12 行ってくる

「ただいま、エリ」


「おかえりなさい、ハーバートさん!」


 むき終わったクルミと、家にあった他のナッツ類をオーブンにいれたところで、ハーバートさんが帰ってきました。


 お茶の用意をして二人分テーブルに置くと、私もハーバートさんも自然と椅子に座ります。


「町の子供同盟にいれてもらえることになったんですよ」


 思い返せば微笑ましいことで、昼間にあった事を早速報告しました。


 それに対して、“あの子達か”と、笑って応えてくれます。


「年頃の子達は、どうしても華やかな王都に憧れて出稼ぎに行ってしまうんだ。友人と呼ぶには小さな子供達ばかりかもしれないが、エリの話し相手が増えてくれたら嬉しいよ」


「町の皆さんは、いつも気さくに声をかけてくれますよ」


 それを言ったところで、お店で会った女の子から言われたことを思い出してしまい、ハーバートさんの顔が見られなくて俯いてしまいます。


「どうした、エリ?顔が赤いが、体調が悪いのか?」


 さらに覗きこまれたものだから、


「なんでも、なんでもありません!オーブンを見てきます!」


 すくっと立ち上がって、そそくさとキッチンに逃げ込みました。


 オーブンの温度を確認するようにしゃがみ、物陰に隠れます。


 話題を変えたくて、それを尋ねました。


「あの、デレクさんが見慣れない人がいたってハーバートさんから聞いたと、話していました。やはり警戒しなければならない事態なのでしょうか?」


 ここからはハーバートさんの姿は見えませんが、少し低くなった声で返事がありました。


「注意を怠っては駄目だが、エリが不安がることは何もないよ」


 “心配する必要はない”と話すその言葉を、この時は信じるしかありませんでした。





 翌日。


 ハーバートさんが、また仕事で出かけることになりました。


 私が不安そうな顔をしていたのか、


「町を出たり、魔物避けの向こう側に行かなければ大丈夫だから。じゃあ、行ってくる」


 安心させるように頭を撫でられながら、そう言われました。


 今日から何日かは、ハーバートさんが帰ってこない日が続くことになります。


 不在になるのは三日の予定で、その背中を見送りました。


 身を守る術があるハーバートさんに、本来なら私の心配など無用なのかもしれませんが、今回は何だか胸騒ぎがしてしまって……


 早くハーバートさんの元気なお顔を見たいからと、見送りをした直後から、もう早く帰ってきてほしいと思ってしまっていました。


 不安な気持ちを紛らわすために、家の中の掃除を念入りに行っていました。


 でも、いつもよりも注意が散漫で、だからうっかり、箒の柄が当たって何かをまとめていた箱を落としてしまいました。


 それは雑紙入れのようで、一枚のメモ書きが床に落ちていたので拾い上げます。


 それには見覚えがありました。


 初めて来た日に、テーブルに置かれていたものです。


 内容を、読むことができました………


 ハーバートさんの慣れ親しんだ綺麗な文字だったから、それを読めてしまいました。




『貴族/と/縁/を/結び/国/に/縛り/付け/られる/つもり/は/ない


 国/の/言いなり/に/なって/都合/よく/使われる/つもり/は/ない


 結婚/を/誰か/と/する/つもり/は/ない


 これ/を/見た/の/なら/すぐ/に/家/に/帰って/くれ』




 これが、私、エリザベス・ビルソンに宛てられた内容でした。


 私は、本当に、自分のことばかりで、ハーバートさんのことを何も考えていませんでした。


 国からの命令で、ハーバートさんが貴族の者と結婚する影響を。


 それは、高位貴族であればあるほど、ハーバートさんを縛り付ける鎖になり、枷になることを。


 メモ紙をそっと戻し、箱も元通りの場所に置きます。


 心が酷く冷えて、頭痛がしていました。


 他のことを考えられなくなり、何をしても集中できなくて、時間ばかりが過ぎていきました。


 私は、この時も自分のことばかり考えてしまっていました。


 ハーバートさんの無事を願わずに、帰ってきた時にどんな顔をすればいいのかと、自分本位にそんな事を考えてしまったから、だから、罰が下されたのだと、後悔することになったのです。





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