第38話 本日一番の笑顔

 穴ぐらから顔を覗かせ、外の様子に眼をやるリスケル達。しかし、一向に標的を見つけられず、早くも戸惑いを見せ始めた。


「どこにいんだよドラゴンは?」


「……あそこだ。まだかなりの距離がある」


 地平線の上、砂丘の狭間には豆粒大の集団が見えた。ときどき炎柱らしきものが立ち昇り、それらの周囲では、更に小さな何かが飛び交っていた。


「あれって、もしかして飛びトカゲじゃないのか? ホラ、砂賊が操るヤツ」


「ふむ。ならば静かにせよ。向こう側を探ってみる」


 ネイルオスは周囲に釘を刺すと、耳に神経を集中させた。そうして聞こえるのは、戦場からもたらされる生々しい物音の数々だ。燃え盛る火炎の音、刃物の擦れる音に息遣い。それらに混じって飛び交う怒号をネイルオスは拾い上げ、そのままを口に出した。


(飛龍隊、どうにかして引きつけろ!)


(村の方へ行かせるな、巨乳に包まれたい村は焼かれちまったぞ)


(援軍は。激臭少女マニア村と、拘束フェチ村の援軍はまだか! 貧乳大好きっ子村の奴らは使い物にならねぇ)


(なんだと、オレらの好みを馬鹿にしてんのか? 平たい胸こそが最高に美しいんじゃねぇか!)


(ハァ? デロンと垂れ下がる乳こそが崇高だと何度も……)


(やめねぇかお前ら、争ってる場合じゃねぇだろ)


(うっせぇ重度のロリコンは黙ってろ!)


 ネイルオスは平たい口調のまま言い終えると、無表情のままで振り返った。それを迎える仲間たちも似たような表情だ。


「だ、そうだ。どうする?」


「まぁあれだ。いっその事、滅ぼしてもらった方が世界の為なんじゃないか。そもそもが人さらいだし」


「では静観させてもらうか。幸いにもワシらは標的ではないらしい」


「なんか腹減ったな。そろそろツル以外も食いたくなってくる」


「アカイヤロ。手頃な食料はあるのか?」


「砂の中を掘れば、サンドクラーケンの足が見つかりますよ。それをブチッと切れば丁度良い飯になります」


「へぇ。お前ら夢魔人も飯は食うんだな」


「欲望だけ食ってるとバランス悪いんでね」


 何事もなかったように巣穴へと戻ったリスケル達は、そのまま食料調達を開始した。先導はアカイヤロ。彼は砂の壁に耳を当て、物音を聞き分けてから穴を掘り出した。天井は魔法で補強するので、崩落する危険性は薄い。


「ホラホラこれですよ。根本からズビシとやっちゃって」


 ようやく探り当てたのは、通路を横断して塞ぐイカの足だ。人間よりも太いそれをリスケルが手刀で刈り取る。するとくぐもった大声とともに地震が起きた。宿主が痛みから暴れだしたのである。


「おっと、予想以上の大物だ。これじゃあ道が崩れちまうから急いで戻りましょ」


「大変セッちゃん。逃げよう……って居ない」


「ギーガンよ、セシルならまだ寝ている頃だ。気遣わなくとも良い」


「おい、コイツを運ぶのを手伝えよ!」


 そうして崩壊する通路を駆け抜け、あわや生き埋めになりかけるのを、どうにか寸前で脱出した。収穫はイカの大足が丸々1本。成果の良し悪しは主観に依るところだろう。


「クソッ。飯を調達すんのも命がけかよ」


「聖者くんが居て助かるなぁ。だいぶ楽チンだったよ」


「はぁ……さっさと洗って食おうぜ」


 ネイルオスによって十分な水が生成されると、大きな足先からは砂埃が剥がれ落ちていく。続けて火にかけると、立ち昇る煙の多さに閉口させられた。手のひらで空気を仰ぎ、ネイルオスの風魔法を使ってまで煙を追い払うのだが、状況の改善は難しかった。


「うわ。すっげぇなこれ。地下でやる調理じゃねぇだろ」


「出口付近でやるべきかもしれんな」


「面倒臭ぇ。いっそ生のままで食っちまうか?」


 そんな会話を重ねるうちに、ギーガンは何かに気付いた。微かな振動とともに天井から砂がパラパラと落ちている事に。


「揺れてる。イカさんが暴れてるの?」


「いや、この感じは違うだろ。2足歩行で大型のヤツじゃないか」


「待て。それはすなわち……」


「オレらに気付いた!?」


 リスケルは出口へ向かって駆け出した。そして穴ぐらから顔を覗かせると、大挙して押し寄せる集団に気付いた。劣勢に立たされた砂賊達である。見知った顔、それと見知らぬ顔の背後には、獰猛なドラゴンの姿までがあった。


「うわぁぁ、助けてくれぇ!」


 男達は我先にと穴の中へと飛び込んでいく。


「おい、何だよお前ら。勝手に入るな!」


「死にたくねぇ、死にたくねぇよぉ!」


「クソが。こっちまで巻き込みやがって……」


 迫りくる振動は腹に響く程の大きさだ。やるしかない。覇気をみなぎらせたリスケルは、人の群れをすり抜けながら逆走した。


「来いやオラ! テメェらの相手はオレだぞ!」


 外では風が強まっている。巻き上がる砂が視界を奪いそうだが、ドラゴンの巨体を見失うほどでもない。眼前には3体、その後ろにも何体かの気配がある。


「先手必勝だこの野郎!」


 ワッショイ。そんな掛け声とともにリスケルは深く踏み込み、拳を打ち付けた。ドラゴンの腹は固く、皮膚には弾力があるので、十分な力を伝えきれない。しかしさすがは大陸最強。たったの一撃で怪物を怯ませる人間離れした芸当が、敵側の動きに乱れを生じさせた。


 そしていよいよ激しくなる砂嵐。こうなれば強弱など有って無いようなものだ。視界は容赦なく奪われ、戦の機運は急速に萎んでいく。


「……ったいだ。引き揚げる」


 リスケルは暴風の隙間から確かに聞いた。人の話す声だ。しかもそれは彼に投げかけられたものではなく、複数人が潜むことの証明となった。


「誰だ! 誰かいるのか!」


 叫ぶ問いに答えはない。そしてドラゴンは群れを成して遠ざかっていった。リスケルは追跡したくなるが、止めた。この嵐の中を飛び出せば必ず遭難するからだ。


「仕方ねぇ。何かすんげぇ秘密を掴めそうだったけど」


 リスケルは不完全燃焼のままで穴ぐらへと舞い戻った。砂まみれの髪を叩き、袖や裾まで払っていく。鎧の中が激しく不快になっているが、彼は精霊の鎧を脱ぐことが出来ない。


「まったく。今日は厄日かよ」


 耳の中をほじくりつつ、薄暗い通路を歩いていく。濡れタオルを用意してもらおう。そんな事を考えつつ帰還したのだが。


「うっほぉぉロリ美少女! 絶世のロリ美少女がいるぞぉぉ!」


「こっちはとんでもねぇ美女だ! しかも巨乳だぜヤッホォォ!」


「お婆ちゃんいない? 美人お婆ちゃんはどこ!?」


「うぉぉぉ最高だ! これからはここに住もうぜ!」


 押しかけたクセに勝手な事を叫ぶ砂賊たち。彼らは揃いも揃って、ケダモノのような顔つきになるのを隠そうともしなかった。


「やいやいやい! 今日からここはオレらのモンだ。男どもはいらねぇ、とっとと消えろ。そして女達は奉仕係として毎晩毎晩……」


 無謀な要求を突きつける男達の背後には、音もなくリスケルが迫る。浮かべた笑みは一点の曇りもない。それに反して拳は硬く、極めて硬く握りしめており、殴り倒すのに最適な形状をしていた。それから何が起きたのか。リスケルの判断は、砂賊の運命やいかに。


 地下で起きた事件では目撃者など限られている。それでも、何十もの野太い悲鳴が響いた事だけは確実であった。


 

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