第1話 その熱意がツライ

 邪神城の内部に侵入したリスケル達だが、いきなり肩透かしを食らった格好になる。敵の反抗は予想以上に弱く、せいぜい下級魔族が断片的に襲いかかる程度だからだ。歴戦の勇士達にとって、もはや足止めにもならない。


「いやに静かだな。もっと大勢で来ると思ったんだが」 


「幹部のほとんどを倒しました。もはや組織的な攻勢は有り得ないのかもしれません」


「確かにな。こりゃあ最後の決戦は楽勝かも?」


「油断大敵です。先を急ぎましょう」


 それからは迷路のような通路を駆け抜けていく。攻め寄せる敵を迎撃するのはマスラーオとエミリアばかり。リスケルが一切手を出さないのは、邪神との決戦を見据えて力を温存させる為である。


 そうして何度目かの迎撃を終えた頃の事だ。ここまで口数の少なかったリスケルが、ようやく問いかけた。やや言葉尻を濁しながら。


「あのさ、邪神って聖剣オレルヤンじゃないと倒せないのか? 実は別の方法もあったりして」


 リスケルはちらりと自分の背後に眼をやった。そこに備わる剣は、決戦の場であるのに、鞘と柄を布で縛ることで封じられている。これは聖剣の力を溜める為なんだと、仲間たちには事前に説明していた。


「そんなハズはありません。精霊神様のお言葉を忘れたのですか?」


「覚えてるよ。でも世の中には勘違いってものがあるじゃん。例えばさ、すんげぇ強い力でブン殴れば。それか意外すぎる魔法をぶつければ、案外あっさり倒せたり……」


「アッハッハ。この期に及んで冗談が飛び出すなんて、お前も肝が座ってるよな!」


 違う、今のは本音だ。リスケルはそう続けようとしたのだが。


「ともかく急ぎましょう。罪無き人々は、この瞬間も苦しめられているのですから」


「そうだな。さっさと世界を平和にしちまおうぜ!」


 リスケルはやっぱり言えずじまい。こうして、攻略を急ぐ仲間たちに引きずられるようにして、奥へと進み続けた。秘密は秘密のままで。


 長い長い回廊を進み続けると、リスケル達はいよいよ核心へと辿り着いた。行く手を阻むのは特殊な鉱石で造られた扉で、その大きさは見上げても先が見えないほどに巨大だ。もちろん頑丈であり、更には魔法による特殊処理まで施されている。


「大扉だ。封印されてんな」


「解放します。退がってください」


 エミリアが光る杖を扉に近づけると、取っ手は軋み、自然と開かれた。そうして見えたのは広々とした大部屋だ。


「皆さん、四魔将軍の残党が居ます」


「やっぱりな。簡単には通しちゃくれねぇか」


 部屋の奥に陣取るのは巨大な鎧だ。それは空っぽではなく、両眼の空洞部分に青い光を宿し、自立して動き出した。


「これ以上、陛下の城を、汚させない」


 くぐもった声とともに大鎧がゆっくりと歩む。足を踏み出すだけでも室内は大きく揺れ、強大な力に反応してか、周囲の小砂利が浮き上がっていった。生半可な相手ではない。


「よし、コイツはオレが倒す」


「ラスマーオさん。援護します」


「だめだエミリア。この四魔将軍ギーガンには魔法が効かねぇ。魔力の無駄遣いになっちまうぞ」


「しかしあなた1人では……」


「なぁに、キッチリ仕事は片付けるさ。身体強化・深淵!」


 ラスマーオはそう叫ぶと、全身の筋肉を大きく膨らませた。しかし動き回る前から息を荒くさせている。構えた大斧も肩の動きに合わせて深く上下し、どこか不吉な気配を匂わせた。


「その力はいけません。無闇に扱うのは危険です!」


「構わねぇよ。オレ1人の命で、世界が平和になるってんならな」


「ラスマーオさん……」


「さぁ、ここはオレに任せて先に行け、早く!」


「……クッ。行きましょう、リスケル様!」


 エミリアは次の扉へと駆けた。リスケルも後を追うが、正直言って耳を塞ぎたい気分になる。


 なにせ聖剣は全壊。世界は救えない。それなのに頼るべき仲間は盛大なフラグを立てるのだから、リスケルの良心は激しく揺さぶられてしまう。実際、背後から激しい戦闘音が響くたび、彼はビクと身体を震わせた。


「またしても大扉ですか」


 長い通路を経て、似たような扉が行く手を塞ぐ。また同じようにして封印を解くと、向こう側には先ほどと大差ない部屋が見えた。


「……危ない!」


 暗がりから氷の矢が飛来するのを、リスケル達は横飛びに避けた。


「とうとう不意打ちですか。誇りすら捨ててしまったのですね」


「ウフフ。今のは挨拶代わりですわ。まさかこの程度でうろたえる程に弱っちいのかしら?」


 薄暗い部屋の中央で、見目麗しき女が浮遊しつつ出迎えた。彼女は衣服を身に着けていないのだが、長く伸びた黒髪によって、透き通るような素肌は絶妙に覆い隠されている。その妖艶な外見とは裏腹に、漂う濃紫のオーラが強大な魔力を見せつけるかのように迸(ほとばし)る。


 さすがは四魔将軍の筆頭、参謀長をも務めるセシルの気迫は別格だった。


「リスケル様、ここは私に任せてください。あなたは邪神の元へ」


「えっ。キミまでそんな事言っちゃう!?」


「捨て石になる覚悟は出立の日から出来ています。さぁ急いで!」


 うろたえるリスケル。その隙を突くように攻撃は放たれた。


「さぁくたばりなさい、フリーズクロウ!」


 床の上を疾走する氷柱がリスケルを貫こうとした。


「エナジーブロック!」


 寸でのところでエミリアの防御が間に合い、氷柱は彼らの手前で砕けて消えた。


「フン。こしゃくなガキですわね」


「リスケル様お願いです。私の事よりも、どうか世界を……」


 はかない笑顔をエミリアが浮かべると、リスケルは止むにやまれず走り出した。


「お待ちなさい、聖者の小僧!」


「あなたの相手は私です」


 リスケルの背後では大魔法が入り乱れ、しのぎを削る音が鳴り響く。彼はとうとう耳を塞ぐようになり、薄らと涙を浮かべながら駆け続けた。


 やり場の無い怒りが吹き出して止まらない。仲間を踏み台にしてまで邪神の所へ辿り着いても、倒せる見込みはないのに。リスケルの良心はもう限界だ。引き裂かれそうになった心は行き場を求め、叫び声となって現れる。


「邪神ネイルオスめ、絶対に許さないぞ!」


 もはや八つ当たりだ。これほどヒーローらしい、同時にらしくない態度も珍しい。


 そうして辿り着いた先で、最後の関門と言わんばかりに封じられた扉が立ち塞がる。本来であれば、聖剣の力を借りる事でリスケルにも突破できるのだが。


「せ、聖剣よ。邪(よこしま)なる力を払え!」


 鞘の中で眠る剣は何の力も示さなかった。奇跡など起きようもなく、扉は閉ざされたままになる。


「チクショウ、ふざけんなよ。そりゃ遊び半分で壊したオレも悪いけどさ……」


 ジワリと目元に涙がにじむ。その後には狂乱が待っていた。


「開けろよオイ! 開けろっつうの!」


 悲痛な叫び声が薄暗い城内を木霊した。扉を破ろうと足蹴にするが、やはりそれしきの事では開かない。前には行けず、かと言って引き返す訳にもいかず。追い詰められたリスケルは、とりあえず前進を選んだ。


 それからも辺りには、絶叫と打撃音が響き渡る事になる。外に締め出された子供が、泣いて許しを乞うのにも似て。

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