雨宿り
「あっ、おい、降ってきたぞ」
中林が空を見上げる。
夕暮れ近くの空が厚い雲に覆われていた。
クラスの女子には一体どんな陰毛が生えているか予想――、という話し合いを行っている内に随分時間が経っていたようだ。
パラパラ降り始めたかと思うと、あっという間に、バケツを引っくり返したような土砂降りとなった。
「うわーうわー、これヤバい。帰られへんぞー」
自転車を屋根の下に引き入れながら小島が嘆く。
その時、公園のジャングルジムの向こう側から、こちらに向かって駆けてくる複数の人影が見えた。
雨粒を遮るように手をかざしている。
だが勢いがあまりに強いため、ほとんど意味を成していないようだった。
ゴールテープを切るように三つの人影が屋根の下に転がり込んできた。
彼女らの顔を見てオレは「あっ」と小さく声を上げた。
その声に反応したのか、一人が、
「あ、吉川」
オレの名を口にした。
同じクラスの川野ゆり子だった。
「吉川?」
「あ、ほんまや。中林と巨神兵もおるやん」
他の女二人は原と森下だった。
つまりは全員同級生だ。
密かに衝撃を受けたのは、川野がオレの名を口にしたことだった。
同じクラスなんだから当たり前と思うかもしれないが、今で言うスクールカーストにおいて彼女らは最上位、オレ達三人は下層民だった。
学校生活でも話した記憶などまったくないのに、貴族が奴隷の名を知っていたことに驚いたのだ。
彼女は屈託のない笑顔を見せながら、
「ここで何やってんの? っていうか、ここあんたらの陣地?」
――陣地。なるほど、ここはオレ達の陣地やろか?
オレは味方の顔を見る。
二人とも座ったまま硬直していた。
先ほどまで女子の陰毛について饒舌に語っていた中林は、すでにアンダーグラウンドの住人に戻っている。
――地蔵か、こいつら……。
「いや、陣地とか、別に、そんなんないけど……」
仕方ないので、微妙な愛想笑いをしながらモゴモゴ返事をすると、
「まぁ、ええわ。ちょっと雨宿りさせてな」
「う、うん……」
川野は、ありがとうと微笑むと、くるりと背を向け原と森下に向き直る。
「いきなり降ってきたから、びっくりしたなぁー」
「ほんまやで、見て、どこもビッシャビシャや」
原が荒い息を整えながら額を拭い、むっちりした二の腕を上げて脇を見せる。
「ちょっとちょっと、男子もおるんやでー」
そう注意する川野の背中には、ブラジャーの線が浮いている。
頭を下にして濡れた長い髪を束ねて絞っている。
子鹿のようなスレンダーでしなやかな手足から雨粒が滴り落ちるのを見ていた。
彼女が男子から人気の高い理由は、そのルックスを見れば一目瞭然だ。
もし仮に、学校に芸能人のスカウトマンが来たら、真っ先に指名するだろう。
オレは常々、テレビで見るアイドルよりも川野の方が――、とずっと思っていた。
「しばらく止みそうもないなぁ」
原が空を見上げて諦めたように言う。
ほんまやなぁ、と二人。
六畳ほどの東屋には、四辺にベンチが備え付けられている。
その対辺同士のベンチに、男子グループと女子グループがそれぞれ分かれて座っている。
外に目をやれば、視界は霧のように白く濁っていて、時計塔が五時前を示しているのが辛うじて見て取れる。
オレ達男子陣は、互いにアイコンタクトを取りながら、どうしたらいいか合図しあっている。
だけど女子を盛り上げるトレンディな会話など思いつくはずもなく、かと言って追い出すことなどできず、ただ沈黙しているだけだった――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます