18 君は……

 拘束された魔法使いと獣人の傭兵がウィーナー伯爵家から派遣された騎士団に引き渡されると、私達は蟲に乗ってまた数十分程で家に帰ってきました。


 見慣れた家を見ると、無事に帰ってこれたとホッとします。


「これで一安心だね。エリザベスさん」


 地面に降り立つと、ニコニコしているアタナシアさんに声をかけられました。


「はい。本当に、お世話になりました」


 アタナシアさんと、イライアス様がいなかったら、どうなっていたか。


 そこで、ハッとしました。


 蟲から降りたハーバートさんが、驚いた顔で私を見ています。


 普通に“エリザベス”と呼ばれていました。


「きみが、エリザベス……公爵令嬢……?」


 とうとうハーバートさんに知られてしまいましま。


「きみは……」


 嘘をついていた私がどんな非難を受けたとしても、それは仕方のないことです。


 覚悟を決めていましたが、


「君は、16歳だったのか!?」


「えっ……」


 ええっ……そこ、なんですか……?


「俺はてっきり、せいぜい14歳くらいかと」


 えええっ……それ以下に見られていたってことですか?


 余計にガックリと、力を失っていました。


 完全に子供だと、子供扱いされていたわけですね。


 これでも誕生日が過ぎて17歳になったので、成人の18歳ももうすぐとなるのですが。


 私の様子を見たハーバートさんの方が慌てた様子を見せました。


「すまないエリ、いや、エリザベス嬢。君を傷つけるつもりは……」


 何だかそれも距離を感じて、余計、落ち込みます。


「いいんです……貧相な外見の私が悪いので……」


「決して、そんなつもりは、そんな風には思っていない」


 しばらく、立ち直れそうにないです。


 俯いていると、


「あーあ。ハーバートさん、やらかしちゃった……」


 ぼそっと呟くアタナシアさんの声が聞こえました。


「私も、女性に対しての失言には気をつけよう」


 今度は、イライアス様の言葉です。


「お、俺は、失言をしてしまったのか」


 完全に狼狽えてしまったハーバートさんのその姿は、珍しいものでした。


 額に手をやり地面を見つめて、愕然としていました。


「エリ……」


 助けを求めるように私を見たので、思わず視線を逸らしてしまいました。


 ハーバートさんは、ますます落ち込んだ様子です。


 その姿を見ていると、申し訳ない気持ちにはなりました。


 悪いのはやっぱり、私の方なので。


「ハーバートさん、嘘をついてて、ごめんなさい。騙すつもりはなかったのですが、公爵家にはもう帰れなかったので、ここを出たら行くところがなくて、それに、貴族なのに字が読めないことが恥ずかしくて……ごめんなさい………」


「あ、いや、それは、エリが謝る事じゃない。俺は、今でも君を追い出すつもりはないから、心配しなくていい。俺の方こそ、君の事情も考えずに最初から拒んで、すまなかった」


「いえ、ハーバートさんが私との婚姻を拒んだのは、当然のことなんです。貴族と結婚したくないというのは、当然のことなんです。ハーバートさんは、私と結婚してはダメなんです。国に囲われて、自分の意に反して利用されてしまうなんて、ハーバートさんがそんな風に扱われるのは嫌です」


「エリ、あのメモを見たのか?」


「最近、読めてしまって……私は、近いうちにここを出て行きますので、でも、その為の相談に乗ってもらってもいいですか?」


「いや、そんな事は考えなくていい」


「でも、ご迷惑をおかけします」


 いつ結論が出るのか分からない話し合いを重ねていると、


「そんなに、難しく考えなくてもいいんじゃないかな?」


 それまで黙っていたイライアス様が、私達を見ていました。


 アタナシアさんは変わらず、ニコニコとそのお隣に立って、私達を見守っていました。


「今、王都に置いている私のドッペルに確認させたが、エリザベス嬢と連絡を取ろうとするなどの動きは、ビルソン家にはないようだね」


「私は、家からは見限られていますので……」


 仕方のないことだとは思っていましたが、それを言葉にすると、ハーバートさんの方が悲しげな顔をされました。


「それで二人のことだけど、簡単な話だよ。結婚をせっつかれる前に、エリザベス嬢、君が死ねばいいだけの話なのだから」


 口元には微笑すら浮かべているのに、さらっと言われたことは怖い響きがありました。


「殿下、何をお考えなのでしょうか?」


 困惑顔のハーバートさんが、私とイライアス様との間に立ちました。


「ハーバート氏は貴族と結婚するつもりはない。エリザベス嬢は結婚する以外の道はなく、家には帰れない。それならば、やることは一つだ」


 淡々と、穏やかな口調のまま、その計画は話されました。


「私は、分身をつくるのが得意だ。他人の分身を作るのは少し厄介だが、その分身を使ってエリザベス嬢の死体を用意する。まぁ、魔力で作った、ただの泥人形だと思って欲しい。本人には何の影響もないように調整するから、安心して。それで、その死体を見つけてもらって、エリザベス嬢はここに辿り着く前に死んだことにしてもらうんだ。だから、公爵家とは完全に決別することになる。もう二度と家族とは会えない」


 それでもいいか?と、尋ねられます。


「私は、家族とはもう会うことは許されません。そのように言い含められて家を出されました。それに、あの家にいても自由に話すこともできませんでしたから」


「では、貴族に戻れないとしても」


「私にとっては、しがみつかなければならないものではありません」


 うんと、イライアス様は確認するように頷きます。


「それで、お二人は結婚の意思はあるのかな?」


「「それは…………」」


 ハーバートさんの方を見ると、ハーバートさんも私を見ていました。


 ハーバートさんが、私をどう思っているのかは分かりませんが、少なくともそういう対象としては見られていないことは、私を子供だと思われていたことでよく分かりました。


 それならきっと、ハーバートさんの方からお断りするのだろうと考えていると、


「今ここで決めるようにって、野暮なことは言わないけど、エリザベス嬢の死体が見つかって一年くらいが猶予期間かな。その間、国からハーバート氏に余計な話がいかないように、私が見張っておくよ。それくらいはできるから安心して」


 イライアス様は簡単に言いますが、“それくらい”ではないのは分かります。


「その間に、ハーバート氏はさっさと婚姻届を出してほしいが。その時は、アタナシアに連絡してくれたら、私の方が上手く処理しよう。ちゃんとした手続きで受理されたものを、国が簡単に破棄するわけにはいかないからね。それはさすがに各所から反発されるよ」


「殿下が、何故そこまでしてくださるのかが分かりません……難しい立場の貴方が、国の意向に逆らうような事を………」


 やはり、困惑気味のハーバートさんでしたが、


「私はただ、アタナシアにいいところを見せたいだけだ」


 端正な顔立ちの方が、キリッと、音がしそうなほど至極真面目な顔で仰ったので、それは、とっても説得力があるものでした。




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