第17話 人魔併合

 ようやく始まった魔族との交渉。冒頭から存分に殴り合うだなんてお茶目はあったものの、結果的には目論見通りに転がり、順調な運びとなった。


 場所は変わらず最奥の間。フアングは部下に命じ、草編みの敷物を並べさせると、率先して腰を落ち着けた。


「これはゴザってんだ。四足の椅子がお好みのニンゲン様には苦痛だろうがよ」


「いや別に。ひんぱんに野宿はやったし、そん時は草むらで寝起きするし」


「フン、強がりやがって」


 フアングは壁に向かってツバを吐くと、今度はネイルオスの方に向き直った。


「それで、フィーネの事をご存知で?」


「うむ。あの娘はな、隣国の貴族と婚約を控えておる」


「……じゃあ、もう国を出てしまって?」


「いや、まだだ。当人なりの抵抗を見せているようでな、今も城の一室にいる事だろう。そなたの事が気がかりの様子でもあった」


「そうか、そうなんだ……フィーネ」


 うつむいたフアングの瞳にキラリと光るものが浮かぶ。事情を知らないリスケル達は驚いたが、同時に合点がいった。なぜフィーネ王女が拒絶を続けるのかと。


「もしや、そなたらは……」


「お許しください。所詮はニンゲンと魔族。叶わない願いとは割り切ってますので」


「それも夢物語ではなくなる。魔族と人族。恨みつらみは堪らえ、良き隣人として繋がり合えたなら、だが」


「そのような事が可能なのでしょうか。先祖代々の確執だけでなく、気質や文化も違うんですよ」


 フアングが思い返すのは、攫った日のフィーネだった。食べ物ひとつとっても肌にあわず、慣れるまでに数日を要した。生活スタイルが完全に別世界の者同士。好意的であっても拒絶が激しいのだから、敵意があれば尚さらだった。簡単に馴染むハズがない。


「フアング様。軽食の準備が整いました」


「……勝手に並べろ。今大事な話をしてんだ」


 配下の者達が歓迎の料理を並べていく。笹で作った皿の上に置かれたのは、歪な形の肉団子。彼らは食材をすり潰し、蒸すか焼くという調理を好むのだ。


「どうだフアング。史上初の試みに加担してみんか。この事業は、そうだな。人魔併合とでも呼ぼうか」


「ニンゲン様ってのは、お上品すぎてダメだ。魚を食うにも小骨まで取るし、野菜もいちいち皮をむきやがる。そんなチマチマ小うるさい奴らと仲良くできますか。同じ飯すら食えねぇ奴を仲間と認めるには……」


「では、少なくともリスケルは仲間であると」


「えっ?」


 フアングは慌ててそちらへと眼を向けた。そこではリスケルが、大口を開けて魔族料理を頬張っていた。慣れたような手付きに躊躇(ちゅうちょ)なし。滑らかすぎる動きは、自身の郷土料理でも食べるかのようだった。


「旨いなコレ。頭から尻尾までの全部を細かくすり潰した、全体食ってヤツか。このしょっぱさは血の味だよな?」


 給仕の女性を捕まえてはレシピを尋ねたり、あるいは追加を要求する始末。この態度には皆が困惑したのだが、唯一ネイルオスだけは苦笑を浮かべた。


「リスケルよ。空腹ならばワシの分を食え」


「おっ、良いのか。もしかして食欲が?」


「さきほど頭がどうのと言ったろう。それで食う気など失せた」


「わりいな。貰っとくわ」


 グイグイと口に押し込まれていく肉団子。その行為は奇怪なものとして魔族達の眼に映ったのだが、意外にも好感触だ。やはり、自分たちの食事を認めてくれるのは嬉しいものだ。


「どうだリスケル。気に入ったか」


「うん。しばらくは3食これでも良いくらい」


「だそうだ。フアングよ」


「デタラメだ! どうせ話をまとめるために嘘ついてやがるんだ!」


「ふむ。ならばリスケルよ。貴様の哀れ過ぎる生い立ちを語ってみせるのだ。ワシを涙と胃液で染め上げた例のエピソードをな」


「そんな酷くねぇっての」


 皆が注目する中、リスケルはとつとつと語りだした。彼の出身は片田舎のロトガナという山村で、ここからは尾根伝いに10日も行けば辿り着く。特別裕福ではないが貧しくもない。農耕と、ささやかな民芸品で生計を立てている集落であった。


「まぁ豊作の時は良いけどさ、やばいのは不作の年だよな。年貢はガッツリ持ってかれるから食えるもんが無くって」


「苦しい時は何を口にしていたのだ」


「何でも食ったよ。木の実に野生動物、松の木の皮なんか食わされた日もあったな。デッドフレイムタケに大当たりした時は死ぬかと思った」


「松の皮って……」


「デッドフレイムタケって……馬鹿でも口にしないぞ……」


「まぁそんな感じだったから、小さい子なんか奴隷商に売られちまう訳よ。食っていく為にもさ。ちなみにオレもヤバイ年に、鉱山送りになりかけて……」


「あぁ、もう止めてくれぇ!」


 悲鳴混じりの絶叫。身内のつながりを重んじる魔族には、少しばかり刺激が強すぎた。


「どうだ、理解したか。今の話は人族にとって珍しい話ではない。都暮らしを除けば、概ねがこのような日々をくぐり抜けてきたのだ」


「可哀想に……小さい子はどうなったんだ……」


「ゆえに我らの文化を受け入れる事も難しくあるまい。事実、欠食児童であったリスケルなど、満足そうに喰らうではないか」


「おい。あんまり人の事を可哀相なヤツ扱いすんな。キラッキラの思い出だって沢山あるんだぞ」


 リスケルの悲壮な昔語りは効果テキメンであった。魔族達の敵意は消え、フアングの態度が緩み、そしてあのセシルでさえも気遣い代わりに団子を差し出す始末。語り主のリスケルは困惑するのだが、それとは別に話は進む。


「ではフアングは、フィーネを取り返したいのだな。こちらとしても人魔併合が進むので、渡りに舟というものだ」


「オレだけじゃない。ここの連中は、みんな彼女を慕っているんです。また一緒に暮らしたいと願ってますよ」


「この場所でか。少し厳しいのではないか。なぁリスケル?」


「そうだな。たぶん、いつかは見つかると思うぞ」


 なにせ略奪相手は婚約の決まった姫君である。国の威信をかけて捜索されるのは確実だ。そして厄介なのはモーシンという男の存在。彼の気質を考えれば、それこそ草の根を掻き分けてでも探しかねない。


「ふむ。ではどこに匿うか。いや、どこに安住の地を求めるか、という事になるな」


「だったら魔界に帰ればいいじゃん。あそこなら人族は手出しができないだろ」


「別のねぐらを探したいですが、あまりノンビリしてられねぇです。早くしねぇとフィーネが結婚しちまいます」


「おい聞けよ。だから魔界を使えっての」


「おぉ哀れな小僧リスケル。あなた本気ですの? これだから無知なニンゲンは……」


「何がだよ。普通に考えりゃ故郷を使うのが手っ取り早いだろ」


「分かった、論より証拠だ。これより魔界を見せてやろう」


 ネイルオスは指先に濃紫の光を宿すと、宙に楕円を描いた。そうすると、まるで絵画でも飾ったかのように、全く異質な光景が浮かび上がる。


「簡易的に魔界の門を開いた。そこから覗き見てみよ」


「マジか。魔界なんて初めて見るぞ」


「あまり顔を近づけるなよ。食われても知らんぞ」


 リスケルは助言も聞かず、枠の中に頭から突っ込んだ。そうして見えたのは異界ならではの光景……ではなく、大地を闊歩する巨大生物達であった。それらは気質が荒く、この瞬間でさえも激しく衝突を繰り返す。そんな激戦がこの一画だけでさえ、いくつも繰り広げられていた。


「なんだ、この化物たちは……」


「それらは竜種と呼ばれる魔獣だ。ある日を境に異常繁殖し、今や魔界を我が物顔でうろついておる」


「我が物顔だって? 魔界の支配者はネイルオスじゃないのかよ」


「竜種はもとより、魔獣は制御のできぬ存在だ。ゆえにワシらは地上まで逃げてきた。貴様らからすれば地上を侵略したように見えたろうが」


「そんな経緯が……危ねぇ!」


 リスケルは素早く身を引いた。すると小さな門からは巨大なクチバシが現れ、リスケルの頭に食らいつこうと暴れまわる。それに対処したのはネイルオスで、先端に強烈なケリを浴びせて追い返し、即座に門を閉じた。


「分かったか。魔界に戻るのは死を意味する。竜種とまともに戦える者など、数えるほどしか居らん」


「ドラゴンって制御不能なのか……あれ?」


「どうかしたか」


「いや、何かおかしいっつうか。辻褄があわないような。思い出せないけど」


「まったく、貴様の物忘れは筋金入りだな」


 もちろん議題とリスケルの疑念は関係ない。話はそれからも進み、まずはフィーネを誘拐してしまい、それからの事は後々に考えると決まった。時間的猶予がないと判断された為だ。


 その一連の会話をリスケルは上の空で聞いていた。何か忘れている気がする、そこそこに重要な事を。だが、そのうち考えるのを止めた。必要になれば思い出すだろうと楽観して。


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