14 荒らされた家


 ハーバートさんの身に起きた異変を説明し終えると、一度シルバーノームの家に戻ることになりました。


「イライアス様、ついてきても大丈夫なのですか?」


「知ってるだろう?城にはドッペル(分身)がいるから大丈夫だよ。それに、移動は私がいた方が速くはないか?」


「確かに、そうですけど」


 お二人の会話を聞きながら伯爵家の庭に三人で出て、そこでイライアス様が地面に何かを描き始めました。


 剣先で円形の模様のようなものを描き、最後に斜め上に線を引き上げると、そこに、腰の高さ程もある巨大な蟲が二匹現れていました。


 トラツリアブによく似た姿で、半透明な翅が小刻みに震えていて、大きな複眼は真っ黒く、体は柔らかそうな何かに覆われています。


 その見た目は小さければ可愛いものかもしれませんが、この大きさには引いてしまいます……


「あー、慣れないとちょっと見た目がアレだけど、移動速度は何よりも速いから。エリザベスさんは私と乗ろうか」


 私が固まっている間に、アタナシアさんは、慣れた様子ですでに蟲に跨っています。


 手を引いてもらって、アタナシアさんの後ろに私も跨がりました。


 フワフワした乗り心地は悪いものではないのですが、蟲に体を預けていることを考えると、足先の方からゾワゾワとしたものが這い上がってくる感じがして、アタナシアさんが着ている黒いローブの端を握りしめてしまいます。


「じゃあ、出発するね。怖かったら目を瞑っていたらすぐだから!」


 そう話す間に、イライアス様はすでに飛び立っていて、上を見上げていると、今まで体験したことのない感覚に襲われました。


 飛び立った蟲は、みるみる内に空高くに上がり、眼下に広がる家々を見て、生きた心地がしません。


 結局、目を閉じ、アタナシアさんにしがみつき、一言も発しないまま、ハーバートさんの家に到着していました。


 馬車などで数日を費やした距離を、ものの数十分で帰ってきたので驚きます。


 でも、地面に降りて何か感想を述べる間も無く、家の惨状を見て言葉を失っていました。



 倒された柵。


 壊れた扉。


 荒らされた室内。



 それらが、何か起きたことを物語っているだけで、この家の主人の姿は、やはりどこにもありませんでした。


 家を離れていた間に何が起きたのか。


「どうして、こんなことに……どうしよう……やっぱり、家を出ずに、近くにいた方が……」


「ううん、エリザベスさんが私達に知らせてくれた方が良かったよ。貴女に危害を加えることは不可能だったとしても、私達は今この時でも異変に気付くことはできなかった。いい判断だったと思うよ」


 私に危害を加えることができないと言った言葉の意味を知る前に、イライアス様がアタナシアさんを呼びました。


「ここから“守り”がやぶられてる。他の所は機能しているようだから、被害はここだけのようだ」


「他の魔法使いが絡んでいるということでしょうか?」


「うん。それと、アタナシア、これを見て」


「……獣の毛?」


「どう思う?」


「#また__・__#ですか?………エリザベスさん、この家の中に動物や魔物は入ったことはありましたか?」


「私がいた間は、見かけませんでした」


 お二人の話す姿を見て、何かの目星をつけているように感じました。


 ハーバートさんは町の人から慕われて、頼りにされて、私も頼りきってしまっています。


 そんなハーバートさんが頼ることができる、助けを求める事ができる心強い方達がいることに、今は感謝していました。


 無力な自分を嘆くよりも、そのことに感謝していました。


 お二人の邪魔にならないように扉近くで見守っていると、遠くから足音が駆けてくるのが聞こえて来ました。


「エリ!」


 駆け込んできたのはジェフ君でした。


「よかった、無事だったんだな。でっかい虫が見えたから、急いで来てみたんだ。兄ちゃんが、ここでハーバート先生と一緒にいた時に、襲われて」


「えっ!?」


 ジェフ君の言葉に動揺しました。


 まさか、デレクさんまで被害に遭ってしまったのかと。


「ハーバート先生がどこかに連れて行かれてしまったらしいんだ。自警団の人達が領主様に連絡をとろうとしているみたいだけど」


「デレクさんは無事なのですか?」


「兄ちゃんは怪我をしているけど、とりあえずは大丈夫だ。ハーバート先生、兄ちゃんからエリの話を聞いて動揺して、その直後に襲われたって」


 デレクさんは大丈夫だということに、ほんの少しだけ安堵しました。


 でも、ハーバートさんが連れ去られたことが確定してしまい、これからどうすればいいのか、どこに連れて行かれてしまったのか。


「ちょっといいかな?」


 私達のやり取りを聞いていたイライアス様が、ジェフ君に声をかけました。


「私達は、彼女の依頼でこの町を訪れた者だ。こちらはここの領主でもあるウィーナー伯爵家の御令嬢。すでに領主には連絡がいっているということを町の人に伝えてもらいたい。後のことはこちらが預かるから、町の人には普段通りの生活を送っていてほしいということも一緒にね」


「領主様の家の方なんですね。わかりました!伝えてきます!エリ、領主様が捜索してくれるのならハーバート先生はきっと無事に帰ってきてくれるから、クヨクヨするなよ!」


「はい」


 ジェフ君が元気よく走り去っていく背中を見送り、室内で話すアタナシアさんとイライアス様の元へと戻りました。




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