しかしあまり深く考えない性格が災いして、いや、芳子にとっては好転して、哲男は未だにそのことに気づいていないのであった。

 『ここから未読』と表示されているすぐ下の写真、足利義昭と哲男のツーショットは、仲の良さそうに写っているのに、何故かよそよそしく危うさを感じるものだった。


 先の一件でレンタルスペースの管理課から使わないで欲しいと頼み込まれてしまった芳子は、したかなく個室のあるファストフード店に出向くことになった。

 幸い、課題は溜めておかないタイプであった為、しなければならない仕事はさほどなかった。また、8月中旬から1ヶ月間、特別履修のある2年を除く学生は全員夏休みを迎えている為、本来大学に来なくてもいいほどに暇があった。よって、大学校外である少し離れた店に出向くことができたのだった。


『要求は受け入れます』


 芳子は狭い個室の中でコーヒーとシュガースティクを片手に返事を打ち込んでいた。


『ありがとうございます。゚(゚´Д`゚)゚。』


 最近、芳子の元にはやたらと絵文字が送られてくる。若干の苛立ちを感じつつも、感情のままに動き過ぎていると反省して、芳子はなんとかお小言を混じらせまいとしていた。棘のある言葉もできるだけ控えようとした。芳子には、少しではあるが言い過ぎているという自覚が生まれつつあったのだ。


『いえ、こちらもやり過ぎました。申し訳ありません。ところで、あの写真は? 明らかにカメラ目線でしたが』


 どうやら、芳子の自粛は早くも失敗に終わったようだ。


『あっ、あれね。大丈夫。妹よ、兄は学習したのだ』

『遅かったですね、学習するのにどれだけかかってるんですか。まあ、それはいいので何が大丈夫なのか説明お願いします』


 お小言を言わないようにと思っていた殊勝な心はどこへやら。芳子は、いつものペースで辛辣な言葉を紡ぎ始めた。


『あー、久しぶりだわこの感じ。久しぶりにやるものって、なんか楽しいよね』

『説明を』

『...分かりましたよ。えー、今年素敵な出会いがありました。足利さんの命令で仕方なく二条城作ってたんだけど、そこでなんと、ルイス・フロイスさんに会ったのよ。まだ、産業革命は起こってないけど、それなりにあっちの方が進んでるし、未知だから誰も確かめようがない。というわけで、ルイスさんに貰ったことにして、一緒に写真撮った』

『兄さん、産業革命が起こった事実、ご存知だったんですね』

『え、そこ。芳子、俺のことどれだけバカだと思ってんの? いや、確かに芳子に比べたらバカだけど。産業革命が18世紀にあったことくらい知ってるよ』

『凄いです、感動しました。因みに、カメラ・オブスキュラというものが撮影できるようになったのは1826年。産業革命は18世紀後半。厳密には産業革命は関わりがありませんが、兄さんに一般常識があって安心しました』

『関係ないんかい』


 1826年、カメラ・オブスキュラが実現した。

 カメラ・オブスキュラは、小さい暗い部屋という意味が込められており、そのものの概念自体は15世紀には考えられていた。以降、約400年をかけて凸レンズなどの部品が開発されて、ついに19世紀に実現されたのだった。

 14世紀ではまだカメラの前段階であるカメラ・オブスキュラは実現されていない。しかし、言いふらしそうな足利義昭は、近々織田信長に殺される。浅井長政は口止めをしておけば生真面目な性格という噂なので問題はないだろう。


(兄さんにしてはファインプレーだ。まぐれだが)


 芳子は満足げな笑みを浮かべる。


『それでさー、なーんか足利さん将軍になってから態度でかくなってさ。まあ、権力は人を変えるっていうし、仕方ないかなって思ってたのよ。でもなんか、家臣の人たちがすんごい怒ってんのよ。仲良くした方がいいと思うんだけど、足利さんもなんでか気に入らないらしくてさ、俺らを』

『足利義昭の方が、ですか?』

『うん』


 史実では、織田信長が驕り昂って無理難題を命令してくる足利義昭に嫌気がさして、幽閉したとされている。その後、織田信長の敵対勢力に織田信長討伐を指示しようとして、織田信長が足利義昭の元に置いていたお目付役によって阻止され、殺された。

 そのお目付役となっていたのが、誰あろう浅井長政であった。当時副将軍に任ぜられていた浅井長政は、後に織田信長の家臣に下り、末永く織田家を支え続けた。

 しかし、哲男の行動によって歴史が変わり、それがどうなったかも怪しいところであった。


『兄さん。先の一件で副将軍を辞退したとおっしゃりましたが、では、どなたが就任されたのでしょうか』

『あー、なんか町っぽい名前の人。名前は忘れた』

『浅井長政ではなかったのですか?』

『違うよー。えっ、本来は浅井さんだったの? あー、でも確かに協力してもらったし、推薦しとけばよかったね』

『まあ、それに関しては後で対策を練りましょう』

『芳子が優しい! 珍しいねー、なんかあった? そうだ、フロイスさんの話に戻るんだけど、キリスト教の布教許していい?』

『いいのではないでしょうか。結局は多宗教国家という名の無宗教国家になるのですし』

『良かった。実はもう許可してたんだよね』


 芳子は、手にしていたスマホをに力を入れた。なんとか、キレぐせを出すまいとしている様は、少し前の藤村の様子と酷似していた。




<途中経過>


日時:西暦2020年 9/3(木) 12:30現在


結果検証:概ね良好。ちょうどいい具合に歴史が変化しつつある。


考察:どこまで操作できるかに不安がある。史実に戻すべき。

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