9.声

「もしもーし(ざっ)」

 無線機から人の声がして尚樹は耳を疑った。

 

 その日も「無線室」で無線機の電源を入れて、文庫本を開いていた。

 タワーにコピーを置いてきた「マニュアル」に「毎日19時から1時間、無線を聞いている」と書いたからだ。

 ここで待つようになって、あるゾンビ系の映画を思い出した。男が岸壁で日光浴をしながら、毎日無線を聞いていたのだ。その映画のゾンビたちは日の光が当たると焼けてしまうから、昼間は誰もいない町で男が好きに出来る時間だった。

 幸いこの世界では夜になってもゾンビは出てこないから、日が暮れてタワーの発電機が動き出すころを通信の時間に設定した。なので毎日夕方になると無線室に来て発電機を回し、無線機の電源を入れている。一応、定刻前に全チャンネルをスキャンして、メインチャンネルでCQ呼び掛けもしてみているが、もちろん返答はない。そして19時になると指定した周波数チャンネルに合わせて1時間待機する。

 はじめの頃は、別の無線機で他の周波数帯をスキャンしたりして時間をつぶしていたが、以前よく耳にした軍のレーダーの周期的なノイズさえも聞こえないというあまりの閑散さに1日で飽きてしまった。

 あまりに暇なので、最近はカーテン(おっさんOMさんはちゃんと遮光性の高いやつを付けてくれていた)を閉め、スタンドの灯りをつけて、本屋から「借りて」きた文庫ラノベを読みふけり、1時間ちょっとかけて、いちゃいちゃする主人公たちのお話を1冊読み終え、電源を落として帰路に着く。いつもなら。


 しかし、その日は文庫ラノベをほんの何ページか読んだところで、その声が聞こえた。


「もしもーし、聞こえてますかぁー? (ざっ)」

 しばらくして、また声が聞こえた。

 空耳じゃない。若い女性YLさんみたいだ。どきどきする。

 慌ててマイクを取る。が、向こうが送信ボタンPTTを離したノイズが聞こえたタイミングで波を出すPTTを押すのが染み付いていて、つい次の発言を待つ。

「もしもしー(ざっ)」

 よし。

「はいはーい。」

「わっ! ほんとに誰かいたっ (ざっ)」

 えーと、ノートに書いた手順はどうだったっけ?

「ちゃんといますよー。」

 時間稼ぎにとりあえず返事を返す。

「すごいっ。うそじゃなかったっ (ざっ)」

「いま着いたの?」

 なんとか思い出しながら答えつつ、慌ててノートをめくる。

 しばらくが空いてから返事が来る。おそらく向こうでも、ノートのコピーを読み直してるんだろう。

「そうそう、着いたばっかり。(ざっ)」

 ちょっと棒読みっぽくなった。こちらも戸惑いを隠し、がんばって親しさを装う。

「おつかれさまー。そっちは大丈夫?」

 また少し間が空く。

「大丈夫ですよー (ざっ)」

 語尾を伸ばす癖があるみたいだ。

「いまはひとり?」

「はい、そうですー(ざっ)」

「えーと、これからどうする?」

 少し間が空いて。

「あー、『例のとこ』に行ってみようかと (ざっ)」

 少し考える。

「もしもしー? (ざっ)」

「あ、すみません。ちょっと考えてた。」

「あぁ (ざっ)」

「あのー、もし『いつものとこ』にするなら、ちょっと美味しいものが出せるかも」

「えっ? (ざっ)」

「ちょっと待たせちゃうかも知れないけど、もし良かったら」

 少し間が空く。

「どのくらい待ちますかー?(ざっ)」

「えーと、たぶん、30分くらい、かな?」

 これは尚樹が決めてノートに書いた符号で、待ち合わせ時間だ。1時間を10分で表現して翌朝5時からの経過時間であらわす。つまり、この場合、朝の8時のことになる。

 ちなみに朝5時は、夏に日が昇る時間だ。

「わかりましたー。 じゃぁ、こっちも『それに合わせてむかいます』ねー (ざっ)」

「おねがいします。じゃあ、またあとで。」

「はいー(ざっ)」

 さて。

 思いつきでどこまで出来るかわからないけど、まずはモノをかき集めないと。


 朝6時。

 尚樹は、岸壁で釣り糸を垂れていた。

 幸いなことに、5時からの1時間で、小さめのアジっぽいのが数匹釣れた。

 昨夜、あのあと、ホームセンターで物色していて、釣りの道具が目に入って、せっかくのお姫様YLさんだから魚でもご馳走しようかと思いついた。お好みかどうかは知らんが。

 以前に試したとき、適当にやってみたらあまりに釣れないので、悔しくて釣りの本で少し勉強したのだ。勉強しただけで試してはなかったから、ちょっと釣ってみて駄目なら、当初の計画通り缶詰だけ持っていくつもりだったが、勉強の成果か、尚樹の怨念が通じたのか、ちょっと釣れた。

 ちなみに道具は、昨夜、専門店で「調達」した。撒き餌も乾燥モノがまだ残っていたので、ありがたく頂戴した。

「おっ、と」

 さらにもう一匹。ありがたくクーラーボックスにお入りはいり願う。


 7時。

 岸壁を引き上げた尚樹は、今度は、バーベキューセットと格闘していた。

 ミナトタワーの工事のときに、まわりを探検してバーベキュー場があるのを見つけていたのだ。

 そう、昨夜お姫様に言った「ちょっと美味しいもの」とは、バーベキューだ。ちょっと高めの缶詰を火で炙るだけでも、きっと「ちょっと美味しい」だろう。しかも新鮮な魚が手に入った。嫌いじゃなければ、喜んでくれるに違いない。駄目だったら? 縁がなかったとあきらめる。

 小屋の中に仕舞われていたバーベキューコンロを2つ組み立て、机、椅子、炭や食器を運んで、それっぽく並べた。

 魚を捌いて、保冷材を入れたクーラーで冷やしておく。もちろん保冷材は公民館の冷蔵庫から持ってきた。

 あと25分。そろそろ火をおこしてもいいかな? コンロ2つだしな。

 火がおきたら、お姫様をお迎えに行こう。




---あとがき-------------

いつか王子様が(お姫様をお迎えに)?


※「OMさん」は、本来は「オーエムさん」と読みます。同じく「YLさん」も「ワイエルさん」です。為念。ちなみに「Old Man」と「Young Lady」の頭文字だったはずです。


※奈美のPTTの押し方が玄人っぽすぎるのですが、初心者さんの押し方を考えるのをサボりました。今のところ直す気がありません。はい確信犯です。ご存知のかたは適宜脳内補完願います。ごめんなさい。

(2020/11/02 01:00)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る