ep.114 ここにいたのね
下水の臭いが鼻をつく路地裏の廃墟群。紙に書いてある通りの場所に着いて建物の扉を叩くと、中から見知った青年団員が出てきた。一目でセンリと分かるや否や彼は快く迎え入れた。
「ルプレ。驚け。センリさんが来たぞ」
部屋に入ると、ベッドで上半身を起こした状態のルプレタスが目に入った。
「ああっ、センリさん。ご無事だったんですね」
かなり無茶をしたせいか傷だらけの彼は全身に包帯を巻かれていた。とりあえず生きてはいるようだ。
「アガスティア隊の援護をしたと聞いた」
「はい。ルドル司祭様に何度もお願いされたので。あなたがアガスティアから来たことも分かっていましたから。どうにか恩義に報いたくて」
「助かった」センリが礼を述べると、
「……あなたにそう言っていただけるなんて光栄ですよ」
ルプレタスは見張りの男に目配せをして部屋から出ていくように促した。すると扉の開閉音がして、その場に2人だけが取り残された。これで邪魔は入らないといった雰囲気。
「――勇者の一族。やっぱりあなたがそうだったんですね。分かった上でよくよく見てみれば、その髪も自然じゃない。脱色したんですね」
初めて脱色してからかなりの日にちが経過していて、地毛の黒が根もとの部分に見え始めていた。近づけば分かるほどには。
「この国に来た目的は……言わなくても分かります。そのための足掛かりとして私たちに接触したんですね」
「
「いえ。むしろ良かったと思っています。お役に立てて。私たち青年団としても大きく前進することができましたから」
これまで細々と活動してきた彼らにとっては今回が大きな転機となった。
「センリさん。どうか本当のことを教えてもらえないでしょうか? 司祭様が言うにはアガスティアの方々を襲っていたのは過激派の集団という話でしたが、どうもそうは見えなかったんです。他にも色々とおかしな部分が……」
「俺が言わなくても、本当は分かっているんだろ」
センリが問いかけるように言うと、ルプレタスはハッとした顔を見せた。
「……では、もし私の考えが合っていたら、どうか最後にうなずいてください。それで結構ですから」
それに対してセンリはまず
「あの集団は過激派ではなく、司教様直下の兵団で、領主様は指示に従って行動していたのではないかと。
「何を以って楯突いたと」
「館です。設備や規模から考えるに、あれは司教様のものだった。実質的な管理を任されていたのはおそらく領主様とその周辺だったんでしょうが」
「化け物の件はどう片づける?」
「あれは……信じ難いですが、司教様ではないかと。発生源の
やはり青年団を率いているだけあってルプレタスは
「……これで、この国には大きな穴が空いた。今こそ新解釈派を基軸に据える絶好の機会と捉えて
「さあ、どうだろうな」
人間がそうたやすく考えを改めないことは歴史が知っている。宗教にまつわるものならなおさら。変革には数多くの困難が待ち受けているだろう。
「お約束します。その日はやってくると」
それでも彼は先を見据えた熱意ある眼差しで返した。
決して大きいとは言えない転換。けれども世界とは案外こんな小さな出来事から変わっていくのかもしれない。
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今度は別の場所に向かった。途中で背後に何者かの気配を感じたセンリは立ち止まって意識を集中した。どこかで会った、覚えのある感覚。それを思い出した時、彼はふっと笑って方向転換し、再び足を運んだ。あえて尾行を許すような優しい速さで。
着いた場所は新解釈派の見慣れた教会だった。開け放たれた扉の奥へ入ると、
「あっ」
掃除中のトロレが小さく声を上げた。窓から差し込む柔らかな日差しの下、その手を止めてじっと見つめている。
「土産を持ってきた」
センリが懐から古びたブローチを取り出すと、彼女の顔色が変わった。
「それは……どこで」
「森で見つけた。エルフの森で」
人骨の塚で発見したブローチ。トロレが身につけているものに酷似している。
「彼は……もちろん生きてはいませんよね」
他人が持ってきた以上、その可能性はないと知りつつも彼女は尋ねた。
「ああ」と一言センリは返した。
「……そうですか。わざわざこれを私のために?」
「たまたま拾ったから持っていただけだ。分かっていて捨てるのは寝覚めが悪いからな」
「ありがとう。これだけでも返ってきてくれて嬉しいわ。大事な思い出だから」
渡された古びたブローチを愛おしそうに握り締めるトロレ。涙はとうに枯れてしまったが、代わりに
「心当たりはないのか? なぜそんな場所に行ったのか」
「……行方不明になる前、彼は巡礼者に選ばれたと言っていました。これは特別な旅になるとも」
「巡礼か。おそらくは
「過去について話したことはありませんし、彼も何も聞かずに愛してくれました。普段から特に変わった様子もなく、今となっては知る由もありません。ただ……」
「ただ?」
「胸の
それを聞いてセンリの中でふと仮説が立った。
「もしかしたら、長年黙って烙印の調査をしていたのかもしれない。館の存在にたどり着いたところで、そのことがやつらに知れたんだろう」
トロレは思い返してみる。連れ添ったからこそ分かる違和感はたまにあった。何かをはぐらかすようなごく自然な口ぶり。日々の他愛ない会話の中に紛れて。
「……どうして」
その続きを彼女は言わなかった。なぜなら分かっているから。愛していたからこそ突き止めようとしたのだと。触れられたくない過去だと理解していたから黙ったまま、止められると思っていたから
「――ここにいたのね、トロレ」
「あなたは……」
名前を呼ばれたが一目見ただけでは誰か分からなかった。だから女は名乗った。
「スエよ。……もうとっくに、覚えていないかもしれないけれど」
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